第18話 ママ
地獄と大して区別できない訓練が始まった。強化魔法は体を丈夫にする作用もあるらしい。さっきから有り得ない力でボコボコに殴られているが、多分内臓に影響はないだろう。
まず俺が戦っていて思った印象を並べていこうと思う。
まずマリー。彼女は奇想天外な道具を色々集めていたようで、マティアスの不意を何度もついて攻撃している。
例えばキッチンによくあるタイマー。事前に設定しておいた時間が長ければ長いほど、時間が切れた際に強力な電流が流れるらしい。効果の範囲も同時に大きくなるらしく、ソウが一度巻き込まれていた。
俺にしか警告しなかったのはわざとじゃないと思いたいが……。
他にもあったが、トラップや遠距離武器が多いイメージだ。9割は妨害に振り切っている。
次にソウ。こいつは槍使いだ。常に正面から正々堂々と戦っていて、いかにも騎士という感じだ。魔法の属性は土のようで、槍に纏わせたり、相手の足をとったりと万能である。
そして何より頑丈さが目立つ。俺が一撃食らっただけで30分は気絶した拳を何十発受けても戦い続けている。
基本相手から攻撃が来たとしてもガードをしない。相手のタイミングからワンテンポ遅れても攻撃の体制をとるなど、圧倒的ガッツにより一番攻撃を加えている。
マティアスによると、鍛え抜かれた体に強化倍率250%。強い精神力も由来の頑丈さらしい。これから一緒に戦うなら頼もしい限りだ。
そして俺。明らかに1番弱い。マリーのような意外性もなければ、ソウのような気合いや耐久力も無い。
空手や剣道など、独学ながら武術の心得はある。だがそれ以前にパワーやスピードが足りないので通じるはずがなかった。
「どうした?あの時の戦いみたいに一瞬で成長してみろ。」
「やっぱり見てたんですか……!じゃあ早く助けてくれても良かったじゃないですか?」
「人というのはね。ピンチになったときこそ本気を出せるんだ。」
「死んだら元も子もないですよ……。うぐっ!」
いつもどうりの会話に聞こえるが、今ボコボコに殴られている途中である。殴り返してみるがもちろんビクともしない。それどころか、鉄の塊を殴っているせいで拳から血まで出てきた。せめて俺の体がもうちょっと丈夫だったら戦えるのに。自分の不甲斐なさに物凄くムシャクシャしてきた。
そうして無我夢中で拳を打ち込んでいると、徐々に痛みがなくなってきた。アドレナリンというやつだろうか。
「やるじゃんイツキ。あとちょっとだ。」
自分が攻撃した瞬間をよく見てみると、マティアスとの間に数mmの隙間ができている。殴った瞬間の感覚も同じ極同士の磁石をくっつけようとしているような、フワッとした感覚だ。
「それはお前が作り出した魔力の壁だ。今はまだふわふわしたクッションみたいなもんだが、それを極めればそのうち殻のように固くなる。それができているということは体の外へ魔力を出せるようになるという過程は既に終了しているわけだ。」
そう言いながら、マティアスの今までよりやや強めな打撃が襲う。だが痛みは少ない。この薄い魔力の鎧のおかげだろう。
なるほど、なんとなく魔力の感覚というのが掴めた。自分の拳を守るという意思に反応して魔力の鎧は発生した。
つまり逆にだ、相手に気を使ってはいけない。あのときと同じ。
殺す気でいかないと俺の炎は燃えてくれない。
「手加減はしませんよ……!全力で行きます!!」
「よし来い。」
マティアスなら殺しても死なないだろう。殺意を持つことに安心感を持てるなんて、本当に不思議な相手だ。
拳のシルエットが徐々に揺らいできた。パチ……パチ……。俺の拳が一瞬赤く発光、次の瞬間には俺の拳が発火した。熱さはない。俺が感じていないだけだろうか。地面の草が少し燃えた。
よし今までの分やり返してやろう。全力で足を前へ踏み出す。
いつもより早い。おそらく魔力を使う感覚の理解度が高まったためだろうか。今までよりさらに10パーセント増しといったところ。強化魔法160%だ。
マティアスの胸に全力をぶつけた。水が蒸発するような音と同時にマティアスが1歩後ろへ下がる。
「やるじゃん。よし、訓練終了!」
「やっと終わった……!!」
やっと終わった。思ってたことがそのまま口から出る。いつの間にか日が暮れていることに気づいた。
俺の炎を見てはしゃいだマリーが背中を強く叩いた。その部分が後で少し腫れたのは言うまでもない。彼女はサポートのような立ち位置で、ほとんど近接戦闘はしていなかったのでHP満タンって感じだ。
一方ソウはというと……。
「ソウ……?ソウ!!大丈夫ですか!?これやばいぞ……!!」
「立ったまんま……死んでる。」
「生きとるわッ……!!」
マリーが後衛なら俺は中衛、そしてソウは前衛だ。電流で黒焦げになり、最前線で鬼畜な攻撃を受け続けたのだ。1度も気絶せずに立っているのが不思議でならない。
