第13話:決断の時~ロイド視点~
「殿下、真っ暗なお部屋で灯りも付けずに。そろそろご夕食のお時間です」
執事が真っ暗な部屋に、灯りをともした。
「もうそんな時間か。溜まっている公務をこなさないといけないから、夕食はいいよ」
食欲なんてある訳がない。セイラがあと少ししか生きられないのだ。その現実を、どう受け入れたらいいのだろう。
執務室に向かい、仕事をこなす。
今日のセイラ、なんだか清々しい顔をしていたな。やっと僕から解放されると思ったのかな。余命宣告されたのに、なんだか嬉しそうだった。
好きでもない男と一生一緒にいないといけないのなら、死んだ方がマシだと思っていたのかな。
残りの人生は、自由に生きたいと言っていた。屋敷でひっそりと、最期を迎えたいと…
セイラにとって、王宮なんて辛い場所以外何物でもなかっただろう。慣れない王妃教育、好きでもない婚約者、セイラがどんな気持ちで王宮に足を運んでいたかなんて、僕でも理解できる。
唯一ラファエルの存在だけが、セイラを支えていたのだろう。昨日ラファエルがセイラを抱きかかえていた時、とても幸せそうだったな。ただセイラは世間体を気にして、すぐに降ろしてもらっていたけれど…
それでもセイラにとってラファエルは、唯一の心の支えなのだろう。最後の3ヶ月くらい、愛するラファエルと一緒に過ごしたいと思っているのだろう。
足かせでもある僕と婚約を解消して。
もう時間がないセイラの為にも、僕はセイラを自由にしてあげるべきなのだろう。でも…
「ロイド、ここにいたのだな。随分先の資料まで目を通して。お前は本当に優秀だな」
「父上、何か御用ですか?」
「ああ、これをお前に渡しておこうと思ってな。セイラ嬢との婚約解消届だ。あとはロイドのところを記入すれば、セイラ嬢とロイドの婚約は解消される」
父上が渡してきたのは、婚約解消届だ。セイラの欄には、しっかり記入されている。ただ、心なしか字が震えているのは、病気のせいだろう。
吐血するまで病気が進行していたのに…
「父上、セイラは本当に助からないのでしょうか?」
ポツリと本音が出てしまった。
「いえ、僕は別に…」
「セイラ嬢は母親と同じ病気だと言っていたね。セイラ嬢の母親、ツィンクル公爵夫人が病に侵されたのは、今から11年前。夫人の容態は悪化するばかり。どうやら夫人の家系特有の病気だった様で、助かる見込みがないとのことでね。
夫人自身は既に覚悟を決めていたらしい。ただ、いつも冷静な公爵が珍しく取り乱してね。なんとか彼女を助けようと、自国はもちろん、他国から優秀な医者を集めて治療を行った。
しかし…
1年にも及ぶ長い闘病生活の中、息を引き取ったよ」
「そうですか…」
「セイラ嬢も同じ病気にかかるだなんて…ツィンクル公爵もきっと、今頃胸を痛めているだろう」
「そうでしょうか?僕には娘を心配している様には見えませんでしたが…」
「ツィンクル公爵は、ものすごく不器用な男なんだよ。ロイド、人の心など分からないものだ。相手が何を考えているのかなんて、本人にしかわからない。だからこそ、言葉にして伝えないといけない。ツィンクル公爵は、それが出来ない男なのだよ」
父上が悲しそうに笑った。言葉に出来ない不器用な男か…でも、どう見ても彼がセイラを大切にしている様には見えないが…
「私から見たら、ロイドはセイラ嬢に全く興味がないように見えた。もしもロイドが、婚約者としての使命から、セイラ嬢との婚約解消を拒んでいるなら、その気持ちは捨てなさい。彼女自身が、何よりもロイドとの婚約解消を望んでいる。彼女の為にも婚約を解消し、残り少ない余生を、何のしがらみもなく生きさせてあげなさい。
ただ…
もしロイドが何か思う事があるのなら、素直に行動に移せばいい。私達は何も言わないから。この婚約解消届は、ロイドに託すよ。それじゃあ、私はもう行くから」
そう言うと、父上が部屋から出て行った。
人の心など、何を考えているか分からないか…
父上、僕はセイラの気持ちが、痛いほどよくわかります。だからこそ僕は…
“もし叶うのでしたら、私の事を心から愛してくださる男性と結婚したいです”
ふとセイラと最初に会った時の言葉が脳裏に浮かんだ。
愛するより愛されたい…
そういえばセイラは、出会った時そんな事を言っていた。
セイラ…
僕はやっぱり君を諦める事なんて出来ない。たとえ君の命があと少しであったとしても、僕は君の傍にいたい。
だから僕は…
婚約解消届を握りしめ、覚悟を決めたのだった。
次回、セイラ視点に戻ります。
よろしくお願いします。




