閑話:翻る旗の下
久々の投稿−−リハビリを兼ねて書いてみたが……やはりというか……(T_T)
「−−なぁ朴よ」
「−−なんだ?」
「…それ…暑くねぇの?」
「…あぁ不思議と涼しいな。しかもこいつを裏返して着ると温かいぞ」
「プラスで防弾と防刃の性能…一体、素材はなんなんだか…」
「知らん。…こいつを注文したのは伍長だからな」
黒狼隊の駐屯地の一画に屯す二人の男。
彼等は互いに愛煙の煙草と葉巻を燻らせつつ会話をしていた。
戦闘服の上から漆黒のコートを着込んでいるのは第一歩兵小隊長の朴容国中尉。
その隣で高級葉巻を銜え、着込んだパイロットスーツの上半身部分を脱ぎ、その袖を腰で結っているのはヘリ部隊長の楊敦凱中尉だ。
「…少佐の復帰、いつ頃になるか聞いてるか?」
「あぁ。早ければ今月中にもだそうだ」
「そいつは良かった……」
楊中尉は蒼天を仰ぎ、唇から紫煙と共に安心の言葉を漏らす。
「……なぁ朴」
「なんだ?」
「…今まで、こんな事ってあったか?」
「こんな…?」
「…少佐が部隊を長く留守にする事だよ」
もっと正確に言って欲しいと朴中尉は考えながらも黙考し、同僚が放った問い掛けの答えを探す。
「……ないな、今まで一度も」
「…だろ?…心配で仕方ねぇ…」
「…まぁ…俺も心配だがな」
「あの人…もう一度、戦場に立てんのかな?」
「…………」
いくらリハビリを済ませて肉体や体調のコンディションを完璧にしたとしても、病み上がりが戦場独特の空気に耐えられるモノか。
何処から敵が来るか判らない、何処から銃弾が飛んで来るか判らない。
そのような恐怖やストレスとも戦いながら、任務を遂行せねばならぬのが戦場だ。
「……戦闘と暴力の権化みたいな人だからな…心配は要らないとは思うんだが……」
手巻き煙草の紫煙を鼻孔から吐き出しつつ朴中尉が呟いた。
「…“一瞬の躊躇が銃爪に掛ける指を硬直させ、一瞬の蛮勇が部隊を壊滅へ追い遣り、一瞬の憐憫が自らを地獄に墜とす”」
「…少佐の持論だな」
「いや、あの人の師匠の言葉だそうだ。…戦場に臨む兵士の心構えみたいなモンらしい」
「…喩え女子供でも銃爪を引く事を躊躇うな、テメェの勝手で向こう見ずな行動が部隊を全滅に至らしめる、そして敵に情けは無用……ってな意味だろ」
「兵士の基本だがな」
「ほんと…基本だよな。…向こうに居た頃、暇な時にRPGで遊んだり、アニメ観たりしてたんだよ」
「お前もゲームやったりしたのか?顔に似合わんな」
「…ツッコミ入れてぇが…まぁ良い。……タマにさ、その主人公とかが殺し合いの最中に心が痛んだり、“本当は戦いたくない”って叫んだりする描写があったんだけど……」
「ハッ、寝言は寝てから言えって話だな」
「思わず笑っちまったぜ。“なら戦うな、なら武器を持つな。恐いならベッドに潜ってガタガタ震えてろ”ってな」
「ふふっ……」
9割程は本気の言葉に朴中尉は微かな笑い声を発した。
「ふぅ……けど…あの人は、そんなこと死んでも思わねぇだろうな」
「それは俺達もだろうが」
「違ぇねぇや」
「……戦場で…初めて人間を撃った時の光景……今でもはっきり思い出せる」
「…そうだな…。俺は…上空から爆弾を落としたよ、退却する敵部隊へな」
「…傭兵になってからだろ?」
「お前もだな?」
「応」
互いに頷き合いつつ紫煙を吐き出す。
吐き出された紫煙は風に乗り−−駐屯地の中心で翻る黒い狼が描かれた隊旗へ向かった。
「…フェンリル−−“反逆の狼”」
「神々に逆らうしか存在価値がない狼…」
「…正に俺達そのもの…だな」
「楊、部隊名の由来を知ってるか?」
「あ?…そりゃ…少佐のタトゥーと…フェンリルからだろ?」
楊中尉の言葉に朴中尉は緩々と頭を振るう。
「違ぇのか?」
「…半分正解だがな」
紫煙を吐き出し、朴中尉は短くなった煙草を携帯灰皿へ放り込むとコートのポケットへ両手を突っ込み、視線の先で雄々しく翻る旗を仰ぎ見る。
「“俺達はこれから世界に戦いを挑む−−”」
「−−−−」
乾いた唇から紡がれる言葉に傍らの楊中尉が息を飲んだ。
「“−−これより先は自らが育った祖国への愛情を捨てよ−−”」
「“−−俺達に護るべき国などない−−”」
二人の男の視線が翻る隊旗へ注がれ−−その唇から言葉が紡がれる。
−−かつて誓い合った言葉を。
「“−−さぁ火蓋を切れ、照準を合わせ、銃爪を引け。戦いだ、戦いの時は来た−−”」
「“−−俺達は反逆の狼−−”」
「“−−狼を敵に回した事を後悔させてやろう−−”」
「“−−隊伍を整えよ−−”」
「“−−進撃のラッパを吹け−−”」
「「“−−俺達の戦争を始めよう”」」