肩を貸そうと少し腕に触れると、カカシのように前へ倒れてしまった。
バーバラの診療所が休みだったため、わざわざ家まで押しかけて治療をしてもらうことになった。
マティアスの激しいノックに半ギレ家着状態で出てきた。
「別に他の診療所でも良かったですよね……家にまで来ないでください。」
「1番信頼できるところに任せたくてな。」
「前はヤブとか言ったくせによく言いますね。」
「何?根に持ってたの?いちいち気にしなくていいのに。」
バーバラの属性も火らしい。マティアスが燃えた。ついでにマティアスがソウをおぶっていたので一緒に燃えた。
本当に不憫でならない。マリーは人の心を持ち合わせていないようでニヤニヤしていた。
治癒魔法でも疲れはとれないらしく、体が元どうりになった後、ソウはそのまま眠ってしまった。
マティアスとマリーはまた同じレストランへ行くそうだが、俺はまだ元の世界の感覚が抜けきっていなかったので、元致命傷のソウを見守ることにした。
「ここ、一応私の家なんですけどね。」
バーバラがやや不満げな顔でお茶を持ってきた。忘れてましたごめんなさい。
「……すみません。」
「はぁ……謝罪するだけまだマシですかね。いいですよ。もうソウさんが居るんですから、1人も2人もほとんど変わりはありません。」
ニコッと微かに笑顔を見せてくれた。お茶もめっちゃ美味い。将来こういう人と結婚したいものだ。
「それより訓練はどうだったんです?ソウさんが目立っただけで、あなたもボロボロでしたからね。」
「そりゃもう酷いもんでしたよ。でもあれくらいやらないと。俺は魔法でこの世界の人達に大きく遅れをとっています。まだ産まれたばかりの赤ちゃんみたいなものなんです。それで魔王を倒そうとしてるんだから他の人よりも数百倍頑張らないと。」
「医者の立場としては褒められるものではありませんね。」
「ウッ……。」
「ですが、私個人の見解としては。それはとても好ましいものです。」
俺の椅子の隣にもう1つ丸椅子が並べられる。バーバラがそこに座った。なんだこの展開は……!
「人間や魔法を動かすものはきっと、医学や化学で表せるものではなく、意思の力なのだと思っています。今のようにあなたが心の底から望んで努力すれば、魔王もいずれ倒せるはずです。」
こっちが本物の神様であって欲しかった。心の中身を全部吐き出したくなる。カウンセラーみたいな人だ。
「意思……ですか。よく考えれば、流されてこの世界に来ただけの僕にそんなのあるんでしょうか。」
突拍子もない発言だが、バーバラは馬鹿にする様子もない。
「ほう、というと?」
「実は、あの魔族を殺すのを躊躇ってしまったんです。マリーにまで迷惑がかかってたかもしれないのに。その点、彼女はちゃんと意地を持って戦っているのが僕でも分かりした。だから俺なんかが仲間で良いのかなって。」
一度吐き出すと連鎖になって溢れていく。
「まあ、正直に言うと甘いですね。戦いは命のやり取りですから。」
「……。」
「ただ、殺す選択が正しいとは少しも思いません。」
やっぱりいつもこうだ。解が無いのが最適解であるという綺麗事を並べて話を終わらせる。それは救いの様に見えるが、実際のところ全く違う。その結論だと、誰も自分を肯定してくれないからだ。
俺の人生は常にそれで苦しんでいた。
「ただ、貴方に迷惑をかけているのはマリーも同じです。」
「そんなことないですよ。」
「彼女は魔法が使えませんよ?はっきり言って魔道具なんて小細工です。あのままでは、間違いなく魔王に手も足も出ません。その点あなたは成長性がある。いつかはマリーが足手まといになるのでは?」
言われてみれば間違いない。魔道具士の性質上、成長性が著しく低い。あの魔族はまだ底が知れていない感覚があるし、マリーはこの先勝てるようになるとは思えない。
しかしだ、彼女の戦う姿に一切の迷いがなかった。進む道に疑問など無くなるような、周りに勇気を与えるような、そんなカリスマ性を持っている。
「……だめです。仲間とはっきり言うならマリーじゃなきゃ。」
「いい仲間同士じゃないですか。マリーも貴方が良いから気に入ってるんですよ。誰しもが悩み不安を抱えているものです。貴方が抱えている不安は恐らく彼女が解決してくれます。そして、貴方もマリーの問題をなんとかしてあげてください。それが仲間ですよ。」
分かるような、分からないような。でも心の曇りはやや晴れたような。
とりあえず今考えることは、『マリーと魔王を倒して元の世界に帰る』で良いのだろう。
バーバラが椅子から立ち上がり、出口の前で手招きをする。
「同じ火属性の魔法使いとして、少し魔法を伝授します。」
やはりこの人が本当の神様だ。




