サプライズ
パパラッチと俳優がただリベンジする話です。
あ。……ゴゴゴキュゥゥゥゥゥゥゥゥ
「………」
通り過ぎるじいさんの視線が痛い。
なによ、腹の虫が鳴ったくらいで、そんな顔しなくても。
……ってか、あんた前も同じ顔で俺を見てたよな?やめてくれ、いたたまれない。
時刻はまた昼。美味しそうな匂いが胃袋を刺激する。
朝飯を抜いてきた理由は、前回と何も変わらない。
そしてこの通りも、まったく変わらない。
サラリーマンやOLは飲食店に吸い込まれ、パン屋には行列、喫茶店からはコーヒーとバターの香り。
そして、道路を挟んだ向かいのファストフード店では、昔の上司に似た風貌の女性が……いや、流石にいないか。
まぁ違うことはあるよな。
それこそ俺だって、前回ほど肩身は狭くない。
結局、あの日から3週間ほど空いてしまったが、まだ映画が上映されているうちに会えるというのは、少なくとも嬉しいことだ。
腕時計の針は11時50分をさしている。
――待ち合わせの時間まで、あと少し。今回は、帰りたいとも思っていない。
「存外楽しかったからなー。それに今日こそ映画観た…」
「君って本当に声に出ちゃってるよね。わざと?」
…
…
……デジャブだな、これ。
「えぇっと、お疲れさまです」
聞き覚えのある声のほうへ振り向くと、やっぱり前とは違うヘアスタイルの彼がいた。
「うん、お疲れさま。コーヒー飲むでしょ?」
「あ、いただきます」
受け取ったアイスコーヒーをひと口。
それから並んで、あの日と同じように、飲食店が連なる通りを歩き出した。
――絶えず腹が鳴り続ける俺を見かねて、彼は映画の前に沖縄料理店に立ち寄ろうと提案してくれた。
(こりゃまたアジアンでクセのあるチョイスだ。でも前よりハードルは低い…か?)
頭に疑問符を浮かべながら、さっそくメニューを広げる。
『ゴーヤチャンプルー、ジーマミー豆腐、紅芋タルト、泡盛…』
……なんだって?タイ料理といい沖縄料理といい、何言ってるか分からねえ。
でも二人で「ジーマミーって何?」と首をかしげたり、「タルトあるぞ!」と唯一わかる単語で盛り上がったりして。
悪くない時間だとは思う。けど、いつまでも悩んでるわけにもいかない。美味しそうな匂いが充満していて、腹も限界だ。
俺は「オススメ」と書かれたゴーヤチャンプルーを注文し、彼は「食べたことない!」と目を輝かせてソーキそばを選んだ。
どうやら、俺もこの人も、初めての料理にちょっと心が躍っているようだ。
だがさすがに、この後も撮影が少しあると言いながらアルコールと書かれた泡盛を注文しそうになった時には驚いた。
そして不名誉なことに、こうして振り回されることに慣れ始めている俺がいる。
……ほんと変な人。ソーキそばの食べ方も下手くそだし。
でも美味しかった。また来てもいいな、ここ。
――そして、今日は少し早めの映画鑑賞。
チケット売り場が近づくにつれて、隣の彼がどんどんしょぼくれていく。
前回の失敗を相当気にしてるらしい。
ここまであからさまだと、ちょっとからかいたくなる。
「じゃ、いってらっしゃい」
「えっ」
「えじゃなくてほら、俺は売店行ってくるんでチケットを…あ、コーラでいいですよね?並んでき…」
「いやいや、いやいやいやいや。……ねえ、一緒に行こう?笑ってるから、わざとってバレてるぞ!」
「おっと、バレたか」
俺は、思ってることが声にも顔にも出るらしい。
それにしても、ほんと面白い。
何度も昔の弟を思い出してしまっていけない。つい距離感が変になる。
――そして、仕方ないなと言いながら結局二人でチケットとコーラ、ポップコーンを買って、席に着く。
それからは、ブザーが鳴るまで彼の近況報告を聞いて時間を潰した。
(俺パパラッチだって言ってんのに。本来それ言わない方がいいのよ?)
