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恋姫†無双-外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第九部:赤壁
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107

〜other side〜





長江に浮かぶ曹操軍の船団の甲板上では必要物資の積載の為、将兵達が駆け回り騒然としている。


時刻は0000時を過ぎ、夜空に浮かんでいる月を雲が覆い隠していた。


ふと雲が途切れ、遮られていた月光が天から降り注ぎ、周囲を照らす。


船団の喫水線−−水面でチャプと耳を澄まさなければ聞き逃してしまう程の小さな水音が鳴った。


それは魚−−ではない。人間だ。


それも“ただの人間”ではない。


「…………」


一瞬も無駄な動きをする事なく彼−−顔面をドーランで黒く塗りたくった黒狼隊第一歩兵小隊所属の前田一曹は軍船の喫水線へ信管を差し込んだC4を取り付けていた。


「…こちら前田一曹。目標10隻への工作完了。送れ」


<了解。こちらも、あと2隻です>


<軍曹より一曹。こっちもあと少しだ>


<中尉より各員へ。急ぎ、作業を済ませ帰投しろ>


動員された二個歩兵小隊の面々は悟られぬよう小声で交信しつつ、可能な限り音を立てず次々と軍船へC4を取り付けて行く。


<…これでラスト…。小隊長、完了です>


<了解、帰投せよ。OVER>


<前田一曹、了解。OUT>


<了解しました。OUT>


目標群への工作を済ませた彼等は来た時と同様に音を立てず潜水すると、そのまま船団の泊地から離脱した。










「−−急いで砲弾を運べ!!」


「−−そこの!!手空いてるなら手伝え!!この木箱を沿岸に運べ!!落としたらテメェら死ぬからな!!」


「−−積載急げ!!ナパームはありったけだ!!!」


「−−狙撃班、配置へ!!照明弾が上がり次第、動く奴は撃て!!」


連合軍陣営では忙しなく将兵が動き回っている。


軍船へ呉、蜀の将兵が乗り込み、対岸への上陸準備を始めるのに合わせ黒狼隊の隊員達が攻撃準備を開始していた。


手空きの将兵を動員し、迫撃砲と戦車の砲弾やナパーム弾の積載、配分を手伝わせているのを考えると猫の手も借りたい状況なのだろう。



そんな中、水を滴らせつつ河から岸辺へ揚がって来る者達が現れた。


「…うえっ…こりゃブーツの中、蒸れるな…」


「…誰か煙草が無事な奴、居るか?」


「…お前、なんで煙草なんか持ってったんだ?理解できねぇぞ」


ザバザバ、ビチャビチャと水を掻き分け、岸に上陸した彼等−−敵船団へ工作任務を終えた隊員達はぼやきながらも次の任務に備え、走り出した。


「作戦だけど……やっぱ第一目標は……」


「あぁ。隊長と副長、あと曹長の救出」


「他の諜報班の連中は?」


「アイツらは別の手段で脱出するってさ」


「つ−ことは……敵軍の撃破は“オマケ”って事か?」


「たぶんな」


「はっははは♪和樹さん達らしいぜ♪」


そう言い合いながら彼等は次の任務−−敵中にある上官達や同僚の救出へ備え、分隊ごとに駐機しているUH-1へ飛び乗った。










「−−了解。全隊、配置につきました」


「−−御苦労様。……ごめんね。面倒な役目を押し付けちゃって」


「いえ、構いません。中々、面白かったですから」


『……………』


連合軍本陣では異様な光景が目撃されていた。


もっとも、そう感じるのは“事情”を知らない孫呉の一部の武将や蜀軍の面々だけなのだが。


「えっと……あの雪蓮様…?」


「ん?なぁに明命?」


「…あの……何故、中尉さんが…こちらに?」


「……まさかと思いますが黒狼隊−−いえ和樹殿や将司殿が謀反を起こしたというのは……」


