表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫†無双-外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第八部:日常という有り触れた日々
102/145

89




〜Other side〜




「−−休暇、でありますか?」


許昌城の一室で青年−−飛燕が困惑しつつも声を発した。


「えぇ。少しは休みなさい」


「しかし−−」


「拒否権はないわ。これは命令よ」


その部屋の主−−華琳は有無を言わせぬ“命令”を臣下へ言い渡す。


椅子へ腰掛ける彼女は脚を組み直し、困惑気味の飛燕へ視線を向ける。


「呉との戦が終って、まだそれほど時が経っていないというのに……流石に働き過ぎだわ」


「…その言葉、そのまま華琳様へお返しします」


「揚げ足を取らない。…まぁ一方的ではあるのだけど……これは決定事項よ」


「…というと?」


「…色んな娘達から貴方に休暇をと言われていてね…。まぁ私も良い機会だと思ったから賛同したのよ」


「…………」


誰の嘆願かは察すれば大体、判る。


だが彼にとっては−−迷惑以外の何物でもない。


孫呉で大惨敗を喫した曹魏は軍の再編と新規兵力の補充が急務だ。


その新兵を調練するのは飛燕達の任務。


それを阻害するのは如何なモノか、というのが彼の率直な気持ちである。


「……今、任務を邪魔するなと思わなかった?」


「……ご明察です」


「……ハァ……」


華琳は呆れ気味に溜息を吐いた。


仕事熱心なのは良い。


結果を出している上、その手腕も大いに評価できる。


だが、いくらなんでも……、が彼女の率直な気持ちだ。


「……今日一日だけで良いわ……頼むから休んでちょうだい……」


「………判りました。一日だけ、本日だけ休みましょう。しかし明日は復帰させて頂きます。宜しいですな?」


「……それで良いわ。……下がって」


「失礼します」


礼をする飛燕へ華琳は心底、大儀そうに手だけを軽く振った。


執務室の扉が開けられ−−閉まる。


「……ハァ……」


再びの溜息。


「……休ませるだけで、こんなに疲れるなんて……」










「−−休みって……何をすれば良いんだろうな?」


「−−…旦那…久しぶりに顔を拝見した矢先にそれですか?」


定休日だというのに無理矢理、店を開かされた馴染みの店主は呆れた眼差しを馬鹿馬鹿しい事を尋ねて来た飛燕へ送る。


「−−…もう少し感慨に耽らせて頂いても罸は当たらなんじゃないですかね?」


「…そういうモノか?」


「そういうモノですよ!!」


声を荒げる店主とは対照的に飛燕は泰然と酒を呑み下す。


「−−で、話は戻るんだが……」


「……ほんっと旦那はぶれませんねぇ…」


「普段の俺へ戻ると三日前、とある御仁に約束したばかりだからな」


手酌で酒を注ぎ、盃を傾ける。


ちなみに現在は昼間だ。


「まぁ…それはそうと…。……休みに何をすれば良いか、でしたっけ?」


「あぁ」


まさかこんな事になると予想していなかった為、店には有り合わせの品物しかない。


彼が好む安酒は充分すぎる程あるから良いが、肴は本当に有り合わせだ。


飛燕は皿に盛られた炒り豆を口へ入れ咀嚼する音を奏でると、それを酒で流し込む。


「…私の場合は買い出しですかね。…もっとも旦那が見事に潰してくれましたけど」


「……それは済まなかった」


「…まぁ良いですがね。明日、店開きの前にでも買い出しへ行ってきますよ」


肩を竦めながら店主は苦笑を零す。


「じゃあ旦那は休みの日は何を?」


「……………」


