第20話 旅立ちの日に
とうとう出発のときとなってしまった。宿を出る前、この緊張を紛らわすために、受付の子に話しかけた。
とてもいい笑顔で送り出してくれたのは勿論だが、なんとお守りまでくれた。猫の模様が入ったオイルライターだ。
一生大切にしよう。
朝の空気だ。まるで少年時代の夏休みに、ラジオ体操のため早起きしたときのような感覚。そんな平和な感傷に浸っていたというのに、魔王軍に荒らされた門付近はまだ復旧作業が続いている。
正直少し思い出しただけでもゾッとする。軽いトラウマのようなものだ。ヤツがつけた数百メートルもの地面のヒビを辿っていくと、マリーとソウ、マティアスが既に待っていた。
離れていてよく見えないが、小さく手を振る影、腕を組んで後ろを向いている影、なんかおかしい影、個性がありすぎてすぐに分かる。俺も手を振り返しながらゆっくりと駆けていく。
「時間5分前。全員集合確認したよ。」
「チッ、早起きしすぎちまった。まだ眠いぜ……。」
「よし、じゃあお前らがやることを確認するよ。」
マティアスが手の平を下に向けて振ると、色々なものが落ちてきた。拾って見てみると、紙とインク、羽根ペン、地図、ランタン、ナイフ、包帯、薬であろう謎の液体。マリーが全て持った。
「じゃあまず目標。お前たちは盗賊団壊滅を目指す。そのためにまずは森へ行く。大抵5人程度のグループで行動しているから見つけたらボコボコにする。イツキのは燃えたけど、マリーの服は転生者に似てるから誘き出すのは簡単なはず。次にそいつらから情報を聞き出して盗賊団の本拠地を探れ。最後に、本拠地の偵察。規模、構造、できるだけの情報を得て欲しい。そうすれば騎士団と盗賊団の全面戦争に持っていける。」
「意外と簡単そう……。」
なんだ、直接戦闘はない感じか。潜入捜査に似た感じだ。今までよりかは楽ができそうである。しかしソウからは鋭い指摘が入った。
「ンなわきゃねぇ。簡単に盗賊団本部が見つかるなら俺たち騎士団の捜索で既に見つかってるし、そもそも俺ら潜入向けの訓練してねぇだろ。まぁ、コイツの集めてる変な道具に少しはマシなのがあんだろ。」
「私のこと一応は信用してくれるんだ。そういう道具、あるにはあるけど難しいかな。」
「別に信用はしてねぇよ。変なことしかできねぇんなら、ここくらい役に立って欲しかったんだがな。」
確かにそうだ。一般人がいきなりスパイを任されたも同然である。捜索はされたが見つけられていないというのは、魔法か何かの工夫で隠されているに違いない。トリックを見破らない限りは本拠地の特定作業にも取り掛かれないだろう。
……そろそろ喧嘩を止めてくれませんかね2人とも。
「ま、こんなところだ。何か質問は?」
全員が目を合わせてお互いを確認し合う。2人は気合十分という感じだ。質問がある雰囲気でもない。
「それじゃあ健闘を祈る。」
こうして、まずは魔王退治の冒険の前座が始まった。
――鬱蒼と茂る木々、まるで景色の変化を感じさせない。実は既に1週間経っている。怪しい構造物があるわけでもなく、魔物を殺しては食う。夜は交代で番をして、太陽が見えたらすぐに行動開始、方位磁針だけを頼りに歩きつづける。
マリーが笛を持ちながら数十メートル先を歩き、盗賊団を誘き出す役割をしている。もし異常があった場合は笛で合図する約束だ。
俺とソウは、敵に気づかれにくく、マリーの合図も見逃さない絶妙な位置を探りながら歩いていた。エナジードリンクもなしにこれは頭がおかしくなってしまう。
それはそうと、ここ2時間どうもソウの動き方がおかしい。必要以上に左右へ動いたり、遅くなったりする。ソウに問いかけても『黙れ』『付いてこい』としか言わない。トイレだろうか。
マリーとの距離が大きく縮まってしまった。この距離では盗賊にバレてしまう。もう一度文句を言おうとした。ソウの手には笛とナイフが握られている。
次の瞬間、ナイフを後ろの木の上へと投げ、笛を鳴らした。
「ソウ!?何やってるんですか!!」
「さっきから後ろでコソコソと……誰なんだ?アンタ。」
ソウが槍を構えた。確かに奥の林に影が見える。全く音がしなかった。
「あら、バレちゃってたのね?」
なんだか聞き覚えのある声。奥の林から2人出てきた。メイド服のケモミミメイド少女と……もう一人はどう見てもあの姫、ミザリーだった。背中に剣を携えている。
ケモミミが口を開く。
「くっ、完璧な隠密だったはず……。一体なぜ分かった?」
「あ?なんでお前らが出てくんだよ?俺はその木の上のヤツに言ったんだが?」
木の上から人影が落ちてきた。額を手で抑えている。忍者のような服装。八重歯が目立つ。
のろりと立ち上がると、その不穏なシルエットに身震いした。頭には2本角。あの日のトラウマを想起させる。
「ぐあーっ!!我の擬態に気づいていたとは……。あれ!?角少し欠けたかな……。」
「隠密魔法も使わず音を立てないよう動いているだけ。分からねぇはずがあるか。地よ掴め!!」
ソウが魔法で地面を溶かす。魔族は足が埋もれると同時に魔力を微かに増幅させた。
地面はすぐに固まり、今度は俺達の足元がグラつく。ソウが舌打ちをする。
「チィ、てめぇも土属性か。」
魔族が構えをとる。剣道で言うならば八相の構えに近い。剣にはかなり手馴れているようだ。
後ろから追いついてきたマリーがすかさず発砲する。2マガジンを一瞬で使い果たした。
しかし魔族は1発を細身の剣で弾いた後に、他全てを避けてしまった。
「ま、待ちたまえ!!待って!!別に戦うつもりなんてないから!!」
「わざわざ付け回してきて?遊びにでも来たのかな?ホント魔族ってのはどいつもこいつも愉快なのが多い。さっさと処理しよう。」
マリーが臨戦態勢になる。
「ちょっと!!どういうことですのー!?」
他も全員がすぐに臨戦態勢になる中、1人慌てる姫の痛々しい悲鳴が深い森の奥に沈んだ。