特に彼等の捕縛へ動員された明命、思春の場合は疑問が大きい。


彼女達の問い掛けに首脳陣−−雪蓮、冥琳、そして祭は顔を見合わせ苦笑する。


「「「嘘(よ、だ、じゃ)」」」


『ええぇぇぇっ!!?』


告白に居合わせた武将達が絶叫を上げた。


「どどどっ…どういう事ですか姉様っ!?」


「孫策さん!?」


「いや…だって味方を騙さないと意味ないし…」


「実際、曹操から寝返りを促す密書は届きましたがね」


「そ−そ−♪和樹ったら馬鹿正直に持って来るんだもん♪思わず笑っちゃったわ♪」


「はははっ!!和樹らしいわい」


「なんでも和樹が言うには…“雇用主から裏切られるのはやむ無しだが、傭兵が裏切るのは御法度”らしい」


「えぇ、その通りです。ただでさえ信用の薄い傭兵が、それを更に無くせば雇用に問題が生じますので」


先程まで軍中を騒がしていた謀反など最初から無かったかのように笑う彼女達の様子に騙されていた武将達は開いた口が塞がらない。


そんな彼女達を尻目に中尉は持参したバッグから機器を取り出し、それを卓の上へ置いた。


あまりにも無造作に置かれたそれへ彼女達の視線が向く。


「あの…それはなんですか?」


疑問を覚える彼女達を代表し一刀が質問する。


それを聞きつつ中尉は機器へバッテリーを差し込み、電源を立ち上げる。


「ただの起爆装置です」


「起爆…!?」


物騒な単語に一刀が尻込んだ。


その物騒な代物を“ただの”と称する中尉も大概だと思うが。


「敵船団へC4を仕掛けました。無論、全てに仕掛ける時間はありませんでしたので……敵の先頭を沈めて軍船を閉塞させ、足止めします」


中尉は次々にスイッチを操作しつつ作戦を説明し始めた。


C4を仕掛けたのは、あくまで敵船団の内、先頭の横一線に並んだ船のみ。


まずは、それらを沈めて大多数の軍船の離脱を防ぐのだ。


そして敵船団を足止めしている隙に上空からナパーム弾を搭載したMi-26、おまけにUH-1のロケット弾や機銃掃射での爆撃を実行。


「敵船団へ壊滅的打撃を喰らわせ、我々の戦車と迫撃砲による援護を受けつつ連合軍は強襲上陸を決行。混乱する敵軍へ打撃を与えます」


説明を付け加え、起爆装置のチェックを終えた彼は冥琳へ視線を向ける。


「改めて申し上げます。公瑾様、許可を頂きたい」


「許可しよう」


「感謝します」


具申した作戦の裁可は今ここで下った。


それを確認した中尉は彼女へ軽く頭を下げると、冥琳の隣にいる雪蓮へ起爆装置を卓上で滑らせつつ差し出す。


「折角ですので…伯符様が起爆なさって下さい」


「えっ、良いの?」


「構いません。私が“爆破”と言ったら……このツマミを右へ回して下さい」


「これ?」


「そうです−−あぁ、まだ触れないで下さい。既に安全装置は解除してますので危険です」


指を差して操作する手順を説明しながら彼は警告を発した。


「うわぁ…なんかドキドキしちゃう♪」


「はははっ……」


好奇心旺盛な子供のように瞳を輝かせる彼女を見て、中尉は乾いた苦笑を漏らす。


「向こうは我々も船団へ火計を実行すると思っているだろうな……。仕掛けられているのは、それ以上の物だが…」


「ましゃ−−まさか周瑜さん…魚油を大量に作っていたのもの…!?」


「あぁ。孔明殿の想像通りだ」


「あわわっ…それも偽計だったなんて…」


魚油を大量に精製していた事も味方を欺く計略だと知り、見破れなかった蜀のチビッ子軍師達は肩を落とす。


「中尉さん…少し宜しいですか?」


「はい、なんでしょう?」


双眼鏡を取り出し、対岸の様子を探っていた中尉の背中へ声が掛けられた。


彼が振り向くと紫苑が視線を向けている。


「その…和樹殿や呂猛殿の謀反が計略だったのは理解しましたが……敵中の御二人は大丈夫なのですか?」