「あ〜…妓楼ですか?判りますよ、人に言うのは恥ずかしいですもんねぇ。しかも若いから溜まる。まぁ、かくいう私もかかぁと一緒になるまでは良く−−」


「…言っておくが、まだ許昌で妓楼に行った事はないぞ」


「−−えぇ!?ほっ本当ですか…!!?」


「あぁ」


「じ、じゃあ…どうやって発散を…?」


「…自分でするか、もしくは野妓とだな。軍の野営地の近くにかなり居るんだ」


「…まぁ、私も若い時分に兵役があったので買った事はありますがね…」


「…だろうな。兵役−−しかも男なら誰でも通る道だ」


野妓とは軍の将兵を相手に商売をする妓女の通称だ。


その多くが戦乱で夫を亡くした未亡人だ。家族を亡くした年端のいかない少女も居たという。


この時代の戦時において兵站構築と同様に重要視されるのが性欲の解消だ。


それを怠れば無用な略奪が横行し、秩序は破綻する。


軍隊の正式な管理下にある妓女は営妓と呼ばれており、唐代に書かれた記録に詳細な記述がある。


だが実際は遥か以前−−春秋時代の以前からもあっただろう。


なにせ、売春は世界最古の職業のひとつに数えられるのだから。


「−−…実を言うとだな……俺、何をすれば良いか判らないんだ」


「………は?」


「だから、休暇の日に何をすれば良いか、が判らないと言っている」


「…………」


話を元へ戻した飛燕の言葉に店主は呆気に取られ、二の句が継げなくなった。


「……あ〜…なんというか……色々と重症ですね…」


「…だから休暇なんか要らないんだ。…任務をこなしている方がずっとマシだ…」


「…旦那に御友人は?」


「…友人か?」


「えぇ。いらっしゃいますよね?」


「冀州に居た頃の奴等は……大体が土の下だな…後は行方知れずの連中ばかりだ」


「……今は?」


盃に満たした酒へ視線を落としつつ呟く飛燕に店主は更に尋ねる。


それへ彼は軽く肩を竦め−−


「同僚はいても友人はいない」


−−やおらに盃を傾けた。


「…………」


なんと声を掛ければ良いか店主は困惑してしまった。


挙兵以来、久しぶりに顔を見た馴染みの客にこんな事を言われては仕方ないだろうが。


「……なら…僭越ですが私が友人に……」


「……なってくれるか?……済まん」


「いえ……私も色々と失礼を……」


カウンターを挟み、大の男達が互いに頭を下げる姿は実に滑稽である。


「…私が言うのもなんだと思いますが……いっそのこと…恋人でもお作りになられたら如何ですか?」


「……恋人……」


「えぇ。旦那は顔が良いですから、女性には困らないと思いますよ?」


「…………」


飛燕は無言のまま盃を傾ける。


「…………」


「……旦那?」


盃をコトリと卓上へ置いたまま口を開こうとしない飛燕を訝しみ、店主が声を掛ける。


「旦那?」


「−−ん?……あぁ、なんだ?」


「なんだじゃありませんよ。…どうかなさったので?」


「……いや……なんでもない。気にせんでくれ」


「はぁ……」


「−−…むっ……店主、もう一本」


「はいはい……今日も良くお呑みになられる」


「……いっそのこと休暇の時は日がな一日、呑み明かそうか…」


「……流石に止めておかれた方が宜しいかと……」


「…俺もそう思った−−」


店主が新しい徳利を差し出そうとした瞬間、飛燕が椅子から立ち上がる。


立て掛けておいた剣を取り、その柄へ手を掛けた彼は−−


「−−…ふぅ…」


−−安堵の溜息を吐き出し、得物を元の場所へ戻すと再び椅子に腰掛けた。


「−−…店主。重ね重ね済まんが、客が増えそうだぞ」


「……はい?」


「…店の外に感じ慣れた気配が一名−−…ん?」


彼の第六感は慣れた気配が至近まで来ていると告げている。


だが、同時に異物−−というより“少し苦手な気配”も感じてしまい、彼は首を傾げた。


