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恋姫†無双-外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第八部:日常という有り触れた日々
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スピードアップして進む……かも?








「…………」


早朝の執務室。


本来、四人で使う筈の執務室で一人の人物が机に向かっている。


「………駄目だ。これでは遠回し過ぎる」


自費で購入した紙へ何やら書き留めていた人物は、あろう事か唐突にそれをクシャクシャに丸めてしまう。


「…やはり直接的に書いた方が良いのか…?…いや…だが下手をすると引かれてしまうやも……」


新しい紙を用意し、件の人物は思い悩む。


「−−えぇい!!…何故、これほどまでに悩まなければならんのだ…!!」


苛立ち紛れに激昂する人物は頭を抱える。


「…うぅっ……いっそのこと…はっきり言った方が……いやいや!!…それは流石に…」


今度は百面相を始めてしまう。


忙しないにも程があるというモノだが仕方ない。


なにせ“彼女"はこんな感情を抱くのは初めてなのだ。


それならば経験がないのも道理だ。


「………そうだ……」


ふと“彼女"は呟き、思い出した。


こういう類いの“経験が豊富"そうな人間が近くに居たではないか、と−−−









「−−オッハー……って、華雄だけか。…ってか、随分と早ぇな」


「呂猛!!!」


“彼女"−−華雄は執務室へ入って来た同僚の姿を捉え、一気に肉薄する。


眼は血走り、爛々と輝くそれは獰猛な肉食獣を思わせ、流石の将司も一歩後ずさってしまう。


「おわっ!?…な、なに?俺、なんかした?」


美人に近寄られて悪い気はしねぇけど、と彼は心中で軽口を叩く。


「呂猛…!!」


救世主の到来を待ち望んでいたかのように彼の腕を掴む余裕のない様子の華雄。


「…頼む…力を貸してくれ…!!」


「……はい?」


なにがなにやらと状況が掴めていない将司は気の抜けた返事をした。









「−−…ほら、茶」


「…済まん」


興奮気味の華雄を落ち着かせる為、取り敢えず茶を渡した将司は彼女の向かいにある自分の机へ寄り掛かりつつ湯呑を傾ける。


「…で、頼みたい事って何よ?」


「………んっ」


「っと……」


向かいの机へ向かっている華雄が彼に先程、丸めた紙を放り投げた。


それを掴んだ将司は片手で器用に広げ、皺だらけとなった紙へ書かれた文面を読み−−


「なになに………ぶっ!?」


−−思わず噎せてしまった。


「おまっ…普通、こういうモンは軽々しく他人に見せねぇだろうがよ…」


「…恥辱は承知の上だ」


力なく俯く彼女を見て、将司は二の句を繋げなくなってしまう。


改めて文面へ眼を通すが−−何度、読もうと内容が変わる訳でない。


「……確認するけどさ…これって……やっぱ相棒の奴にか…?」


「…………」


彼の問い掛けに華雄は無言で頷いた。


それを確認した将司は、なんとも言えない表情で彼女を見、次いで書き損じの書面を畳みつつ華雄の机へ歩み寄る。


「ほら…返すよ」


「………」


机上へ返却されたそれを華雄は取り、抽斗へ仕舞った。


「ふぅ……参ったねぇ……」


実に困った様子で彼は空いた手でボリボリと頭を掻く。


「私はどうすれば良い…?」


「どうすれば良いって……自分の気持ちに素直になったら?…ってか、それしか言えねぇし、軽々しく手伝いとか出来ねぇよ」


「………」


至極尤もな言葉に彼女も無言となるしかない。


「こういうの…当人同士の問題だからさ……俺からはなんとも…」


「いや…おそらくその通りなのだろう。…相談に乗ってくれて感謝する」


「…まぁ…月並みだけど…応援ぐらいはしとく」


「…ありがとう」


