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恋姫†無双-外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第八部:日常という有り触れた日々
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呂猛(加藤将司)誕生日記念


6月6日は将司の誕生日(一応)


“誕生日記念”なんてタイトルですが、誕生日は全く関係ありませんので悪しからず。


ちなみに時系列的には和樹が自宅療養開始〜美羽、七乃再登場の間って感じです。




「−−…こんな所だな」


そう呟いた青年(といっても三十路間近)−−孫策軍の傭われ将軍である和樹は縁側へ筆と書き記した数冊の本を置いた。


「ふぅ…さて−−」


実に億劫そうに立ち上がると彼は自身の寝室へ向かった。


障子を開け放ち、一直線にトランシーバーを置いた卓へ歩み寄るとそれを取り、チャンネルを操作しボタンを押し込む。


「−−俺だ、応答しろ」


トランシーバーの向こうにいるだろう相手を呼び出すと数秒後、返答が送られて来た。


<−−へ〜い。なんか用〜?>


トランシーバー越しでも否応なく判る軽薄な声。


それに和樹は顔を顰める事はなく用件を簡潔に述べる。


「悪いんだが屋敷に来てくれ。お前に頼みたい事がある」


<あいよ〜。あと二、三本ぐれぇ空けたら向かうわ〜。んじゃOVER〜>


−−と言った所で通信が切れた。


その返答を受け和樹は−−溜息を零すとトランシーバーを元へ置く。


次いで寝室の隅に鎮座する弓立てへ視線を移す。


そこには当然の如く徐盛の鍛練の教導に用いる自身の和弓と矢筒が立て掛けられている。


「まだ病み上がりだが…まぁ大丈夫だろう」


なにが大丈夫なのか、は呟いた本人しか判らない。


彼はそこへ歩み寄り、和弓を取り、矢筒から矢を一本引き抜いた。


ゆらりと縁側へ進み出る。


先程まで座っていた場所へ戻ると彼は手にした和弓と矢を置き、変わりに筆と白紙を取った。


硯の墨汁へ筆を浸し、白紙へサラサラと流れるように簡潔な文章を書く。


−−快来(早く来い) 狼−−


書き終わった紙を細長く畳み、それを矢へ結ぶと和弓を取って立ち上がった。



草履を突っ掛け、庭へ出ると彼は弓手側の袖を肌脱ぎした。


足踏みを済ませ、弓を構えると虚空を睨む。


矢を番え、弓を引き、鏃が仰角へ向けられた。


「−−このぐらいだな」


そう呟かれた瞬間、矢が放たれた。


矢が見えなくなると彼は和弓を小脇に抱えたまま縁側へ戻り、灰皿の傍らに置いていた煙草を銜え、火を点ける。


「フゥ〜……」


腰掛け、紫煙を吐き出しながら待つ。


−−ちょうど二本目の煙草へ火を点けた頃、屋敷の前を横切る通りの彼方から駆ける馬の蹄の音が響いて来た。


それは屋敷の門前で止まると開け放たれていた門を潜り抜け、人影が庭へ入って来る。


「−−只今、参りました!!!」


「−−御苦労。思ったよりも早かったな」


余程、急いで来たのか息切れを起こしている男性の片手には和樹が放った矢が握られていた。










「−−え?今日、城に公瑾殿いないの?」


「−−はい。働き過ぎだと雪蓮様が仰られて無理矢理、休暇を…」


「……あの人と比べたら大体の官吏は働き過ぎだと思うんだけどなぁ…?」


「…あはは……」

矢文で呼び出された和樹の副官である将司は平服の着流し−−藍地に大きな般若が描かれた−−で登城すると真っ先に冥琳の執務室へ向かったのだが、生憎の留守。


