表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/22

第2話

「じゃあ、先にお風呂をもらおうかな。スライムの体液でちょっとベタベタするし」


俺がそう答えると、サクリアは満足げに微笑んで俺の腕にすっと絡みついてきた。


「ええっ、ずるい!サクリアばっかり!」


ユエルが頬を膨らませて抗議の声を上げる。しかしサクリアは流し目一つでそれを軽くあしらった。言葉を発するまでもなく、彼女の周囲だけふっと温度が下がったような、肌を刺す静かな重圧が漂う。歴戦の剣聖であるはずのユエルが、思わず一歩後ずさった。


「あら。泥まみれの恋人を抱きしめたいのなら止めないけれど?私は妻として、夫の疲れを癒やす義務があるのよ」


「うぅ……じゃあ上がったらすぐ交代だからね!絶対だよ!」


「はいはい、ご飯が冷めないうちに上がってきてね。二人とも」


ミサリアののんびりした声に見送られながら、俺とサクリアは浴室へと向かった。


ギルドハウスの浴室は、下手な貴族の屋敷よりもずっと広い。

たっぷり張られた湯に浸かって息を吐き出すと、背後からかすかな水音が近づいてきた。


湯気越しに見るサクリアの姿は、同性のミサリアたちでさえ見惚れるほどに完成された美しさだ。濡れた黒髪が真っ白な肌に張り付き、湯の熱気とは違う妖艶な色香を放っている。


「ふふ、そんなに見つめられると照れてしまうわ。さあ、背中を向けて」


言われるがままに背を向けると、柔らかいスポンジの感触とともに、サクリアの豊かなふくらみが背中に押し当てられた。


『ちょ、ちょっと刺激が強すぎるな』


背中から伝わる柔らかな弾力と熱に、心臓が早鐘のように跳ねる。俺は必死に前を向いたまま、平静を装うのに必死だった。


サクリアの細い指先が、俺の肩甲骨のあたりを滑るように撫でる。ふと、彼女の手がピタリと止まった。


「……やはり、ただの泥汚れではないわね。アルトの肌に、微弱だけれど強烈な瘴気がこびりついているわ。神話級ドラゴンの呪い……かつての私でさえ、素手で触れれば火傷を負いかねない代物よ」


サクリアの声に、隠しきれない緊張が混じる。


「大げさだなあ。ただのしつこい泥汚れだよ?さっき裏庭で拾った薬草を入浴剤代わりに浮かべたから、それで綺麗に落ちると思うんだけど」


俺は湯船に浮かぶ、そこら辺に生えていた葉っぱを指差した。ちょっとスーッとした香りがして気持ちいいのだ。


サクリアは目を丸くして、その葉っぱと、俺が浸かっている湯を交互に見比べた。そして、信じられないものを見るように小さく息を呑む。


「アルト……あなた、これ……世界樹の若葉じゃないの。しかも、あなたの魔力が溶け込んで、ただの湯が国宝級の『神聖霊泉』に……」


言葉の途中で、サクリアは小さくため息をついた。

彼女が警戒していたドラゴンの呪いなど、この規格外の湯気の前では一瞬で浄化され、跡形もなく消え去っていたらしい。


「本当に……私の夫は、常識すら軽く超えていくのね」


呆れたような、それでいて熱を帯びた声とともに、サクリアの腕が俺の首元へと回される。

柔らかな感触がさらに密着し、耳元で甘い吐息が囁かれた。


「こんな無防備なあなたを見ていると、妻として……独り占めしたくなってしまうわ」


背中越しでもわかる熱っぽい視線。サクリアの顔が近づき、甘い香りが鼻腔をくすぐる。


『このままじゃ、いろんな意味でのぼせてしまう!』


限界を迎えた俺が何か言いかけた、その瞬間。


ばぁんっ!


分厚いオーク材のドアが、蝶番ごと弾け飛んだ。


「アルトおおお!もう我慢できない!私も一緒に入るー!」


湯気の中を突っ切ってきたのは、バスタオル一枚という無防備すぎる姿のユエルだった。目をらんらんと輝かせ、一直線に湯船へとダイブしてくる。


「ちょっとユエル!ドアを壊さないでよ!」


廊下の奥からミサリアの悲痛な叫びが聞こえた。


「あら、無作法な乱入者ね。せっかくいいところだったのに」


サクリアは困ったように微笑みながらも、俺を抱きしめる腕の力を微塵も緩めようとしない。


やれやれ。

ドラゴンの呪いよりも、この修羅場を生き抜く方がよっぽど難易度が高い気がする。

ただの村人Aの平穏なスローライフは、今日も遠い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