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恋姫†無双-外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第八部:日常という有り触れた日々
117/145

102


一方の曹魏はといえば−−








「−−孫呉と黒狼隊」


静かにポツリと曹魏の君主が放った言葉が居合わせた軍師と側近の面々の耳朶を打った。


「華琳様?」


「どうかなさいましたか?」


「…孫呉と黒狼隊……この関係が何を意味するか判るかしら?」


いきなりの問い掛けに一同は顔を見合わせる。


「…雇用主と被雇用者。表向きはそうでしょうね。間違いではないわ」


でも、と彼女は軽く息を整えた後、口を開く。


「彼等の関係は理解出来ないわ。孫呉にしてみれば優秀過ぎる傭兵集団を手中にし、黒狼隊は金払いの良い雇用主に従っている。腕の立つ調教師が野生の狼を飼い慣らしている−−傍目から見れば、そうとれなくもない」


玉座で脚を組み直した彼女は困惑気味の一同を睥睨しつつ言葉を重ねる。


「孫呉が黒狼隊に賭けているのは判るわ。なにせ諸候が喉から手が出るほど欲しがった者達を手に入れたのだからね。大枚を叩いてでも傭い入れた手腕は素晴らしいわ。じゃあ−−黒狼隊は?黒狼隊に益がある事はあるのかしら?」


彼女は大陸でも有数の頭脳を持つ軍師達へ問いへの解を求める。


「傭兵であれば金に固執するのは当然。ならば、もっと強大な軍閥へ仕えるのが道理の筈よね?何故、それほど益が見込まれない者を君主として−−いえ、雇用主として仰いだのか……それが私には判らない」


己の理解が及ばぬ相手を理解する為の解を求めて−−










「−−そう、仰られたのですか?」


「−−…う…む……あっ…もう…んっ…んんっ!!……はぁ…はぁ…んぅ」


男は組み敷いた姉妹の片割れの内から自身を引き抜き、横たわる女の腹へ欲望を吐き出すと彼女の横へ寝転がる。


片腕を差し出すと青い髪を短く整えた女はそれへ頭を乗せ、男の胸板へ手を這わす。


最近は情事の後の定位置はそこになりつつあった。


「……激しいぞ」


「…それは失礼。華琳様の代わりに励んだつもりだったのですが…」


「…いや…構わん。なかなかどうして……癖になりそうだ……んぅ」


乱れた前髪を手櫛で整えてやると彼女は擽ったさから眼を細めた。


「ふふっ…擽ったいぞ」


「失礼。あまりにも美しいモノでつい…」


「世辞は良い。…ところで…さっきの話だが……」


「えぇ。…黒狼隊について、ですね?」


「うむ」


ささやかな後戯を中断した男−−飛燕は表情を真剣なモノへ戻し、隣で自身の腕を枕にする上官へ視線を向けた。


「…彼の者達の行動原理は単純なのかも知れません」


「ほぅ?」


「彼の者達が参戦した戦はいずれも激戦。個人的に調べましたが、反董卓連合以外での戦闘ではいずれも戦略的、戦術的な勝利を得ている。局地戦ならば尚更だ」


「うむ…その通りだな」


「それが疑問です」



「…続けてくれ」


彼女−−秋蘭は天井を見上げていた視線を滑らせ、枕にしている腕の持ち主を見る。


「益州や交州での数々の戦闘。それを圧倒的勝利で終わらせたのは構いません。あの戦闘能力なら、むしろ当然だと考えます。しかし−−」


「−−圧倒的すぎる、という事だな?」


続けられた言葉に飛燕は頷いた。


「敵部隊、もしくは敵軍を包囲し叩く際は一ヶ所だけ穴を空けるのが常道です」


「あぁ。逃げ道を作ってやる事で敵将兵を減らし、戦況を有利にする。それが普通だ」


「彼の者達は−−それをしない。網に囲まれ、逃げ場を失った魚群を捕食するように…」


「…投降し命乞いする将兵すらも獲物とする…」


「彼の者達は…“戦う事"そして“如何に多勢を殺すか"ばかり考えているように思える。方法の是非を問わず、最小限の犠牲で最大限の打撃を与える事に重きを置いている」


「軍略の至上、と言う事か。言葉だけを聞けばな」


「えぇ。彼の者達なら通常であれば卑怯と謗られてもおかしくない戦術さえ使うでしょう。それが最大限の打撃を与えるなら尚更だ」


溜息を零し、彼女は再び視線を天井へ戻した。


「それが戦だという事は理解しているつもりだ。だが……」


「…人間には良心がある。それが決意を鈍らせ、最善である筈の戦術ではなく別の方策は無いかと探る。それが我等と彼の者達の違いでしょう」


「………」


「彼の者達に良心呵責はない。後悔なら尚更。殺戮を至上とし、迅速かつ圧倒的な用兵と戦力を以て撃滅する」


「…それではまるで獣ではないか」


「正しくその通り。人間を最も残酷に至らしめるのは至極簡単。獣となること。本来なら報酬など必要ない。彼の者達にとって必要なのは……過酷な戦場。…もしかすると…それだけが存在価値だと理解しているのかもしれません」


