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恋姫†無双-外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第八部:日常という有り触れた日々
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〜Other side〜



曹魏の広い調練場に威勢の良い掛け声が響き渡る。


曹魏に新たに志願した兵力は総勢5000名ほど。


その全てを一気に訓練するのは流石に新兵教育を担当する飛燕達だけでは骨が折れる。


その為、既に教育課程を修了した兵士達を駆り出し、新兵達の教官としていた。


新たな教官達の指導の下、約100名で編制された50個の新兵隊は日夜、厳しい訓練に励んでいる−−−





「−−−隊長。こちらが経過報告書です」


「…拝見します」


夜の許昌城の一室−−飛燕の執務室を訪れたのは凪、真桜、沙和の三人娘だ。


彼女達を代表し、凪が纏めた新兵教育課程の経過報告書を飛燕へ提出する。


それを受け取った彼は処理途中の書類を机の端へ追い遣り、丸められた竹簡の紐を解くと、それを広げて読み出した。


「−−…第四新兵隊で喧嘩があったと部下から報告を受けましたが……記述されていませんね」


「へ?……あっ…も、申し訳ありません!!直ぐに訂正を−−」


「いえ、結構です」


飛燕はおもむろに筆を取って墨を含ませると、竹簡へその旨を追加した。


「−−それと第十新兵隊と第十一新兵隊ですが……担当教官達が部隊の訓練成績で張り合っているとか」


「うっうん、そう聞いてるの〜」


「担当教官に“寝言は寝てから言え”と私が言っていたと告げて下さい。…新兵を玩具にするなとも」


「わ、判ったの〜」


口調こそ柔らかだが、彼の双眸は半眼で見開かれ、彼女達はまるで睨まれていると錯覚してしまう。


「−−…あぁ…第七新兵隊でも諍いがありましたね。……これも記述されていませんが……」


「うえっ!!?……えっ…あ〜……すんません…」


「…まぁ良いでしょう…。少しの諍いでも気を配って下さい。でないと後々、面倒事に発展しかねない」


「合点や……」


相変わらずの半眼で彼は忙しなく書面と彼女達へ視線を交互に送る。


報告書の添削は尚も続くが−−やがてそれもなくなった。


「−−…このぐらいですかね…」


筆を取った彼は竹簡の最後尾へ自身の姓名を記し、それを机上に置いた。


「受理しました。お疲れ様です」


張り詰められた緊張が解かれ、彼女達が深々と溜息を吐き出した。


「下がっても結構ですよ」


「あの……!!」


「なにか?」


退出を促した飛燕の言葉を遮るように凪が声を上げた。


それに反応して彼は顔を上げ、彼女を見遣る。


「あの−−……いえ…なんでもありません」


「…そうですか」


「……お休みなさいませ」









「−−なんか最近のたいちょ−変なの〜」


「−−せやなぁ…。鬼気迫るっちゅ〜か……」


「……………」


城内へ宛がわれた沙和の自室に集まった三人は飛燕の様子を話し合っていた。


「……おそらく隊長は…呉での惨敗を気にしておられて……」


「…でもそれは、この前までやろ?」


「そうなの〜。たいちょ−も“気にするのは止めました。自分はただ務めを全うします”って言ってたの〜」


「それはそうだが……」


凪は言葉に詰まってしまう。


人間の言葉には得てして建前と本音があるモノだ。


それを考えると−−はて。彼の言はどちらなのだろうか。


「…隊長ともそれなりに長い付き合いになって来たが……私はまだあの人が、どんな方で、どんな性格で、どんなモノを好まれるのか……知らないな…」


「ウチは隊長の好物知っとるで。ズバリ酒や」


「まぁ……そうだな…」


彼の酒好きは曹魏の幕僚達の間で有名になりつつある。


とある猫耳軍師などは、その酒好きを利用して飛燕の暗殺を計画している−−という噂が流れる程だ。


「……だが…馴染みの酒家以外で召し上がるのは…あまり見た事がない……」


「……まぁねぇ〜〜…」


「なんとか隊長に元気になって頂ける方法はないかな…」


飛燕を元気付けようと(本人は至って元気だが)彼女達が頭を捻っていた頃−−










「…………はぁぁ……」


−−当の本人は浴場の湯に浸かっていた。


飛燕は肺の奥から溜息を吐き出しつつ両腕を広げ、それを風呂の縁へ預けている。


解いた長髪は湿気で肌に張り付き、湯で温まった身体は血行が良くなり、大小様々な傷跡が浮かび上がっていた。


一際、眼を引くのは−−首筋の左側に走る裂傷だろう。


