来週、またここで。
パパラッチと俳優がただ追いかけっこをする話です。
「あっ、待って!! ちょっと――!?」
呼び止める声も無視し、男は走る。
走り続ける。
追いかけ続けて数百メートル。
普段こんなに走ることがない俺は、息切れして流石に足を止める。
「くそ……運動神経いい奴はこれだから……」
膝に手をつきながら、恨めしい顔をして、
一定の距離を保ちながら、背中を見せて逃げ続ける男を睨む。
しかしなんと、先ほどまでこちらをチラッとしか見なかった男が、
こちらに振り返り、笑顔でこちらを見つめているではないか。
悠長に俺から奪ったカメラを持ち上げながら、手を振っている。
「なんだあいつ、余裕かよ…何その顔、せめて汗噴き出せよ」
俺はたまらず悪態をつく――っていうかなんでそんな笑顔なの?
どういう感情なの。こっちはパパラッチだぞ。
「はぁーーー…もう。降参です!」
悔しいが声を張り上げ、諦めて彼の元に歩いて行く。
言い訳をするなら、汗まみれになったくらいなら俺だってまだ頑張れた(たぶん)。
だが足が震えてしまって、これ以上走ったらきっとエリマキトカゲみたいな走り方になってしまう。
いや確実に走るエリマキトカゲだ。
…俺は負け戦はしない主義だ。今回は潔く負けを認め、賢明な判断をした、はずだ。
ぐだぐだと言い訳を考えながら歩き出すと、彼もこちらへ歩いてきた。
(まぁなんてお人好しなのかしら。ケッ)
でもまぁ商売道具をとられてはこちらに勝機など一切無い。
だからこちらは素直に、そのお人好しに甘えるしかない。
――やっと長い長い鬼ごっこが終わった。
彼はカメラを差し出しながら距離をつめ、俺も受け取るように腕を伸ばした。
もう少しでカメラを奪い返せる。と思ったその矢先――
彼はすっと横へ身をずらし、俺の背中に手を伸ばした。
…
…?
……ハグ、されている。
(……なにこれ?)
俺は動揺する。酸素が足りていないのか、頭が真っ白だ。けれど彼はそんな俺を差し置いて笑う。
「ははは!楽しかった~!仕事柄かな?やっぱり普通の人よりも長く追いかけてくれたね?体力勝負な仕事だもんな~」
そう言いながら背中をポンポンとされる。
(…はい?いや、え、それはどうも、、え、嫌味?というかカメラ)
「あの、勝手に撮ったことは謝りますから(仕事だから止めないけど)早く返してください」
「あぁいや、いいよ。仕事でしょ?だったらいっぱい撮ってよ。いつでも待ってるからさ」
変な人。
…だいぶ変だこの人。
そう思いながら呆けていると、「ね?」と笑顔で念押しされた。
まぁそれならそれで有り難いけど。
「はぁ」と俺が抜けた返事をすると、彼はまた笑って、カメラを返してくれた。
「また見かけたら声かけてよ。なんなら一緒に写真撮ろう。ツーショットだ!
あ!好きな俳優はいる?その人も呼ぼうか!僕が呼べる相手ならだけどね」
……隠し撮りを仕事にしているのにそれはどうなんだ。馬鹿にされてる????
だけど、ハグもされてカメラも無事返してもらえたし、
こんなにフレンドリーに接してもらっては、あまり酷いこともできない。
(ふーん、これが“世渡り上手”ってやつか。処世術ってやつね)
…と、そう分かっていても、絆されてしまいそうだ。
「ええと、プライベートを盗み撮らなきゃ意味ないんですよ」
「え、うん。なんで?君といる時もプライベートだろう。友達との時間は仕事じゃない。
あ!え~~~~?もしかして君ったら仕事人間なタイプ?それとも友達が僕しかいないとか?」
……?
何言ってんの?いや、本当に何言ってるの。ずっと。
俺は仕事中だし、あんたはプライベートで買い物の途中だっただろう。
それに俺はあんたの友達じゃないし、仕事だってたしかに囚われてはいるけどちゃんと友達はいるし…
「あはは、声に出てるよ?」
「え?」
「ふっ。君ってやっぱり面白いね。よし、じゃあこれから友達になろう。そして僕と一緒にショッピングして、映画でも観に行こう?」
「…エイガ」
「うん。映画。ムービー。僕が主演の作品が公開されるんだ!キミにも是非見て欲しい」
「…自分が、好きなのか?」
「うん。僕自分のこと大好き。ね?だめ?いいでしょ?来週の水曜あけといてね!」
「う、ん?」
「へへ!やったぁ。じゃあ約束!僕これからジムだから行っちゃうけど!!
水曜の12時にここで待ち合わせ!その時また連絡先交換しよ!!」
最後に両肩をポンポンと叩かれ、彼はすぐさま去って行った。
見えなくなるまで手を振り、曲がり角で大声で何か言っていた。
遠すぎて聞こえなかったけど。何て言っていたのだろう。
(……まだ、走れるんだ)
途中から、ナルシスト発言と眩しすぎる笑顔で意識が飛んでしまった。
なに。待って、水曜?12時?映画?連絡先?
え、何してんのあの人。連絡先なんて、自分から晒してどうするのよ。弱みじゃん、それ。
理解できない。理解…なんて……できないけど。
「勝てねぇな…」
俺はため息をつきながらしゃがみ込み、スマホのカレンダーに来週の予定を追加した。