「…言い得て妙だ。良く考えれば、黒狼隊の旗印は黒い狼。……参考にさせてもらうよ」


「手前勝手な愚考です。秋蘭様を煩わせる程では……」


「いいや。参考になったよ……ところで−−」


「は?」


「そろそろ時間ではないか?」


彼は言われて気付いた。


そろそろ警邏任務のシフトであると。


「……あぁ…そういえば…」


「名残惜しいが…今宵はこれまでだな」


「はい」


腕を引き抜いた飛燕は隣で先に気を遣って眠っている双子の姉−−春蘭を起こさぬよう寝台から降りると散らばった自身の衣服を掻き集め、慣れた様子で着込み始めた。


「…本当なら…朝まで共寝したいのだがな…」


「それは私もです。…それでは−−」


「待て」


頭を下げ、扉へ向かおうとした飛燕を秋蘭が呼び止めた。


彼が振り向くと彼女は寝台へ裸体を投げ出したまま、自身の唇を指差している。


その意図に気付いた飛燕は苦笑すると静かに彼女へ歩み寄り−−


「んっ…」


−−軽く唇同士を合わせた後、身を翻す。


「では、これで失礼します」


「うむ。励め」


「はっ」










「−−隊長殿臨場!!気を付け!!」


「−−楽にしろ。夕刻からの報告を」


警備隊の詰所へ入った瞬間、居合わせた隊員達が立ち上がり抱拳礼をした。


仕事へ戻るよう伝えると彼は書記官に報告書の提出を求めた。


「こちらになります」


「応」


「酔っ払い同士の喧嘩が12件、窃盗での逮捕が1件。いずれも幸いな事に刃傷沙汰には及んでおりません」


「……そのようだな。窃盗の取り調べは?」


「行っております。犯行を認めていますので調書の作成も順調のようです」


「…了解した。任せる」


「畏まりました」


報告書である竹簡を丸め、自身の執務机へ向かい、椅子に腰掛けると積み上げられた竹簡のひとつを取った。


これから彼は上層部へ報告書を上げる為、書き纏めや誤字脱字を添削しなければならない。


用意されていた墨汁に筆を浸し、作業へ入ろうとした時、詰所の扉が激しく開け放たれた。


「−−た、大変だ!!」


「どうした!?」


息を切らし、詰所へ入ってきた隊員の様子が只事ではないと判断した数名の同僚が彼へ駆け寄る。


「どうした、何かあったのか!?」


「こっ殺しだ!!大通りで人が死んでる!!!」


その報告で詰所内が騒然となる。


飛燕は筆を硯へ置くと報告を齎した隊員へ歩み寄った。


「隊長…」


「案内しろ」










「−−こちらです」


飛燕は数名の隊員を伴って、現場を訪れた。


許昌を縦断する大通りは深夜だけあって、昼間の喧騒は見る影もない。


その大通りの一角で松明を掲げる集団へ飛燕達が近付くと灯で照らされた顔の中に見知ったそれが居る事に彼は気付いた。


「−−凪殿」


「−−隊長!!」


部下の一人である凪が先に到着していたようだ。


足早に近付くと彼は倒れている屍の顔を覗き込む。


「……見覚えがある顔ですね」


「…はい。私の記憶が確かなら……我が軍へ兵糧などの売買取引を行っている大店(おおだな)の店主だったかと」


「…えぇ。…犯行を目撃した者は……この時間だ。おそらく絶望的でしょう」


「一応、目撃者の捜索を手配しておきます」


「お願いします。…争った形跡は…ないな…。所持品は?」


状況を確認しつつ、所持品の有無を問い掛けると隊員が検めたそれを差し出してきた。


「…手巾に巾着。中身は…丸薬?」


巾着の口を開き、掌へ中身を出すと茶色の丸薬が姿を表した。


「……腹痛と下痢が酷かったな。城を案内した際、何度か厠の場所を聞かれた記憶がある。常備薬といった所か」


彼が記憶の糸を辿ると、害者は厠から出て来ると丸薬を服用していたのを思い出した。


「…起こせ」


部下に俯せに倒れていた身体を起こさせ、支えるよう指示を出す。


害者が尻餅をついたような格好となると松明を手にした隊員達が手元を照らそうと、それを近付ける。


「……胸部が滅多刺しにされているな。…前から刺されたのか?」


「前から?…ですが、所持金がありません…」


「えぇ。金品目的の犯行であれば、普通だと抵抗されぬよう背後から襲います。前から襲われたなら少なくとも抵抗する筈です。なのに衣服の乱れ等がない……妙だ」


顔を顰めつつ背後へ回り込む。


「衣服を脱がせるぞ−−あぁ、凪殿は見ない方が良い」


「いえ、大丈夫です。傷は見慣れていますので」


「男の裸も?」


悪戯っぽく問い掛けると凪の顔が紅く染まった。


飛燕は慌てて背中を向ける彼女へ苦笑しつつ害者の帯を解き、まずは上半身を露にする。


「……やはり致命傷は胸の刺傷でしょうか?」


「たぶんな。失血での死亡が妥当だろうが−−…ん?」