真横に切り裂かれたそれは−−頸動脈のある箇所を走っている。


「……………」


何気なしに彼はそこを指先でなぞる。


実に−−感慨深そうに。


「………ククッ」


一頻り、なぞった彼はやおらに苦笑を零した。


その傷の由来は−−


「−−−……むっ?」


−−飛燕の第六感に引っ掛かった異物。


それは気配だ。


「−−……姉者、そう急ぐな。湯は逃げんぞ」


「−−久々の風呂だ!!急がずにどうしろと!!?」

「−−確かにそうだが………む?」


次いで脱衣場の方から彼にとって聞き慣れた二名の声が聞こえて来た。


片や冷静に諫める声と片や子供の如き明るさのそれだ。


「…………まぁ…問題ないか」


そう無表情で呟いた彼は湯を手で掬い、顔へ浴びせ掛ける。


「−−早く来い秋蘭!!」


「−−……あ〜〜……姉者……まぁ良いか」


−−浴場の戸が豪快に開け放たれる。


喜色満面で身体も洗わず駆けて来る人影。


「と−−−−−………う?」


威勢の良い声と共に飛んだ人影は−−次いで素っ頓狂な声を発しつつ豪快に湯船へ飛び込んだ。








「−−姉者、行儀が悪いぞ。湯船に手拭いを入れるな」


「では、どうしろと!!?隠せないではないか!!!」


「……別に見られて困る身体じゃないだろう?」


「秋蘭!!お前はもっと恥じらえ、気にしろ!!!」


「……自分は気にしませんで御安心を」


「誰も貴様の意見なぞ聞いていな−−って、飛燕!!貴様も少しは隠さんか!!!」


「……秋蘭様の言葉を借りますが“見られて困る身体”ではありませんので」


「ふふっ……まぁ確かに…な」


「秋蘭!!?」


飛燕が入浴中にも関わらず、乱入してきたのは夏侯姉妹だ。


姉は持参した手拭いで身体の前を隠し、その妹は−−堂々と彼同様の格好で湯船へ浸かっている。

秋蘭は飛燕へ挑戦的な眼差しを送りつつ湯船で脚を組み直す。


その扇情的な所作に彼は−−特に興味を示す事なく額へ張り付いた前髪を掻き上げた。


「お前達……堂々としすぎではないか…?」


「ふふっ…そうか?」


「…まぁ…“見慣れて”いますので」


「−−なにッ!!!?」


聞き捨てならない言葉を吐いた飛燕へ春蘭の刺すような視線が向けられる。


「貴様ァ、それはどういう意味−−まっまさか秋蘭と…!?さっさと答えんか!!!」


湯が張られた湯船を掻き分け、春蘭が向かいの縁へ両腕を預けている飛燕に詰め寄るが−−


「−−落ちますよ」


「−−わわっ!!?」


−−冷静すぎる彼の指摘に春蘭は慌てて手拭いで身体を隠し、湯船へしゃがみ込んだ。


「…誤解なきよう申し上げますが、そういう意味ではありません」


「…なっ…なに!?」


「…自分も歳です。それなりに“経験”は積んでいる……そういう意味ですよ」


天井を仰ぎながら呟く彼は何処までも冷静だ。


「ほぅ……それは初耳だな。……参考までに聞くが……今まで何人ほどを“相手”にしたのだ?」


「秋蘭!!?」


「…さぁ?第一、数えていませんので。……最近“相手”にしたのは……新兵として入隊する以前ですかね。それっきり御無沙汰です」


「飛燕!!貴様も馬鹿正直に答えるんじゃない!!!」


冷静な二人に対し、春蘭の顔は真っ赤だ。


それが湯の温度の所為ではない事は想像に難くないだろう。


「…お前も男という事か……」


「今更ですな。なんだと思っていたのです?」


「ふふっ…さぁな?」


飛燕の懐疑的な視線を受け、秋蘭は妖艶な微笑で返答とした。


その彼女が不意に湯を掻き分け、飛燕が浸かっている場所まで近付いて来る。


「……なにか?」


「−−む?特に意味はないが……強いて言えばだな−−」


「?」


彼の傍らまで近付いて秋蘭は指で耳を貸すよう指示した。


湯が滴る腕を挙げ、それを飛燕の耳元へ翳した彼女は顔を近付ける。


「−−−−−」


「………は?」


「−−−−−」


「………本気で仰っているので…?」


顔を離した彼女は微笑を浮かべ、胡坐を掻いても背が高い飛燕を見上げる。


「…嫌か?」


「………嫌…ではありませんが……」


「おっおい!!一体、何を話しているのだ!!?」


二人の内緒話が気になって仕方ない春蘭が声を荒げ問い掛けた。


「うん?気になるのか姉者?」


「べっ別に気になってなどおらん!!!」


「そうか……なら良い−−」


まるで姉へ見せ付けるが如く、秋蘭は傍らの男の肩に頭を預け、撓垂れ掛かった。


「…今度はなんですか?」


「…こうしてみたかっただけさ……中々…良いモノだな…」


視線だけを彼へ向けて返答した彼女は瞑目し、頬を肩に擦り付ける。


それを見た春蘭は−−もはや開いた口が塞がらず、まるで魚のように口がパクパクと動いていた。