「…秋蘭様と……この気配は……元譲将軍?」


「将軍様達ですか?」


「…あぁ…近い……むっ、元譲将軍の気配が遠ざかっ−−…また戻って来たな」


「…良く判りますねぇ…」


「…判るというより感じるんだがな」


盃へ酒を注ぎつつ彼は店主に答える。


土を踏み締める音と足音が二人の耳へ入って来た。


飛燕が盃を傾け、酒を胃腑へ流し込んだ瞬間−−戸が開けられる。


「−−やはり此処だったか」


「…おぉ……旦那、当たりましたね」


「そうだな…。秋蘭様、御機嫌麗しゅう」


「うむ。……なんの話か気にはなるが……店主、入っても良いかな?」


「どうぞ。……夏侯惇将軍はご一緒では…」


飛燕の予想通り、戸を開けたのは水色の髪をした麗人だった。


彼女は店主の言葉にやや驚いた表情を浮かべる。


「良く判ったな?」


「いや、旦那が気配を感じたようで…」


「なるほどな…」


秋蘭は納得がいき、視線を盃を傾ける飛燕へ向ける。


「姉者、観念しろ。バレているぞ」


「…………」


秋蘭が戸の横へ向けて声を掛ける。


すると姿を現したのは−−少々、不機嫌な表情を浮かべる黒髪の麗人だ。


「……旦那、当たりましたね」


「そうだな……」


飛燕の気配察知が、再び当たった事に店主は幾何かの感動を覚えてしまう。


それを意に介さず、秋蘭を先頭に夏侯姉妹が店へ入って来る。


妹は飛燕の右隣へ座り、姉の方は−−やや逡巡するが、秋蘭の隣へ腰掛けた。


「なにか御注文は?」


「良いのか?…札には休みと書いてあったのだが…」


「構いませんよ。…まぁ…品揃えは良くありませんが、そこは御理解を」


「…隣の男に無理矢理、店を開けさせられた、という所か」


「御明察です。…お酒は如何ですか?」


「…そうだな…頂こう」


「…勤務中なのに宜しいのですか?」


盃を卓上へ置いた飛燕が隣に腰掛ける秋蘭へ尋ねる。


「我々も休暇を頂いてな」


「そうですか」


「うむ。…店主、なにがある?」


「そうですねぇ……桃の果実酒は如何でしょうか?」


「ではそれを頂こう。…姉者はどうする?」


「……秋蘭と同じで良い」


「だそうだ」


「畏まりました。少々、お待ち下さい。奥から持って参りますので」


店主は彼女達に会釈すると、店の奥へ消えてしまう。


おそらく漬けている壺から果実酒を取り出して来るのだろう。


「…しかし…お前も大概だな、飛燕」


「…はっ?」


「昼日中から酒を呑むとは恐れ入ったよ」


「……他にする事がないのです」


彼は傾けた酒を唇から離し、酒気に染まった息を吐き出しつつ声を発する。


「……そちらは?」


「…まぁ…似たようなモノさ。なにせ、いきなりの休暇だ。ほとほと困ってしまったよ」


「それでこちらに?」


「うむ。…ここなら、お前が居るだろうと踏んだのでな」


妖艶と形容するに相応しい微笑を浮かべ、秋蘭はそう言い放った。


「…お前は…また例の安酒か?」


「えぇ……お呑みになられますか?」


「良いのか?……なら一口、頂こう」


乾いた盃の縁を拭った飛燕は徳利を傾け、酒を満たすと、それを隣の秋蘭へ差し出す。


受け取った盃を整った鼻へ近付けた彼女は匂いを嗅ぎ−−やや顔を顰める。


次いで、盃を薄く紅を引いた唇に当て−−軽く酒を含む。


「−−−ッ!!?」


口へ含んだ瞬間、口内に辛みが広がる。


それを我慢して喉へ送ると−−今度は焼けるような熱さ。


「−−クッ……ハァ……」


酒気に染まった息を吐き出した彼女は盃を卓上へ置き、それを飛燕の方に滑らせた。


「如何でしたか?」


「……なんというか……かなり強いな……なんだこれは…?」


