天然か計算か、それが問題だ
パパラッチと俳優がただ仲良くなる話です。
後に俺たちが入ったのは、独特な香りのするタイ料理店。
(俺、苦手なのよね。タイ料理…)
パクチーの匂いが鼻にツンと来て、仮にイケると思えば辛いしさ。
…なんて我が儘も言えず、俺はメニューの中から見たことのある名前を必死に探し、カオマンガイを注文した。
一方、彼は平然と「これオススメ!」と言って炎のマークが他のものより2つも多いカレーを注文していた。
正気とは思えない味覚と店のチョイスはさておき、思っていたほど金銭感覚の違いは感じない。
そのおかげか緊張の糸が少しだけ緩まり、俺は香りと辛さが抑えられた一品を平らげ、ありがたいことに奢ってもらった。
やはり懐の温かさは違うようだ。
食後、買い物では訳の分からないジャパニーズ漢字がプリントされたTシャツを一緒に見て回った。
えぇ何この時間…と不満を抱かない訳でもなかったが、試着室から出てきた彼が得意げにTシャツを見せてきて面白かったから、もうその面白さに降参して良しとした。
彼の胸元には大きく「軽油」の文字。
ああ、かっこいいよなその字。でも俺はその漢字の意味を知っている。
以前ネットで買おうとしていたマグカップに書かれていたから、その時に調べたのだ。
だから、彼に「座右の銘にする」と言われた俺は「いや、意味調べたほうがいい」と心の中で思った。
まあ教えてやらないけど。
結局、彼は「軽油」「除菌」と書かれた二着を購入していた。
…除菌は俺も初めて見たから、正直ちょっと欲しかった。
そして待ちに待った映画鑑賞。
彼が、実は一人でチケットを買った事が無いというので任せてみた。
裕福な育ちだからか、演じる側だからか…しょうもないネタをゲットした気分だ。
しかし、ニコニコでチケットを2枚持って走ってくるから、まぁなんでも良いかとも思う。
彼がチケットを購入している間、俺はポップコーンとコーラを買いに並んでいた。
カツカツな財布ではあるが、奢ってもらってばかりでは落ち着かない。
(とか言って、全部Sサイズだけどね…)
あと、仕事柄事前に知っておかねば落ち着かないだけだが、
今回の映画のあらすじやキャスト情報などを事前に調べていたりする。
なにせ「自分が大好き」と豪語して、見知らぬカメラマンを誘うほどだ。気になりもするだろう。
だから、ある程度は把握している。どうせHPに載っていた"医師役"としてカッコいい演技で活躍しているんだろう──。
俺は眠気に負けじとスクリーンを凝視し、エンドロールの文字までしっかり追った。
良い映画だった。エンドロールの脇には出演者のNGシーンがあって、終わり際には続編決定の特別映像が流れて笑えた。
しかし、俺が調べたはずの映画じゃなかった。
……なかったよな。コイツも出演してなかったよな?え、いたかね?
観ている最中、思っていた内容と違うことは勿論気になっていたし、主演というわりにコイツの姿も名前も見かけなかった。
CGやメイクで原形をとどめていなかったのか、広告詐欺なのか、一体何がどうなっているのか考えるのも面倒になり、
映画館を出てから素直に聞いた。
「なあ、面白かったし感動したんだけど、あんた…いました?」
「ね、楽しんでもらえて良かった!うん、あのぉ、実はそのことなんだけど」
俺は、形の整った眉を八の字に歪ませる彼の言葉を待った。
「はい」
「どうやら、観る映画を間違えたみたいで…」
歯切れの悪い言い方でびっくりすることを言うから、俺も無意識な反応を返してしまう。
「――はい?」
思わず漏れ出た言葉に、彼はしょぼくれる。
いや、しょぼくれたいのは俺の方だ。こっちだってちょっとは楽しみにしてたんだぞ。
アクション映画好きなんだよ俺。明晰な頭脳を持つ医師がダークヒーローとして戦うなんてだいたい皆好きだろう。
……というか原因はまさかあれか?チケットを一人で買わせたからっていうのか?
あんたいくつだよ?俺より2つ年上くらいじゃなかったか…?
この人はどこまで天然になれば気が済むんだろうか。
というか本気か?少なくともタレコミや雑誌によるイメージ像ではセリフ覚えも先輩後輩達への立ち回りも抜け目がない策士派だと聞いている。なのに、なぜこんなに抜けているんだ。
分からない。正直なところ先週走り回ったあの日からコイツのことが分からなくて既に頭が痛い。
"天然"なのか"計算"なのか、今日一日見る限り計算には見えなかったが、だがどうにも分からない。
ぐるぐると目の前の男の真意を探った。
しかし、無言の圧に耐えかねたのか、彼がいきなりこちらを見据えて、俺に告げた――
「あの、また、今度一緒に観に来てくれる!?」
容姿端麗な俳優は、迷子の子犬みたいな顔を俺に向ける。
(またそういう顔をする…。その顔は止めて欲しい。俺弟がいるからさ、絆されるんだよね)
それにこっちだって次に釣れそうなタレントとやっとこぎ着けた大物の家を見張るので忙しいのだ。
そんな易々と俺のスケジュールを押さえられると思われては心外だし実に困る。
まったく、弱小カメラマンだとなめられたもんだ。
この際だからビシッと言ってやろうじゃないか。
「――ええ、いつでも良いですよ。取り敢えず連絡先交換します?」
「っ……うん!」
やれやれ、今日も負けたか。
そしてそう遠くないうちにまた会う約束をして、その日は解散した。
これが弱小兄貴の底力よ――――
……あーあ、俺これ仕事になんのかな。