彼女の行方を探している途中でバッタリと遭遇した亞莎を捕まえるとの留守の真意が判った。


「……じゃあ屋敷かな?」


「はい、おそらくは。聞いた話だと冥琳様は休暇になると一日中、読書や楽器を弾いたりして過ごすそうです」


「へぇ…」


彼女らしい、とでも言うような空返事だ。


そんな返事に慣れてしまった亞莎は気にする事なく将司が片手に吊るした包みへ視線を向ける。


「…あの将司様。その包みは?」


「…ん?あぁこれ?相棒の奴が頼まれてた戦術書。少しばかり野郎独自の論文も混ざってるけどね」


「もしかして…天の戦術書ですか!?」


「そうだよ。…まぁ、どんな戦術書や兵法書も孫子には敵わないけど。んじゃ、取り敢えず行ってみっか……邪魔して悪かったね」


「いえ、失礼します」


亞莎と別れ、彼女の姿が見えなくなると将司は溜息を吐き出す。


「…さっき屋敷の前、通ったんだけどなぁ……」










孫呉の大都督である冥琳の屋敷は城から然程、離れてはいない。


周家はこの揚州で孫家以上の由緒正しき名家だ。


それに恥じる事の無い立派な門の前で将司は愛馬の鋼堅から飛び降りると手綱を引きつつ門を拳で叩いた。


「御免」


しばらくすると重々しい音を響かせ、開門した。


すると柔和な容貌をした使用人の老人の男性が顔を出して来る。


「あぁ呂将軍。お久しゅうございます」


「公瑾殿は御在宅ですか?」


「はい。お嬢様に御用ですかな?」


「えぇ。本日は頼まれていた戦術書をお届けに参りました」


「そうでございましたか。ささっ、どうぞ」


「失礼します」


老人へ軽く頭を下げた後、門を潜ると近付いて来た別の使用人へ愛馬を預けた。


「どうぞ、こちらへ」


将司は案内の為、先導する老人の後に続く。


良く手入れの行き届いた庭を歩いている最中、将司は老人へ声を掛けた。


「公瑾殿は薬を飲まれておりますか?」


「えぇ。将軍の言い付け通り、しっかりと。最近ではお嬢様の顔色もすっかり良くなられて……」


「それは良かった」


病状の経過を聞き、彼は素直に安堵の言葉を漏らす。


「これも全て将軍の御陰にございます。使用人達に代わり感謝致します…」


「いえ、お気になさらず。こんな風体ですが一応は医者の端くれなので」


立ち止まり、将司へ向かい深々と頭を下げる老人へ彼はやんわり謝辞を断った。


老人が案内を再開し、暫く歩くと東屋が見えて来る。


そこには、この屋敷の主人が椅子へ腰掛けつつ本を読んでいた。


「−−お嬢様、失礼します」


「−−ん?おぉ、将司」


老人に呼ばれた冥琳が顔を上げると将司の姿を認め、少しばかり表情を綻ばせる。


「お邪魔して申し訳ありません。和樹から預かって参りました」


挨拶の為、将司は軽く頭を下げると冥琳へ近付き、手に持っていた包みを卓上へ置く。


「これは?」


「随分と前に約束していた戦術書の翻訳です。“遅くなって申し訳ない”と伝言も預かって参りました」


それを聞きつつ冥琳が眼前の包みを解くと中から分厚い本の数々が姿を表した。


「和樹に“苦労を掛けた”と伝えてくれ」


「はっ、了解しました。それでは、自分はこれにて失礼します」


頭を下げ、場を辞そうと踵を返すと間髪入れずに彼へ声が掛けられた。


「待て」


「は?」


振り向くと冥琳が将司へ非難するような鋭い視線を向けている。


「茶も飲まず帰るつもりか?周家は客人をぞんざいに扱うほど愚かではないぞ」


「はい?」


(じい)