背中を検査していた飛燕が疑問に似た声を発した。


「隊長?」


飛燕が見付けたのは小さな傷跡と表皮の異常。


細い針で刺したかのように点状の傷が出来ており、その周囲は著しく腫れ上がっていた。


「…大店の店主が裁縫なんかすると思うか?」


「は?…まぁ…する時もあるのでは?」


「…背中に針を刺すのは不器用者でも無理だな。…鍼治療…かは判らんが、まだ血が滲んでいる所を見ると出来たばかりのような傷だ。しかも、この腫れ具合……まさか毒…」


飛燕はブツブツと呟きつつ考え込むと、やおら立ち上がる。


「…取り敢えず、詰所へ運べ」


『はっ!!』


隊員達に指示を出すと彼等は遺体を用意した戸板へ乗せる。


「巡回班の増員を手配。不審者の誰何、所持品の検めも徹底だ。それと笛などの筒状の物を所持している者は集中的に誰何。以上を伝えろ。復唱要らん、行け」


『了解!!』


詰所への遺体の搬送、そして命令伝達の為、隊員達が駆け出した。


一頻りの指示を伝え終えた飛燕は、いまだ背中を向けている凪へ視線を滑らせる。


「もう宜しいですよ」


「は、はい」


「行きましょう。都を出られる前に早く捕まえなくては」


「はっ!!……はい?」


凪は気合い充分の返答をした後、やや気の抜けた声を出してしまった。


歩き始めた飛燕に追い付くと、その背中へ疑問をぶつける。


「あの隊長。何故、早く捕まえなくては、と−−あっ、いえ!!確かに殺人犯を野放しにする気は毛頭ないのですが…!!そっそれに許昌の城門はいずれも夜間は閉じております」


「…私もただの殺人犯でならば、ここまで急いだりしませんよ」


「それはそうでしょうが−−…“ただの殺人犯"…?」


「…おそらく敵方の間諜…細作です」


飛燕の放った言葉に凪は戦慄のあまり立ち止まってしまうが、慌てて彼を追い掛ける。


「そっその根拠は!?」


「…背中に小さな針で刺したような傷跡があり、しかもその部位が腫れ上がっていました。傷の形状から見て…おそらく毒を塗った吹き矢でしょう」


「なっ!?」


「胸部の傷跡はあくまで、あれが致命傷だと見せ掛けるモノ。財布等の金目の物が無くなっていたのは物盗りの犯行と見せ掛ける為でしょう」


「…そういえば、先程の害者……っ!?」


「えぇ。…我が軍へ兵糧等の必要物資を売っていた大口の業者です。…売買で大凡の兵力が把握できる」


「なんという……!!」


立ち止まった飛燕は凪へ振り返る。


「凪殿。直ちに害者が懇意にしていた人物、商店等を調査して下さい。私は害者の営業所へ向かいます。急ぎ、兵の手配を」


「了解しました!!失礼します!!」


飛燕へ礼をすると凪は駆け出し、夜の闇へ消えて行った。















「−−以上が報告となります、華琳様」


「−−そう、判ったわ」


太陽が天頂へ達した時刻、飛燕の姿は玉座の間にあった。


彼は頭を垂れ、一方の華琳は玉座で脚を組みつつ眼下の飛燕を見下ろしている。


「それにしても……蜀が放った細作とはねぇ。行動が少しばかり過激なんじゃないかしら?」


「はっ、左様にて」


あの後、犯行に及んだ下手人の巡回中の警備隊に捕らえられ、飛燕の手ずからで尋問を行った。


所持品の中からは、拭い切れなかったのか僅かばかりの血痕が付着した短剣、そして吹き矢として使用できるよう細工が施された笛が発見された。


執拗な飛燕の尋問に耐えきれず、犯人は自身が蜀側の細作である事を自供。


犯行に及んだ理由については、害者となった店主が今後一切、情報を流す事を拒絶。、犯人である細作自身の独断により曹魏へ情報が漏れるのを防ぐ為、殺害したのだとか。


「…どれほど情報が流れたかしら?」


「その点についても今後、追究致します」


「…まぁ…漏れても構わないのだけどね」


「……は?」


自分の聞き間違いだろうかと飛燕は感じ、思わず玉座の華琳を仰ぎ見た。


「次は決戦ともいうべき戦になるわ。我が曹魏と孫呉、蜀漢のね。次の戦で今後の情勢は変わるわ。もたらされた情報を元に彼等はどう考えるかしら?」


「……二ヵ国による連合軍の結成を考え、共同での曹魏の撃破を狙うかと」


「えぇ、その通りよ。予定では我が軍は70万近くまで膨れ上がり、そして有象無象が乱立する荊州を平定すれば…最終的に80万を越える。さぁ…彼等はどう戦うのかしら?」


「………」


「黒狼隊といえど…この大軍勢を押し止めるのは至難の業。ふふっ…飛燕、楽しみね。精々、足掻くが良いわ…」


覇王の口角が僅かに持ち上がり、笑顔と呼ぶには些か恐ろしい表情が整った顔へ張り付けられた。






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