それだけを告げると将司は真剣だった表情を崩し−−普段通りの飄々としたそれを張り付けた。


「さ−てと、墨作っかな〜。あっそうだ。今日の昼飯、ラーメンで良いか?美味い店、見付けてさ〜」


将司の切り替えの早さに感謝しつつ華雄は思った。


今日、想いを告げようと−−










「−−ふぅ……」


決裁が済んだ書簡を纏めた和樹は、ふと腕時計を見遣る。


針は1637時を指していた。


追加の書簡と逼迫した報告などが無ければ、定刻には帰宅できる。


今日の夕餉は徐盛が烹炊長に教えてもらったレシピで作った料理が出る筈だと彼は思い出した。


献立は秘密にされたが、是非とも肉料理であって欲しいと和樹は願う。


一服するかと彼が席を立った途端、華雄が声を掛ける。


「韓甲!!」


「あん?」


彼が視線を向けると華雄は真剣な表情で和樹を見詰めていた。


「庭で話したい事がある。少し良いだろうか?」


「あぁ…構わんが…」


疑問を覚えつつ彼が承諾すると華雄は安心したのか溜息を吐いた。


一服がてら話を聞こう、と和樹は先導する華雄の後を追い、執務室を出た。


その様子を見ていた将司は溜息を零し、窓際へ歩み寄ると煙草を銜え、火を点ける。


ちょうど亞莎は報告書の提出で現在はいない。


気兼ねなく火を点けた煙草のフィルターを指で挟み、紫煙を吐き出す。


「…………」


夕暮れが間近に迫った空を見上げつつ−−再び紫煙を吐き出した。










「−−それで話とは?」


城の中庭へ案内された和樹は華雄から距離を取るとコートのポケットを漁り始めた。


そこから煙草の紙ケースとジッポを取り出し、一本を銜える。


「…ところで身体は、もう大丈夫なのか?」


「心配ない。もう平気だ」


「そうか…」


背後から掛けられる声に疑問を覚えつつも彼はジッポのホイールを回し火を−−


「……ん?」


−−点けようとしたが、火は点かなかった。


何度もフリントとホイールを擦り付け、火を点けようとするが……結局、叶わなかった。


「………ふぅ…」


残念だ、とばかりに溜息を零し、ジッポを仕舞う。


「…吸わないのか?」


「…火が点かんモンでな」


和樹は苦笑しつつ肩を竦めて見せた。


火が点いていない煙草を銜えたまま振り向くと、華雄は彼へ視線を注ぐ。


「…出会った時のこと覚えているか?」


「なんだ藪から棒に?……あぁ覚えてる。洛陽近隣の村だった」


「あの時は霞も居たな。…確か…私達は募兵の途中だった筈だ」


「あぁ、そう聞いた。黄巾の残党を狩った後、お前達が急接近して来たんだったな」


「うむ。…ふふっ…正直に言うとな。最初、会った時は得体の知れない奴等だと思ったよ」


「それは俺達も似たようなモンだ。まさか…名高い張遼と華雄が女だったとは思いもしなかった」


初めて出会った時の事を互いに思い出し、二人は苦笑を漏らす。


あの時は思いもしなかっただろう。


まさか、これほどまで長い付き合いになるとは、と。


苦笑を一頻り済ませると和樹は表情を戻す。


「…まさか昔話をする為に来たのか?」


その問いに華雄は緩々と首を横に振る。


「…では何故?」


再びの質問に彼女は毅然と顔を上げ−−意思の籠もった揺るがない視線を和樹へ向けた。


「…ずっと、お前の背中を見守ってきた」


「…………」


「戦場で幾多の敵の前へ立ち塞がる背中を、数多の精兵を従えて前に突き進む背中を、揺るぎ無い信念が籠もった背中を…ずっと…ずっと見守って来た」


「…………」


華雄の口から紡がれる言葉を和樹は、ただ黙って受け止める。


視線を逸らさず、ひたすら真っ直ぐに。


「……こんな感情を抱いたのは初めてだ。気付けば、いつもお前の姿を眼で追っていた」


「…………」


想いの丈を告げようと華雄は深呼吸し−−もはや後戻り出来ない言葉を放つ。


「私は…お前を…韓狼牙という一人の男を一人の女として、どうしようもなく好いている」


