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世界の終わりに

作者: 海月

 真夏の朝。青空に真っ白な入道雲がそびえ、太陽の光が鮮やかに降り注ぐ。けたたましい蝉の鳴き声と、突如響いた轟音に、綾は目覚ましよりも早く目を覚ました。

 たぶん隣の空き地にまた隕石が落ちたんだ。そう予想しながら、別にこっちに落ちても良かったのに、と呑気に大きなあくびをした。

 テレビをつけると、ニュースキャスターは眉ひとつ動かさずに原稿を読み上げた。

「本日、世界が滅びます。皆様、どうぞ素敵な一日を」

 今日、いよいよ古代文明が予言した「終末の日」が訪れる。その兆候か、このところは隕石飛来の頻度も著しく、毎日世界のどこかに星の欠片が激突していた。

 なまり節を一切れもってベランダに出ると、飼い猫のまる太郎がいつもの様に室外機にもふっと丸まっていた。

「ねえ、滅びると思う?世界」

 ぶち猫まる太郎はふてぶてしい表情で綾を一瞥すると、差し出したなまり節をくちゃくちゃと噛み始めた。そしてひとしきり噛み終わると、ながい尻尾をゆらりと揺らしてどこかへ行ってしまった。

 世界が滅びるなんて、素敵だ。生きていることに、特に意味は無いのだから。綾は少しだけわくわくしながら会社へ向かう。

 いつもは人が溢れかえる通勤電車も、今日は乗客もまばらで、水を打ったように静まり返っていた。誰もが、覇気のない陰鬱な顔をしている。車内アナウンスが嗚咽を漏らしたきり途切れたが、誰も顔を上げなかった。

 会社に着くと、ひっきりなしに鳴る電話と、受話器を抱える社員の粗暴な対応とで事務所内が騒がしかった。

「田中君、」

 荒れた光景に唖然としていると、不意に後ろから声をかけられた。振り返るといつもはクールな鈴木課長が、似つかわしくない程ににこやかな笑みをたたえて立っていた。

「君もやりたいようにやればいいさ」

 課長はそういい残すと、ふらりとどこかへ消えていった。いつもかっちりと締めていた紺色のネクタイは無残にも足元に転がり、たくさんの足跡に踏みつけられていた。

 荒れ放題の会社に見切りをつけ、綾は家に帰ることにした。恋人の太郎に電話をかけてみようと思いつく。

「もしもし」

 いつも通りの声が受話器の向こうに聞こえた。

「これから会える?」

 太郎はしばらく無言だった。その後、受話器越しに意を決したような息を飲む音が聞こえた。

「悪いけど、今日は会えない」

「……どういうこと?」

「今、好きな人がいる。今日はその人と過ごす。だから、会えない」

 がちゃり。

 それが、恋人との最後の会話だった。

 焦って、親しい人に片端から電話をかけた。けれど、誰にも繋がらなかった。

 私は誰かの「大切な人」ではない。終末の日に、嫌なことに気がついてしまった。

 

 家に帰ると、スーパーの袋を力なく放って、そのまま玄関に座り込んだ。ベランダの室外機の上にまる太郎の姿はない。まる太郎のために一番高いなまり節を購入したというのに……あいつめどこへ行ったと、綾は心の中で八つ当たりした。

 早く滅びてしまえ、こんな世界。

 ふと、ベランダの外、雲ひとつない空の果てに、きらりと光る物体が近づいてくるのを見つけた。綾が目を凝らすうちにその物体は大きくなり、どんどんと綾の部屋へと近づいてくる。最初は投石かと思ったその物体は次第に大きくなり、やがて綾の顔ほどにもなった。突然の事態に綾は息を飲むのも忘れていた―隕石だ。

 慌ててベランダに出た頃には、既に数十メートル先まで隕石は迫っていた。隣に落ちていた隕石が、遂に自分のところにも落ちる……人類で最初に死ぬのは私かもしれない。一瞬のうちに様々なことが頭を駆け巡った。その時。

 一瞬、辺りを飲み込むほど強い光が辺りを包んだ。あまりの眩しさに目を細める。恐る恐る目を開けると、そこには変わらず雲ひとつない空が広がっていた。慌てて身を乗り出すと、隣の空き地に大きな穴が開いている光景が目に飛び込んできた。瞬間、隣の空き地になぜ何度も隕石のかけらが落ちるのか―恐る恐る、半信半疑ではあったが、自覚した。

 ベランダの室外機には、いつの間に戻ってきたのか相変わらずふてぶてしい表情で、まる太郎がもふっと丸まっている。

「あっ、お巡りさん。あの女性です!あの女性が、隕石の軌道を!」

 いつの間にかベランダの外には人だかりが出来ていて、皆が一様に綾を見上げていた。

 

その夜、綾は夢を見た。昔憧れていた少女ヒロインの格好をした自分が、降り注ぐ隕石を次々に回避して全人類を救う、色つきの鮮やかな夢だった。


 そして誰もが寝静まり、満月だけが鮮やかに輝く真夜中。

「まる太郎、応答せよ。まる太郎」

「はいはい、こちらまる太郎ですよ」

 のそりこそりと、闇の中を動く影があった。アーモンド形の目を煌かせ、顔のひげをぶるぶる揺らす。猫達の通信手段はこのひげで、半径数十メートル先の相手との会話が可能な優れものだ。

「本日七つ目の隕石確認、ご苦労。我々の予言どおりならばこれが最後の隕石だ」

「そうですね」

「ひとまずは安泰だ、お前も彼女の元を離れていいぞ」

「そうですね、」

「……別に彼女の元に落ちても良かったのに。余計な力を使ったな」

「なまり節がね」

「それにしても、人間は愚かだな」

 にゃあ。甘ったるいような、くすぐったいような鳴き声がひとつ。

「我々にはこのひげがあるからこそ予言ができるというのに、ひげのない人間が世界の終わりを予言できるものか」


 次の日の朝。青空に真っ白な入道雲がそびえ、太陽の光が鮮やかに降り注ぐ。けたたましい蝉の鳴き声と、突如響いた轟音に、綾は目覚ましよりも早く目を覚ました。

 たぶん隣の空き地にまた隕石が落ちたんだ。そう予想しながら、別にこっちに落ちても良かったのに、と呑気に大きなあくびをした。

テレビをつけると、ニュースキャスターは眉ひとつ動かさずに原稿を読み上げた。

「昨日、世界は滅びませんでした。皆様、本日はどうぞ素敵な一日を」


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