「……なぁ…飛燕」


「…なんでしょう?」


そのままの格好で眼を閉じつつ、秋蘭が尋ねる。


「…以前からお前の傷は気になっていたが−−」


眼を見開いた彼女が細い指で飛燕の首筋をなぞる。


「−−この傷は何処でだ?…ここには太い血管が通っているはず。致命傷にならなかったのか?」


指先で首筋に走る裂傷を何度もなぞりながら彼女は問い掛けた。


それを聞いて彼も右腕を挙げ、自身の首筋をなぞる。


一瞬だが、互いの指が触れ合った。


「……これですか?」


「…うむ」


「これは…戦で、ですね。…敵に斬られたのですが、直ぐ様、手で押さえて血を止めましたので致命傷には…」


「…そうか…」


秋蘭が指を離し、彼もやや遅れて自身の首からそれを離した。


「−−さて……」


「−−ひゃっ!!?」


−−不意に飛燕が立ち上がり、縁へ置いていた手拭いを肩へ掛ける。


頭を預けていた秋蘭の視線が彼の姿を追う。


「……もう上がるのか?」


「えぇ。逆上せるといけませんので……」


「いっ良いからさっさと出て行け!!早くしろ!!!」


飛燕の“モノ”を正面から見てしまった春蘭が怒号に似た絶叫を奏でる。


「…だそうですので…失礼します。ごゆっくり」


湯船から上がった彼はそのまま戸を開け脱衣場へ向かう−−










−−深夜。



飛燕は自室で書類仕事に取り組んでいる。


既に服装は寝間着−−ではあるが、邪魔な袖を捲り上げ、机上へ積み重ねられた書類を相手にしていた。


「…………」


机の隅へ置いた盆。


その上にある盃へ徳利から酒を注ぐ。


手に取って傾け−−乾いたそれを盆へ置く。


−−不意に部屋の外に人間の気配。


それを感じて若干の後、扉が軽く叩かれる。


「−−どうぞ」


僅かな軋みを上げつつ扉が開けられた。


「−−熱心……そういう訳でもない…か」


水色の寝間着に身を包んだ人物は−−秋蘭だ。


彼女は机上にある書類へ忙しなく筆を走らせる飛燕の様子を見て感心するが−−評価を改めた。


それは盆の上に鎮座する物である事は明白である。


「……何用ですか?」


「……知れたこと」


言い捨てた秋蘭が腰掛ける飛燕へ歩み寄る。


「…浴場で言わなかったか?“近頃、華琳様と閨を共にしていない。代わりにお前が相手をしろ”とな」


「……“代わり”ですか?」


「あぁ。難しく考えなくて良い。…語弊はあるが…間男みたいなモノだな」


−−飛燕は筆を硯へ置き、椅子から立ち上がる。


「……まぁ…そちらの理由はなんでも構いません。自分もそろそろ溜まっていた所です」


−−机を挟んだ向こう側に立つ秋蘭へゆっくりとした足取りで近寄った彼は、頭ひとつ分ほど背が低い彼女を見下ろす。


「…そうか。ならば…この交渉は?」


問い掛ける秋蘭と見下ろす飛燕の視線が虚空で交わり−−彼は手を彼女の顎へ遣り、軽くそれを持ち上げた。


「成立です−−」


「−−…ん……ふぅ…はっ…」


持ち上げた顎へ手を宛がいつつ彼は秋蘭の整った唇へ自身のそれを当てた。


最初は軽く……次第に深くなり……彼女の歯列を抉じ開け、舌を侵入させる。


「…んむっ…はぁはぁ……ふぅ……」


互いに舌を絡ませ、唾液を交換する。


たまらず秋蘭は飛燕の首へ腕を回し−−更に深いキスを強請る。


返答の代わりに飛燕は彼女の細い腰へ腕を回し−−抱き寄せた。


彼は薄目を開け、眼前にあるだろう秋蘭の様子を確認する。


−−普段は冷静の代名詞ともいえる上官が一心不乱に自身の口を吸っていた。


やがて二人は事前に取り決めていたかのように、互いの顔を離す。


唇を離した瞬間、虚空に銀色の橋が作られ−−途中で切れたそれは床へ落ちた。


「…随分と…いきなりだな…」


「お嫌でしたか?」


「いや驚いただけさ。…中々、情熱的なのだな…」


「床ではもっとですが−−」


「ふふっ−−…んぅ…」


飛燕らしからぬ物言いに微笑を浮かべた秋蘭へ彼が再び唇を合わせる。


柔らかな感触を堪能した彼は秋蘭を横抱きにし、あまり使う事がない寝台へ運び−−そこへ割れ物を扱うように優しく寝かせた。


「…緊張しますな…」


「ん?」


横になった彼女の顔を覗き込みつつ覆い被さる飛燕は不意に呟いた。


「秋蘭様のような美女を相手にするとなると…些か…」


「…世辞でも悪い気はせんな…」


「世辞は苦手です」


「ふふっ……灯りは?」


「…このままで」


「…判った」


頷いた彼女は微笑を浮かべ、飛燕の首へ腕を回す。


呼応した彼は秋蘭と唇を合わせ、眼前の美女の帯を解いた−−







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