告白がなされ−−二人の間に沈黙が落ちた。


互いの眼を見詰めるだけの短くも長い時間。


その沈黙に耐え切れず、華雄は眼を伏せてしまった時、和樹の口が動く。


「……済まん」


「−−−−−」


返って来たのは謝罪と拒絶の言葉。


「…正直に言えば…嬉しい。…だが…お前の想いに応える事は出来ん」


「−−−−−」


「………済まない」


俯く華雄の姿を直視できず、和樹は眼を瞑ったまま二度目の謝罪と拒絶を放つ。


「だが……」


和樹は深呼吸すると努めて落ち着いた声で華雄へ語り掛ける。


「…だが…お前とは、今まで通りの同僚として付き合っていきたい。あぁ…そういえば、まだ真名を預けてなかったな。…遅れてしまって悪かった。これからは和…樹……と……」


俯く華雄の顎の先から雫が落ちた。


ポタポタと地面へ雫が落ちて行く。


「…華雄…?」


「−−−ッ!!」


近寄ろうとした和樹から逃げるように華雄は駆け出し、中庭を出る直前で立ち止まる。


「……追い掛けても…くれないんだな…」


「…………」


呟かれた言葉は和樹の耳へしっかり入ってきた。


そのまま一瞥もくれる事なく華雄は駆け出し、中庭には和樹だけが取り残された。









執務室の扉を開け、自分に宛がわれた机へ向かうと華雄は力なく椅子へ腰掛けた。


それほど遠い距離を走った訳でないのに呼吸が乱れている。


落ち着こうと彼女は何度も深呼吸を繰り返す。


「…はぁ……ふぅ……うっ…」


だが耐え切れず、噤んだ筈の唇から声が漏れてしまう。


「…ふっ…うくっ…ううっ…」


堪えられず眦から雫が漏れ出す。


抑えようと手を顔面へ当てるが、酷くなる一方だ。


−−こんな事になると知っていたら……拒絶されると知っていたら−−


自分が抱いた感情へ呪詛の言葉を心中で何度も紡ぐ。


「…なのに……それなのに……!!」


−−何故、私はまだ……−−


唐突に再び執務室の扉が開けられた。


「ただいま戻り−−華雄様!!?」


報告書の提出から戻った亞莎の眼に飛び込んで来たのは華雄の異常な様子。


彼女へ慌てて駆け寄ると−−止めどなく滂沱の涙が流れ落ちているのが判った。


「華雄様!?どうしたんですか華雄様!!?」










「−−やっぱりオイル切れだな……畜生」


こういう時こそ役立つ時だろうに、と和樹は苛立たしく何度もジッポのホイールを回す。


やはり結局は点かない。


舌打ちをかまし、ジッポをポケットへ納める。


−−突然、右側面から何かの気配。


急接近してくる何かの進行上へ手を伸ばし−−それを空中で掴む。


掴んだ冷たい金属の手触りには馴染みがあった。


拳を開くと、やはりジッポが手中にある。


「−−オイル切れか?」


「−−あぁ。助かる」


聞き慣れた声へ返答しつつ上蓋を開け、ホイールを回し、煙草へ火を点ける。


「……フゥ−……」


上蓋を閉じて消火すると、ジッポを持ち主へ返す為、放り投げた。


「さっき擦れ違ったけど…泣いてたぞ」


「あぁ…だろうな」


フィルターを指で挟み紫煙を吐き出す和樹の隣へ将司が煙草へ火を点けつつ立った。


「当然、断ったんだろ?」


「あぁ。…なぁ相棒」


「ん?」


和樹は紫煙を吐き出し、隣の将司へ視線を向ける事なく問い掛ける。


「俺は間違った事をしたか?」


「…いいや。お前の決断はパーフェクトだよ。何も間違っちゃいない」


「だろうな」


二人は、にべも無く言葉を交わす。


まるで太陽は東から昇り、西へ沈むのが当然な事と同じように。


「……最近、戸惑う自分がいる」


「…俺もだよ。現在の生活が“悪いモンじゃない"と思い始めちまった…」


「…こうも一ヶ所に長く留まったのは初めてだな」


「…あぁ…初めてだ」


「……そろそろ…潮時なのかも知れない…」


「……あぁ…」






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