第10話
会議の意見を反映し、アルトの「生々しい過去の重み」を際立たせつつ、ヒロインたちの怒りのプレッシャーを視覚的に強調しました。ふりがな等の装飾は外し、ストレートな読みやすさを追求しています。
「いやいや姉さん、冗談キツイって。お嫁さんって……」
俺は苦笑交じりにお茶を飲み下し、正面に座るタチアナの顔をまじまじと見つめた。
よく見れば、その凛とした瞳の下にはうっすらと暗い影が落ちている。
かつての異常な修行時代。月に四十五時間を超える果てしない時間外の鍛錬を理不尽に強いられた、あの真っ黒な日々を俺は思い出した。過労は確実に人の心と体を削る。平穏なスローライフにおいて、働きすぎは絶対に許されない最大の敵なのだ。
「タチアナさん、最近ずっと働き詰めで休んでなかったでしょ? しばらく俺の部屋のベッドでゆっくり寝なよ」
ミシッ……ガタァッ!!
頑丈なオーク材のテーブルが悲鳴を上げ、両脇のサクリアとユエルが同時に立ち上がった。
「俺の部屋!? 一緒に寝る気!?」
「抜け駆けは許さないって言ったわよね、アルト……!」
両脇から突き刺さる致死量の殺気。テーブルの上の食器が一斉にカタカタと震え出している。
しかし俺には、なぜ二人が急に怒っているのか全く理解できない。
「だって、さっき王都に寄ったついでに、騎士団長室の机に『しばらく有給休暇もらいます、無理なら辞めます』って退職届を置いてきちゃったし」
「……なっ」
タチアナの口から、間の抜けた声が漏れた。
「空間魔法のついでだよ。過労で倒れる前に、しっかり休むのが一番だからね」
国を背負う騎士団長としての強烈な責任感。
そして、自分の身体をそこまで心配し、国を敵に回してでも強引に休ませてくれようとする男の不器用な優しさ。
相反する二つの巨大な感情の板挟みになったタチアナの顔が、みるみると沸騰したように赤く染まっていく。
プシューッ、と本物の湯気を頭から吹き出したタチアナは、そのまま白目を剥いてパタリとテーブルに突っ伏した。
「あ、ほら。やっぱり限界だったんじゃないか。とりあえず俺の部屋に運ぶ――」
俺が意識を手放したタチアナを抱き上げようと手を伸ばした瞬間。
背後から、神話級の聖剣が鞘走る冷たい金属音と、王都一つを消し飛ばす規模の極大殲滅魔法が静かに詠唱される声が、同時にダイニングへ響き渡った。