「そういえば……」


「−−−ッ!?」


紫苑が発した疑問に彼女達がはっとする。


おそらく、これから行われるのは他に類を見ない攻撃となるだろう。


そんな砲撃や爆撃の暴風雨に晒されたら、いくら和樹達でも無事では済まない。


「その点は御心配なく。救出も同時に行いますので。…それに…向こうには協力者−−というより手の者がいます」


「手の者?」


「はい。曹操軍では…張燕と呼ばれております」


『ッ!!?』


暴露された事実に彼等−−孫呉の武将達を含めた全員が驚愕した。


「張燕さんって、白蓮ちゃんが死んだって言ってた人!!?」


「まさか……身分を偽って曹操軍に…?」


「ちょっ、それは聞いて無かったわよ!!?」


この事は孫呉の首脳陣も知らなかったのだろう。


雪蓮達も曹操軍に黒狼隊の隊員が潜んでいるとは和樹から聞いていた。


てっきり一兵卒だと思っていたが……蓋を開けてみれば、真実は全く違った訳だ。


言わなかった和樹も悪いかも知れないが……彼なら“聞かれなかったから”と反論しそうである。


「張燕の正体は我が部隊の劉基桓(ユ・ギファン)曹長。伯符様達は…寿春城攻略戦などで二度程、直接お目に掛かっている筈です。そして漢升殿は……攻城戦の前日に隊長の書状を届けた兵士が居たはず」


「曹長って……あの顔を隠してる?…そういえば最近、見てなかった気が…。…あれ?…最後に見たのって、いつだったかしら…?」


「あの方が……」


「えぇ。出身は北朝鮮。元は軽歩兵教導指導局や人民軍総参謀部偵察局へ在籍し、任務遂行の為に精神、肉体を極限まで鍛えられた工作員。……アイツを相手にするのは骨が折れる」


朴中尉と曹長は同じ朝鮮半島の生まれだ。


南北に分断された半島の統一が両国の悲願−−であるが、互いに武力を以て牽制し合っている。


中尉は韓国陸軍の特殊戦司令部隷下特殊作戦旅団に所属していた。


主な任務は、国内におけるカウンターゲリラだけでなく、半島有事の際は北朝鮮奥深くへ侵入し、各種妨害活動を実施すること。


一方の曹長は命令を受ければDMZを越え、韓国国内で情報戦などの工作活動を展開する事が可能だった工作員。


以前は敵同士だったのが現在では同僚。


“人生とは判らないモノだ”と中尉は苦笑を漏らした。


彼がそんな事を考えていると片耳に嵌めたイヤホンへ通信が流れる。


「−−…了解しました」


「…どうしたの?」


「隊長からです。…始めるとのこと。準備を願います」


「判ったわ。祭、思春、行きなさい!!」


「応!!」


「御意!!」


作戦開始が間近に迫ったのを知り、雪蓮は船団と上陸戦の指揮を執る二人へ命令を下した。


次いで蜀側も桃香が武将達へ先んじて本陣を後にした二人を追い掛けるよう命令を下す。


「通達する、戦闘用意。ヘリ各機は暖気運転開始」


<了解。バッテリーON、エンジンスタート>


「戦車隊、砲兵小隊は間接射撃用意。照準は事前通達された通りに」


<1号車、了解>


<砲兵小隊も了解>


指揮下の部隊へ中尉が次々に命令を下す。


和樹と将司が不在の為、彼が本作戦の実質的な黒狼隊指揮官だ。


出撃準備が整い、連合軍が静寂に包まれた頃−−夜空へ二つの太陽が輝いた。


曹操軍陣営の上空に撃ち上げられた二発の照明弾が花開いたのだ。


マグネシウム粉と硝酸ナトリウムが化学反応を起こす光源が殆ど昼間と遜色なく敵軍を照らしている。


開戦の狼煙は上がった。


「爆破」


その光景を確認した中尉は雪蓮へ声を掛けた。


それを聞いた彼女は教えられた通りに起爆装置を操作する。


数瞬後−−オレンジ色の閃光が煌めき、そして一斉に起爆した数多のC4の爆発音が戦場となる大河へ轟いた。






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