「畏まりました。只今、お持ち致します」


柔和な微笑を浮かべつつ使用人の老人が頭を下げ、一旦、場を辞した。


「…………」


使い走りの筈が妙な事になった、と彼は考えつつ頭をボリボリと片手で掻き出した。


休暇の時は−−急患がある場合を除き−−日がな一日、ゴロ寝して過ごすか妓楼へ行くかの二者択一という、かなり駄目な行動をするのが将司という男だ。


こういうのは馴染みがない。


冥琳の屋敷には治療目的で何度か足を運んだが、処置が済み次第、さっさと帰るのが常だった。


「…まぁ、座れ。近くで立たれていると落ち着かん」


「……失礼します」


結局、彼は冥琳の言葉通りに行動する事にした。


腰の帯へ差し込んでいた愛刀を鞘ごと抜き、卓へ立て掛けた後、椅子へ腰掛ける。


「…酒臭いな。呑んでいたのか?」


「つい半刻ほど前までは。……相棒の奴に矢文で呼び出されまして…」


「矢文?」


「えぇ。…縁側で呑んでいたら、いきなり軒の柱に矢が突き刺さりましてね…」


「ふふっ」


想像したのか冥琳は堪らず苦笑を零す。


「笑わないで頂きたい」


「いや済まん。和樹ならやりかねんと思ってな」


「…否定しません。万が一、あの矢文を黙殺していたら……」


「していたら?」


「…次は迫撃砲の砲撃が来そうでしたから…」


「…………」


聡明な彼女は将司のいう兵器の名称と形状、破壊力を思い出した。


そして−−眼前の男の相棒兼上官は冗談があまり通じない人間で、しかも過激な事を顔色ひとつ変えず平気で行う事も思い出してしまった。


「…やりかねんな」


「…えぇ。アイツの事です…やりかねない」


表情を変えず実行に移すだろう相棒を思い出し、将司は溜息を零す。


療養中でも全く変わらない気質なのは安堵すべきか危惧すべきか、と言った感じだ。


すると唐突に冥琳が立ち上がった。


将司が視線で追うと彼女は柔和に微笑んだ。


「少し、外を歩かんか?」








ガヤガヤと喧噪に包まれる市場は揚州各地だけでなく、大陸のあらゆる場所から行商に来る商人達でごった返していた。


その一画を共に肩を並べて歩く男女の一組。


「…なにか買い物でもあるのですか?」


「…ふむ…特に無いな。視察…という訳でもないが…」


「とどのつまり、ただの散歩ですな」


「……まぁ、そういう事にしておこう」


冥琳は表情を変えずに“察しろ莫迦者”と身中で毒を吐いた。


「……しかし、なんだな」


「はい?」


「休暇だと言うのに、市場を見ると細作への対策は他に無いかと考えてしまうよ」


「…職業病ですな」


「職業病…ふふっ、言い得て妙だ」


苦笑を零す冥琳に将司は軽い自己嫌悪を覚えた。


もう少し気の利く言葉は無かったのだろうかと。


「…あぁ、我々にも職業病がありますよ」


「ほう?」


興味を持ったのか冥琳が隣を歩く将司を見上げ、続きを促す。


「正確には部下連中なんですがね。正規軍崩れで徹底的に鍛え上げられてる訳なんですよ。そんな連中が街で呑んで酔っ払う。そして一緒に帰るとどうなると思います?」


「…どうなるのだ?」


「身体が行進を覚えてる所為で足並みと足音が見事に揃うんです。こう…ザッザッって具合に」


「ふふっ」


奇妙な光景を想像してしまった冥琳は口元を隠しながら微かな笑い声を漏らす。


その姿に将司も釣られて微かに唇の端を歪めた。


「…他には無いのか?」


「う〜ん…そうですねぇ…職業病じゃないんですが、ウチには“鬼の烹炊長”って奴が居まして−−」


将司は自分の部隊では周知かつ常識の事をネタにして傍らの冥琳へ話していく。


例え、彼等の間では常識でも彼女にとっては非常識。


驚き、呆れ、面白さで冥琳は段々と声を上げて笑い出した。


「ふくっ…あははっ…!」


「馬鹿話なら他にも−−」


「いや、もう…くくっ…もう良い」


「そうですか?まだまだ、あるんですがねぇ」


「もう充分だよ…」


目尻に溜まった涙を指先で拭いつつ更なる展開を断る彼女だが、笑いの余韻がまだ表情に残っている。


その姿を見て“結構、笑う(ひと)なんだな”と将司は彼女の評価を改めた。


「なんというか……ふふっ、愉快な連中だな?」


「えぇ、愉快すぎて困ります。束ねるのも一苦労だ」


そんな憎まれ口を叩く彼だが、顔には微苦笑が浮かんでいる。


悪い気はしない、と言った所だろう。


「そろそろ昼時ですね」


「ん、もうか?」


「えぇ。…この先に美味い飯屋がありますが……如何ですか?」


「…そうだな……ちょうど腹が減って来た所だ。案内してくれ」


「判りました」


目的地への案内を始めると同時に、また将司の馬鹿話が唐突に始まってしまう。


一度は続きを断った冥琳だが、気になっていたのか話題が展開される度に笑い声を漏らす。


−−まっ、こんな日も悪くねぇか−−


そんな事を思いながら将司は馬鹿話と案内を同時に行う。


二人の馬鹿話と笑い声は彼のネタ切れが起きるまで交わされたそうだ。







ちなみに黒革の半長靴(ブーツ)のお陰で和樹と将司、部下連中は水虫の薬を常備していたり。




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