第15話
小鳥のさえずりの代わりに無音の静寂がギルドハウスを包み込んでいた。
俺はベッドから起き上がり大きく伸びをしてから窓のカーテンを開け放つ。
眼下には青く輝く巨大な球体が浮かび空には満天の星々が瞬いていた。
『随分と空気が澄んでるな。どこかの標高が高い高原にでも引っ越した気分だ』
俺は清々しい朝の空気に満足しつつ人数分のモーニングコーヒーを淹れるためにキッチンへ向かった。
豆を挽くいい香りが漂い始めた頃背後からふらりとした足音が近づいてくる。
「……アルト。ここ、どこかしら」
寝起きのサクリアが目をこすりながら窓の外を覗き込んだ。
直後その圧倒的な美貌からスッと血の気が引き真っ青に染まる。
「あれ、サクリア。顔色悪いよ」
「う、嘘でしょ……星が、あんなに近くに……下が、見えな……ひっ」
ガタガタと小刻みに震え出したかつての魔王は俺の背中にしがみつきそのままズルズルと床にへたり込んでしまった。
俺の服の裾を両手でギュッと握りしめ顔を押し当てて小動物のように震えている。
「だ、ダメ、私……高いところ、本当に無理なの……っ! お願い、下を見ないで、落ちる、落ちちゃうわ……っ」
世界を滅ぼす魔力を持つ正妻のあまりにも愛らしくて脆い弱点。
普段の威風堂々とした姿からは想像もつかないほど涙目で怯えきっている。
俺は淹れたての温かいコーヒーをマグカップに注ぎ床にうずくまるサクリアの隣にしゃがみ込んだ。
「大丈夫だよ。俺がついているからね」
震える背中を優しく一定のリズムで撫でながら温かいマグカップをそっと握らせる。
サクリアは涙を浮かべた赤い瞳で俺を見上げすり寄るように俺の胸に顔を埋めた。
「アルト……うぅ……っ」
俺の胸の中で少しずつ落ち着きを取り戻していくサクリア。
ようやく平穏な朝食の時間だと息を吐いたその時だった。
窓の外で星々の海を悠然と泳ぐ月ほどもある巨大な影。
ギルドハウスのすぐ横を成層圏に生息する規格外の化け物『星喰い竜』の群れが通り過ぎようとしていた。
俺の腕の中でサクリアの呼吸が再び完全に停止する――