「なにかの“出来損ない”らしく、店主が安く仕入れたんだそうです」


「…あぁ…何故“安酒”なのか判った気がするよ。……この味では誰も呑みたがらない…」


「少なくとも私は好きですがね……」


呟きながら彼は戻って来た盃を持ち、それを傾ける。


「−−お待たせしました」


何本かの徳利を盆へ乗せた店主が奥から戻って来た。


急いで彼は盃の準備をし、彼女達の眼前へそれと徳利を置く。


「頂こう」


「…うむ…」


姉妹が徳利を取り、盃へそれを傾けた。


心地好い桃とアルコールの匂いが漂って来る。


それに眼を細める彼女達は盃を持ち上げ、おもむろに口へ運び−−酒を口に含む。


「−−…ほぅ…」


「−−…呑み易いな…中々、美味い…」


「恐れ入ります」


桃の果実酒は好評のようだ。


それを聞いて店主は顔を綻ばせ、会釈する。


「漬けた桃も召し上がりますか?」


「…むぅ……どうする姉者?」


「そうだな…貰おう」


「畏まりました。では、お持ち致します」


再び店主が奥へ消える。


忙しい事だ、と飛燕は思いつつ空になった徳利を追い遣り、新たな徳利を取った。


「飛燕、お前もどうだ?」


「いえ結構。…自分はこちらの方が良いので」


「そうか」


さして残念がる様子もなく秋蘭は乾いた盃へ果実酒を満たす。


−−不意に盃が卓上へ置かれる音。


「…張燕…」


「はっ、なんでしょう?」


呼び掛けたのは春蘭だ。


彼女は卓上で両手を組み、視線を飛燕へ向けている。


「…貴様…秋蘭に真名を預けられたそうだな」


「はっ、僭越ながら」


隠す必要がないと彼は判断し即答した。


「……貴様が秋蘭を助けた事が理由だとか」


「仰る通りです」


「…………」


横目に彼女の様子を窺いつつ飛燕は盃を傾けるが−−異変に気付いた。


なにやら春蘭が組む両手の指が忙しなく動いている。


「…な…なら……私の真名も預かれ…」


「は……はっ?」


寝耳に水の事に彼は可笑しな返答をしてしまった。


それを見た秋蘭が隣で忍び笑いを零す。


「いっ妹が助けられたというのに姉の私が真名を預けぬのは……世間体に良くない。だから預かれ」


「…………」


なんだその理由は、と彼は思ったが……言わぬが吉だとコンマ一秒で結論を弾き出した。


「ふふっ。…まぁ理由はどうあれ…あの姉者がこう言っておるのだ。素直に預かった方が良い」


「煩いぞ秋蘭!!−−で、どうなのだ!!?」


秋蘭を挟み、座っていたのが良かったのだろう。


もしそうでなければ、彼は今頃、春蘭の手で襟を締め上げられていた筈だ。


飛燕はコトリと盃を置き、春蘭へ視線を向ける。


「……では僭越ながら…預からせて頂きます」


「そっそうか…。…わ、私の真名は春蘭だ…良く覚えておくが良い!!」


「…確かにお預りしました。…真名ではありませんが…自分の事は飛燕とお呼び下さい」


「飛燕…だな、判った」


「どうかこれからもよしなに」


「うっうむ…」


会釈をする飛燕を尻目に春蘭は彼から視線を逸らすと盃を取り、傾ける。


−−やや頬が紅潮しているのは……気の所為ではないだろう。










「−−わらひは酔っとらんじょ〜〜!!」


「…判った…判ったから姉者…しっかり立ってくれ…」


「…流石に…あの桃はマズかったですかね…」


「…うむ……美味かったが…酒に漬けていただけあって…」


夜の城内に威勢の良い声が響く。


これが魏武の大剣とまで言われる猛将が発しているのだから……世も末だ。


覚束ない彼女の身体を酔いが軽くしか回っていない秋蘭と全く酔った様子のない飛燕は両脇から支え、姉妹の部屋へ連れて行く。


「ほら姉者、あと少しだ。…飛燕、済まんな…」


