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呉軍から選抜された1300名の兵士達は一個中隊260名で分けられ、しめて5個中隊が編成された。
一個中隊の下位部隊として一個小隊は65名で計4個小隊。その下位となる分隊は一個で13名。計5個分隊となる。
内の第一中隊の第一小隊を指揮する事となったのは曹長の劉基桓だ。
「各自、装備の点検。銃、銃剣、その他の装具に不具合がある者は直ぐに申告しろ」
指示を出しながら自分や各分隊長が指揮下の兵士達の装具等を見回り異常の有無を直接確認する。
異常が無い事を各分隊から逓伝され、次の指示を出す。
「実包配分。各自、挿弾子を12個ーー60発ずつ受領しろ」
7.92×57mmマウザー弾が5発ごと詰められた挿弾子が金属製の弾薬箱から次々と取り出され、兵士達に12個ごとーー60発ずつ配られて行く。
兵士達は革製の弾薬盒を装具していた。それは各々3つのポケットが一枚の革に縫い付けられた様な形になっており、一つのポケットには5発の実包が詰められた挿弾子が2セット、計10発の弾を納める事が出来るようになっている。従って一つの弾薬盒には30発、もう片方に装具した弾薬盒にも30発で合計60発の実包を受領する事となる。
「ーー58…59…60…! 60発異常なしっ!!」
「ーー60発異常なしっ!!」
「機関銃の副射手は弾薬箱を二個ずつ受領。中に150発の挿弾帯が1本ずつーー計300発だ。確認しろ」
指示を出された機関銃の給弾手を兼ねた副射手が弾薬箱を受領して蓋を開けると、中には1本の金属製の挿弾帯で繋げられた弾薬が150発あった。
「戦地でも交戦の合間を縫って弾薬の補給は実施するが一度に撃ち切るなよ。それと長く連射はするな。銃身が焼き付けを起こすぞ。教えられた通り、渡した予備銃身筒の中に入ってる銃身と速やかに交換し、間断なく弾幕を張り続けろ。機銃の火力が頼りだ」
次に和樹からの通信が入るとすればーー出撃。それは今この瞬間に入っても不思議ではない。
矢継ぎ早に出撃の用意を急がせる曹長が不意に気付いた気配。
「ーー探したぞ」
「ーー隊長…!!」
背後を振り向けば、かつて曹魏へ潜入していた頃の上官や部下が歩み寄って来る。
「ーー何用で?見ての通り、準備中です。過日の復讐ならば五胡の雑兵が取ってくれるでしょう」
淡々とした口調で彼はフードの奥から視線を向ける。
「なに……お前にやられた傷が疼いてな……特に理由はなく顔を見たくなったのだよ飛燕」
銃創を受けた肩を軽く擦りながら秋蘭が微かな微笑を溢す。
「わ、私は、最後に貴様の面を拝んでおこうと思っただけだ!!貴様なんぞ五胡軍の雑兵共に囲まれて頚を掻かれれば良いのだ!!華琳様を裏切った末路としては当然だ!!」
「姉者……」
「春蘭様………」
そっぽを向きながら吐き捨てる春蘭へ向け、双子の妹や警備隊の凪達から非難混じりの視線が突き刺さる。
「ーーくっ……くくっ……」
ーーふと曹長が微かに苦笑を喉の奥から漏らした。
「ご安心を…必ず…必ずや死にます。もとより生還は望めません。文字通り“死守”いたしますよ ……総員、見事に玉砕して御覧に入れます」
彼女達へ歩み寄りながら静かに言葉を掛けつつ曹長は被っていた鉄帽を取り、その顎紐を腕に通して落とさないよう処置するとーー顔を隠していたフードを脱ぎ、素顔を露にした。
ついで弾帯に吊るしていた銃剣を鞘から抜き、伸ばしたまま後頭部で一本に束ねて結っていた髪を無造作に掴んで銃剣の刃を宛がう。
良く研いでおいた銃剣を滑らせーー髪を切り取る。
「ーー代わりです。私が死んでも腹の虫が収まらなかったら足蹴にするなりして存分に鬱憤晴らしを」
呆然とする彼女達を無視し、春蘭の手を取り、その掌へ自身の髪を渡すと曹長はフードと鉄帽を被り直した。
〈ーーー少佐より各指揮官へ通達。前進用意。繰り返す、前進用意。ヴィーグリーズ作戦発動。状況開始する〉
ーー通信が入った。それは戦地への前進と作戦発動の命令である。
事前に作戦の細部については命令で通達されている。
あとはそれに従い、戦って戦って戦い抜いてーー最後は死ぬだけである。
「ーーでは、これでおさらばです。裏切り者の言葉で恐縮ですが……皆様の御健勝と貴軍の武運長久をお祈り致します」
ーー春蘭の瞳から溢れた涙が一筋、頬を伝うのを視界の端へ捉えつつ彼は踵を返して指揮する小隊へ戻った。
「ーー少佐。全中隊の用意が整いました」
戦車やヘリの暖気運転の音が響く中、和樹の傍らで騎乗する副官の将司が声を掛けた。
時刻は0630。
「 ーー前進開始」
「了解。各中隊、前進開始せよ」
携帯無線機で将司が和樹に代わって静かに命令を下達すると中隊長達から了解の旨を告げる返信が返って来た。
〈戦車隊、前進する!〉
〈全機、離陸!先行して戦域へ向かいます!〉
最初に動き出したのは戦車やヘリだった。
戦車やヘリがエンジンの轟音と共に大地を、空を進み出すのに合わせて各中隊指揮官達が声を張り上げて指揮下の中隊へ命令を下達する。
「ーー第一中隊、前進!!第一中隊、前へっ!!」
「ーー第二中隊、前進よーいっ!!」
隊伍を組んだ第一中隊が前進を開始し、以下の中隊もその後に続く。
「ーー俺達も行くぞ」
「ーー応」
和樹と将司も愛馬の腹を軽く蹴り、前進を開始した。
馬の歩みに身体を任せていると丘の上に設営された大天幕から各国の諸将が自分達を睥睨しているのを和樹が捉えた。
その中には見慣れた諸将の姿もある。
最後の挨拶としてーー和樹は手綱を左手で握り、右手を額へ翳した。
それに気付いた将司も、やや遅れて彼に倣って丘へ向かい最敬礼を捧げる。
敬礼を捧げているとーー和樹の視線の先に自身の野戦帽を胸に掻き抱いた雪蓮がいた。
彼女の視線が自身へ一心に向けられている事に気付いた和樹は雪蓮へ向けーーー静かに微笑んだ。
なんの偽りもなかった。黒狼隊部隊長としてではなく、幾多の戦火を経験した傭兵でもなくーーただ和樹という一人の人間として彼女に向かって微笑んだ。
捧げていた腕を下ろし、和樹は正面へ向き直ると改めて愛馬の手綱を握った。
「ーーなによ…あれ……卑怯じゃない。最後の最後に笑うなんて……」
彼女の掠れた微かな涙声は風が何処かへ連れ去ってくれた。
彼女の視線が向く先には和樹の姿とーー彼に寄り添うように風に翻る黒い狼が描かれた旗があった。