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第6話

ホログラムの向こう側で、タチアナの背後に立ち上る黒煙が王都の惨状を物語っていた。


「王城の結界が紙くずのように! 早急に応援を——くっ、通信が切れる!」


ノイズと共に青い光が弾け、リビングに静寂が戻る。

俺は食べかけのシチューから顔を上げ、首をコキリと鳴らした。


「タチアナさん、随分と慌ててたな。ちょっと様子を見てくるよ」

「私も行く! さっきの汚名返上だからね!」


ユエルが弾かれたように立ち上がり、腰の剣帯を手繰り寄せる。サクリアも優雅に立ち上がり、はだけたバスローブの胸元を直しながら艶やかなため息をついた。


「夫の不始末は妻が片付けるものよ。王都の防衛陣形など、あの魔人の前では無意味でしょうしね」

『不始末ってなんだろう。俺、何かしたっけ?』


疑問符を浮かべつつ、俺はダイニングの隅にある勝手口のドアノブに手をかけた。


「王都まで馬車だと三日かかるから、今日は裏道のショートカットを使おう」


ガチャリとドアを開ける。

空間がぐにゃりと歪み、本来なら裏庭に続くはずの景色が、黒煙の立ち込める王都の中央広場へとすり替わった。

空間の概念を力技でねじ曲げ、目的地と強引に接続する『神域の渡り』。俺にとっては、ただの便利な近道だ。


踏み出した先は、崩れた石畳と瓦礫の山だった。

目の前で、銀色の鎧に身を包んだタチアナが、山のように巨大な漆黒の肉塊を前に剣を構えて息を呑んでいる。


「ど、どういうことだ……空間が裂けて、アルトが現れた……?」


額に汗を滲ませた騎士団長が、信じられないものを見る目で俺と勝手口のドアを交互に見比べる。厳格で隙のない彼女の顔に、明らかな動揺が走っていた。


「こんばんは、タチアナさん。なんか大変そうだから手伝いに来たよ」

「手伝うって……お前、空間転移の魔法陣すらなしにどうやって!? しかもその後ろの二人は……夕食の途中か何かの格好ではないか!」


タチアナが声を裏返して叫ぶ。

振り返れば、ユエルはシチューのフォークを握りしめたまま。サクリアに至っては入浴上がりのバスローブ姿で、優雅に王都の風を浴びている。


「あら、少し風が冷たいわね。さっさと片付けて温かいお茶にしましょう」


サクリアが余裕の笑みを浮かべた直後。眼前のひび割れた大地が、ドクンと嫌な音を立てて脈打った。


俺がさっき家で弾き飛ばした「羽の生えた大きなスライム」のようなものが、周囲の瓦礫と濃密な瘴気を巻き込みながら、ズズズと不気味な音を立てて身を起こす。


王都の空を完全に覆い隠すほどの規格外の巨体。

その背には太陽の光すら喰らい尽くす漆黒の六枚羽が広がり、頭上には不吉な赤黒い光輪がいくつも浮かび上がっている。ただそこに存在するだけで空間そのものが軋み、周囲の石畳がパラパラと砂のように風化していく。


まさに神話の時代に世界を滅ぼしかけた絶望の化身が、憎悪に満ちた無数の赤い瞳で俺たちをねめつけた。


「あ、ああ……文献に記されていた神話の厄災、六翼の魔神……! 終わりだ、王国は……っ」


タチアナが絶望に染まった声でついに膝をつき、銀の剣を取り落とす。

しかし、俺の目には違ったふうに見えていた。


「……なんか、すごく大きい粗大ゴミが落ちてるね。ホコリを被って真っ黒だし、変な輪っかまで浮かべて悪趣味なオブジェみたいだ。邪魔だし、ついでに掃除しとこうか」


俺が家の隅から持ってきた庭掃除用の竹箒を構えた瞬間。

六翼の魔神の巨大な顎がカパッと開き、王都のすべてを一瞬でガラス玉に変えるほどの超高熱の殲滅閃光が放たれようと——。

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