「いえ、お気になさらず」


言葉の通り、全く気にする様子がない彼だが……実際はここまで辿り着くまで様々な困難があった。


まぁそれについては割愛しよう。


一々、列挙するのが面倒だ。


「ひえ〜ん……」


「…なんですか…?」


酒臭い息を吐き出しつつ春蘭が脇を支えている彼へ呂律の回らぬ声を掛ける。


「おみゃえ……いいやちゅだな〜〜…」


「…それはどうも…」


「きゃりんしゃまがめをかきぇるのもわきゃりゅ……いりょいりょとすまにゃかったのら〜…」


「……お気になさらず…」


酔っ払った人間の言葉は受け流すに限る、と姉妹より年上の彼は嫌というほど経験している。


飛燕としては謝罪と評価の改善より−−もっと普通に歩いてもらいたい。


「…秋蘭様…」


「…なんだ?」


「春蘭様は……酔うとこのように?」


「……まぁ“タマ”にな」


酔いで少し頬が赤らんでいる秋蘭が大儀そうに返答する。


「…ほら…姉者、頑張れ。もう少しだから」


「……うみゅ……」


「……そろそろ私も…中腰が辛くなって来ました…」


「……重ね重ね、済まんな」


春蘭の両腕を互いの首へ回して支えているのだ。


背丈がそれほど変わらぬ秋蘭はともかく、飛燕の身長は彼女達より高い。


ずっと中腰の姿勢を取っているのが辛くなっても仕方ないだろう。


「−−…っと、あそこだ。姉者を頼む」


「はっ」


自室の扉を開ける為、酔い潰れた春蘭を飛燕へ任せた秋蘭が姉から離れる。


飛燕が彼女の弛緩した身体をしっかり支えていると扉が開かれた。


「…良いぞ」


「…春蘭様…お部屋ですよ」


「……みゅう……」


「………………」


「……飛燕」


「…はっ」


「…構わん、抱えてくれ」


「……では失礼して−−」


千鳥足で歩かれるより、いっそのこと抱き抱えて運んだ方が遥かに早い。


春蘭の背中へ右腕を回しつつ、左腕で両脚を揃えてやると−−彼は一気に細身の身体を抱き上げた。


「…………」


−−…軽いな…−−


抱き上げた彼の感想はそんなモノだ。


秋蘭に促されるまま抱き上げた春蘭を部屋へ運び−−彼女が急いで支度した寝台へ割れ物を扱うが如き丁寧さで横たわらせる。


「……ふぅ」


溜息を吐き出し、飛燕は差し込んだ腕を抜く。


「−−姉者、水だ」


「−−……みじゅう…?」


「あぁ、少し飲んだ方が良い」


秋蘭は甲斐甲斐しく姉の上半身を起こし、湯呑を口元へ運んでやる。


僅かに開かれた唇へそれを当て、ゆっくりと傾ければ−−春蘭の喉が動く。


「………も…いい…」


もう要らないと妹の手を退けた彼女の身体が再び横にされる。


湯呑を卓へ置いた秋蘭へ顔を向けた飛燕が唐突に踵を鳴らす。


「−−…では、自分は失礼します」


「ん?…もう行くのか?」


「はっ。…休暇は終わりですので」


「なに−−……あぁそうか。もうすぐ子の刻だからな……」


もうすぐ休暇は終わる。


今直ぐにでも職務へ復帰しなければならない。


彼ならそう言うだろう。


「夜明けまで休んでも罰は当たらぬと思うんだがな…」


「…まぁそうかもしれませんが……これが私の任務ですので」


「…そうだったな…。……今宵は済まなかった」


「何度も申しますが…お気になさらず。…それでは」


「あぁ」


会釈をする彼へ秋蘭も軽く頷いて見せる。


回れ右をした飛燕は開け放たれたままの扉をくぐり−−静かにそれを閉めた。


「−−……ふぅ……色々と…難儀な奴だ」


部屋にただ一人だけ意識がはっきりしている彼女はそう呟いた。


言葉の割には随分と顔が綻んでいた事は−−誰も知らない。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