ほどよく聞き流しているとやっと場内が暗くなり、映画が始まる。
あーそうそう、調べておいたのはこれ。――やっぱり、かっこいいじゃん。
2時間後。
映画館の外に出るなり、彼が言う。
「どう? ビル壊すとこ、すっごくかっこよかったでしょ!?」
「はい、まあ、患者を自分で増やすあたり、流石ダークヒーローだなって思いましたけど」
「それは僕も思った!救うはずの女の子最後瀕死だったしね。でも大統領は結果守ったよ!だいぶ顔変形してたけど!」
あんたが演じたキャラなんだから、もうちょいフォローしなよ。別にいいけどさ。
でも、実際ハチャメチャな映画だった。PVで見たシーンは良い意味で裏切られたし、敵役の女優は目線の動きまで意識されていて、残虐なシーンは光のあたり方が工夫されていて最高に不気味だった。
それと、スローモーションの一瞬に映るこの人の表情……
「あの、メスを握るシーン痺れましたよ」
「え!嬉しい!」
「ええ、あの目はかっこよかったなぁ。レンズ越しでも鳥肌立ちました」
「ふん!」
「ふんって……でも、どの画角でも様になるなと。ほんとに思いましたね」
「…………んーそれは~、どうもありがとう?」
彼が突然、体を左右に揺らしながら気まずそうにしている。
変な人だとまた思ったこの時、俺はカメラマンとして少し感想に熱が入っていたと自覚した。
(……ああ、言うつもりの無いことまで言って褒めすぎたか。しまった、少し茶化しておこう)
「といっても全部編集の賜物ですかね?やっぱりフィクションってことかな?」
「ん?ね、スタッフの技術が高…え?何今のどういう意……あ!!!!」
「うわ情緒不安定か。なんですか」
「あのね、今日渡そうと思ってたの忘れてた!」
俺はこの人のこういう突拍子のなさが妙に怖い。
不穏な想像を膨らませているうちに、いつの間にか映画館近くの公園のベンチに座らされる。
そして、彼はお高そうな黒いバッグから箱を取り出した。
「はいこれ、マグカップ!」
「……マグカップ?」
まさかのプレゼント。でも、前に買い損ねていたから、正直ありがたい。
「うん、君、ジャパニーズ漢字好きなんでしょう?だからちょっと買ってみたんだよね~」
……おっと、漢字マグカップか、嫌な予感。というかなぜ知ってるんだ。
不思議に思っていると箱が開けられ、マグカップを手に取るよう促される。
「え~ありがとうございま…」
礼を言いながら文字が見えるように回してみると――俺は、一瞬固まった。
マグカップに書かれていたのは――『通風』
たぶん、この人は意味を調べてない。……そして俺も分からない。
(え?うわ、なに?わかんない)
でも、これは――
「かっこいい!!!ありがとうございます!」
センス似てるわ。
うん、絶対この人と俺の好みは似ている。そうハッキリ分かった。
「ちなみに、なんでこれにしたんすか?」
「"せんぷーきゃく"って技聞いたことある?それに確かこんな漢字が書かれてたと思ってね」
「これも技なんですか?」
「さあ?そこまでは知らないかな」
だろうな。でもカッコいい。正直「知人からの戴き物」ってブログにでも載せたいくらいだ。意味だけは絶対に調べないと誓って。
「あ、でも貰っても…お返しとか何もできませんよ」
「お返しなんていいよ、使ってもらえたら十分だ。でも、またこうして遊んでくれる?」
「そりゃ、構いませんけど…」
「ふふん、よかった!僕、友達に何か贈るのが大好きだから、喜んでもらえて嬉しいな」
「……友達」
「うん!」
そういえば、カメラを取られたあの日、そんな話をしたような気もする。
つい先ほどまで絆されてしまっていたが、考えてみれば、それではパパラッチとしてやっていけない。
それに、フレンドリーな処世術、もとい罠に引っかかるのは俺個人として少し癪だ。
不意に投げかけられた言葉に少し言い淀みながらも、俺は目をそらさずに言ってみることにした。
「……あの」
ニコニコとしながら、彼がゆっくりと首をかしげる。
「ん?」
「………ともだち、じゃないです。俺たち」
「え?」
内心、どうせまたいつもの調子でふざけるのだろうと高をくくっていたから、俺は続きを待って黙っていた。
でも公園には、いつまでも黙ったままの俺と、空箱を持ちながらただ身動きもせずに固まる彼がいた。




