第3話
「ユエル、とりあえずストップ。シチューが冷めちゃうから、お風呂は後にしよう」
俺は湯船から立ち上がり、突撃してくるユエルの額を指先で軽く押さえた。
「むーっ!アルトのケチ!でも……たしかにシチューのいい匂いがする」
鼻をくんくんと鳴らす姿は、名高き剣聖というよりただの食いしん坊だ。サクリアもクスリと微笑み、湯船の縁に滑らかな腕を乗せる。
「仕方ないわね。今日のところはこれくらいで許してあげる。湯冷めしないうちに早く服を着てきなさい」
名名残惜しそうに俺の背中を見送る熱っぽい視線を感じつつ、俺は逃げるように脱衣所へと向かった。
体を拭いて服を着ると、どういうわけか体が羽のように軽い。裏山で拾った雑草を入れただけなのに、全身の疲労が完全に抜け落ち、まるで十代の頃に戻ったような底知れない活力が湧いてくる。
『やっぱりあの雑草はいい入浴剤になるな。今度から畑仕事の後はあれを使おう』
そんな能天気なことを考えながらダイニングへ向かうと、大きな木のテーブルには湯気を立てる大鍋が置かれていた。
「あ、アルト。お風呂上がったのね。壊れたドアは後で直しておくから、まずは冷めないうちに食べて」
エプロン姿のミサリアが、ふわりと温かい笑みを浮かべて椅子を引いてくれる。
ユエルはすでに俺の隣の席を陣取り、スプーンを握りしめて犬のように待機していた。俺も席につき、ごろりとした肉と野菜が煮込まれたシチューを口に運ぶ。
瞬間、舌の上でとろけるような強烈な旨味とともに、爆発的な熱量が胃袋から全身の血管へと駆け巡った。
「……美味しい!姉さん、今日のシチューはいつも以上にすごいよ。なんだか、三日三晩ぶっ続けで畑を耕しても全く疲れない気がする」
「ふふ、ありがとう。今日は特別に、庭の隅に生えていた綺麗なキノコと、少し光るお水を隠し味に入れてみたの」
「光る水?ああ、裏山の湧き水はミネラルが豊富だからな。キノコもいい出汁が出てる」
俺が一人で納得して頷いている横で、シチューを飲み込んだユエルの様子がおかしい。彼女の全身から、なぜか陽炎のような黄金色のオーラが立ち昇り始めているのだ。
「あ、アルトおおお!なんだか力が有り余って、今なら素手で山を一つ消し飛ばせそうだよ!私もあーんして!サクリアにお風呂取られた分、ここでエネルギー補給するからね!」
オーラを放ちながら身を乗り出し、大きな口を開けて目を閉じるユエル。
「はいはい。ほら、こぼすなよ。あと山は消し飛ばすなよ」
俺が呆れながらユエルの口にシチューを運んでやると、彼女は満面の笑みを浮かべて幸せそうに咀嚼し始めた。
「あら、まるで雛鳥のお世話ね。私も混ぜていただけるかしら?」
ふと、艶やかな声が響いた。
見れば、湯上がりの火照った肌にバスローブをふわりと羽織っただけのサクリアが、優雅な足取りで近づいてくるところだった。歩くたびに胸元が大きく揺れ、石鹸の甘い香りがダイニングに広がる。
やれやれ。ただの村人Aの夕食にしては、ずいぶんと賑やかで刺激の強い食卓だ。
だけど、この騒がしくて温かい時間こそが、俺の望んだ平穏なスローライフなのかもしれない。




