湯気で会いましょう
蒸気がほわほわと揺れるように換気扇に吸い込まれていく。
大学入学以来、仲良くしているメンバー6人で「徹夜でマイクラしよう!」という謎のノリが発生し、
井山くんの一人暮らしのマンションに集合した。
現在、夜中の2時半。
マイクラが途中でスマブラに変更になり、ヒートアップした挙句、ほとんどのメンバーがそれぞれ持ち寄ったお酒で酔い潰れ、ヘロヘロになった爆睡民どもで床は埋め尽くされている。
唯一、ゆあだけは「夜更かしは、美容の大敵!」と23時を回ったところで、ソファをベッド代わりにすでに寝ていた。最初から徹夜で遊ぶ予定を、完全無視出来るのがゆあの面白くて自由で好きなところだ。
私はというと、そもそもそれほどお酒が強く無い。「ほろよい」をひと缶ちびちびと飲んでいただけだったので、全然眠くなく、しかも、夜型なので、割と目は冴えている。
同じくお酒めちゃ強の井山くんは「皆、寝ちゃったね。」とわりかし普通にしていて、トイレに行った後、今お湯を沸かしている。
「コーヒー飲む?」
「のむ〜。」
「何で寝たの、その人たち。」
「ね。徹夜じゃ無いのかーい。」
「ヨシとか、割とすぐ寝たよね。」
「ヨシめちゃくちゃ荒れてたよね。彼女に振られて。」
「荒れてた。ヨシを労ろう会になってた。」
「ね。そして、皆スマブラとお酒でストレス発散して寝たよね。」
井山くんとは、最近たまに二人で話すことがあって、このゆるい感じが気に入っている。
そのうち、コーヒーの香りがこちらにやってくる。美味しそう。
「砂糖とクリーム入れる?」
「入れる〜。」
ありがと、と言ってカップを受け取った。
「座るとこないし、外行く?」
「いいね。」
1階のこの部屋はベランダに出ると、すぐそこがフットサル場で、周りを囲むように桜が咲いている。
マンションのすぐ横にも桜が咲いていて、どこか明るい。桜が光っているようにも思えたし、月に照らされて桜が光っているようにも思えた。
「ん。」と言って井山くんが折りたたみの丸いすと、キャンプ用の椅子をどっかから持ってきた。
ベランダにこの少し低めの椅子を置いて座ると、もう桜と空しか見えない。
「なんかいいね。」
「結構ね。プライベート空間な感じで良いでしょ。」
「いい。この感じ好き。」
「俺も。」
別に井山くんのことを好きと言ったわけではないけれど、「俺も」って返ってくると、ドキッとした。
少し井山くんを見つめると、井山くんもどこか私を見つめているように見える。
両手で持ったカップから湯気が頬に当たって、温かい。
唇が、少し震える。
「俺も好き。」
井山くんが言った。
「え?」
私が首を傾げると、「俺も宮川のことが好き。」と、そう言ってはにかんだ。
その後、「な〜んちゃって。」と言いながらこちらの様子を伺ってくる。
「私も、井山くんのこと好き。」カップの上の湯気の中でそう言った。
「へへへ、な〜んちゃって。」と照れ隠しをしてコーヒーを無理矢理一口飲んだ。
思ってたより、緊張してた。
飲んでるところに、井山くんの右手がやってきて、私の髪を耳にかけた。
咄嗟に井山くんの方に顔を向けると、カップから離れた唇に井山くんの唇がやってきた。
お互いちょっとお酒の香りがして、だけど、コーヒーの香ばしい香りで、あったかい唇で。
「じゃ、付き合おっか。」
次は真剣な顔で、井山くんはそう言った。
大好き。二人とも、もうずっとそうだったのかも知れない。
二度目、唇が湯気の上で出会う。
これから何度も、こうしていこうね。
夜空の星が私たちにキラリと光って、カーテンの向こうで、ゆあが写真を撮っていた。
次の日、「おめでとう」と一緒に桜バックのチュー写真、送ってくるのお願いやめてちょーだい。