01
がちゃん。暗いアパートの一室にアクセサリーのついたバッグが落ちる。予想外の物音にそれの動きは止まる。割れた窓ガラスから月の光が室内を照らす。ぬらりと赤い血を口元にべったりとつけ、面長な頭部に真っ黒なオパールみたいな目をつけたエイリアンが永利を食べていた。
「え、いりくん?」
莉愛は金髪の頭部を飲み込んだエイリアンに対して、彼の名前を呼ぶ。エイリアンはそれに呼応して「クロロロ」と喉を鳴らし、ぐにぐにと変形を始めた。ぬらぬらとした灰色の頭部は縮み、金の髪が生え、肌はベージュ色。醜悪なかぎ爪はすらりとした細い腕に変わり、曲がった背中はすらりと伸びた青年のものに、その顔は永利とまったく同じ端麗な美しさを放っていた。
「おかえり、莉愛」
まるで何もなかったみたいに、永利に成り代わったそれは、莉愛に笑いかけた。明らかに別の存在のはずなのに、その笑顔は生前と一切変わりなく、話し方に違和感のようなものは一切感じない、足元の血だまりさえなければ気のせいだったと思えるほどに自然な動きが、逆にひどく不気味に感じるだろう。
「晩御飯は、食べる?」
血まみれのリビングで何でもないように笑う永利だったそれは、冷静に見えてその実、ひどく焦っていた。
それの行う捕食とは擬態である。その精度は高く、捕食対象の記憶を読み取り、時間をかけて完全にコピーする。十年も経てば生前との違いは同族だって見分けがつかないだろう。それはいわば羽化であり、擬態直後は、さなぎから羽化したばかりの昆虫のように非常に脆弱で、もろいのだ。それこそ、人間の女に簡単に殺されてしまうほどに。それは、自身の中に先ほど植えつけられた記憶にあった名前を頼りに会話を進めた。早急に先ほど取り込んだ永利の記憶を解析する必要がある。それは、まるで走馬灯のように駆け巡る永利の記憶に潜った。
「永利、こっちヘルプ来てくれ」
永利と莉愛が出会ったのは今から三年前の東京の夜。目が悪くなりそうなネオンのライトと、胸を焼く酒の匂いが漂うホストクラブでは働いていたときのこと。黒髪で、どこかミステリアスな表情がウリの先輩が仕切るテーブルにヘルプで入った際、僕に割り振られたのが莉愛だった。
黒髪のツインテールに、ぷっくりと膨らんだ涙袋、フリフリとした黒いワンピースを着た地雷系ファッションの小柄な女の子だった。
「初めまして、よろしくね」
暗く、話しかけてもうんともすんとも言わない子だったが、ヘルプでも、ホストとしての意地がある。ひたすらに話しかけ続けていたら、帰るときには笑ってくれていた。永利の働いていたホストクラブは、比較的良心的な値段で、彼女のような未成年に見える子もよく来ていた。その分こちらも良心的な価格で働くこととなっていたが。
その日、黒髪の先輩が行方不明になった。ほかの先輩が言うには『よくあること』らしい。地上のもつれか、借金か。そうならないよう気をつけろと先輩に言われた。
「私、親いないの」
二回目の来店以降、莉愛は僕を指名した。黒髪の先輩がいないから、僕に乗り換えたのだろうと先輩は教えてくれた。来るたびに話す彼女の身の上話を聞いていると、どんどんと彼女が僕に心を開いていくのが分かった。莉愛は両親を幼いころに亡くし、親戚に引き取られたが、その環境が悪かった。彼女は放任主義と言っていたが、その親戚は明らかなネグレクトだった。彼女は、愛情に飢えていた。