第10話:初めて抱く感情~ロイド視点~
「セイラ嬢は、どんな花が好きなのだい?」
「はい、私はバラが好きです。大きくて凛としているバラは、私の憧れの花なのです。私もバラの様に、凛とした女性になりたくて」
はにかみながら教えてくれた。
「バラならこっちに沢山咲いているよ」
確かここら辺に、バラが咲いていたと思うのだけれど…あれ?ないな。バラはどこに咲いているのだろう。
王宮の中庭には色々な花が植えられている為、探すのに一苦労だ。
「ロイド殿下、あちらにありましたわ」
ふいに温かくて柔らかな感覚が手から伝わる。ふと手を見ると、セイラ嬢が僕の手を握っていたのだ。
そして嬉しそうに僕の手を引いて、セイラ嬢が歩き出した。
一気に鼓動が早くなるのを感じた。僕は一体、どうしたのだろう。どうしてこんなにドキドキするのだろう。
「なんて素敵なバラなのかしら?見て下さい、赤・ピンク・黄色・青・紫・黒色までありますわ。素敵ですね」
「セイラ嬢は、どの色が好きなのだい?」
「私は…そうですね、赤とかピンク、青、う~ん、全部好きですわ」
「それじゃあ、好きなだけ持って行くといい。僕が取ってあげるよ…痛っ」
調子に乗ってバラをとろうとした時、指をとげで刺してしまったのだ。僕は何をやっているのだろう。恥ずかしい。
落ちこむ僕に、セイラ嬢があり得ない行動をとったのだ。
何と僕の傷ついた手を取り、そのまま口に当てた。
柔らかい彼女の唇が、僕の手に当たる。一気に心臓の音がうるさくなる。
「いけない、また癖でやってしまったわ。亡くなったお母様が、怪我をするとよくこうやって舐めていたの。衛生的によくないうえ、はしたないからしてはいけないと言われていたのだけれど。申し訳ございません、殿下」
必死に頭を下げるセイラ嬢。
「僕の為にやってくれたのだろう。ありがとう、僕は気にしていないから」
そう言って彼女の頭を撫でた。サラサラの髪が、気持ちいい…て、僕はなんて事をしているのだ。
「すまない、つい」
「いえ、嬉しいです。母が亡くなってから、私の頭を撫でてくれる人はいませんでしたから」
悲しそうに微笑むセイラ嬢。今セイラ嬢は、確か9歳。5歳で母親を亡くし、唯一頼れる肉親の父親はあんな感じ。ずっと寂しい思いをして来たのだろうな…
何だか無性にセイラ嬢が愛おしくなってきた。
そんな僕の気持ちとは裏腹に
「殿下の手に傷が残っては大変です。早く手当てをしないと」
そう言いながら、一生懸命僕の手にハンカチを巻いていた。ただ、上手に巻けないのか、かなり苦戦している。その姿も可愛いな。
なんとか巻き終えた様だが、ヨレヨレだ。
「申し訳ございません、不器用で。すぐに使用人に言って、手当てをしてもらいましょう」
「せっかくセイラ嬢が手当てをしてくれたのだ。僕はこのままで十分だ。セイラ嬢、他に見たい花はあるかい?王宮には、沢山の花が咲いているよ」
「そうなのですね。それでしたら、色々なお花を見たいですわ」
嬉しそうなセイラ嬢。もっと彼女と一緒にいたい、もっと彼女の事が知りたい。そんな思いで、僕の心は埋まっていった。
その後もセイラ嬢と一緒に、中庭を見て回る。
「セイラ嬢は、どんな男性と結婚したいのだい?」
僕は君のような女性と結婚したいな。そう言いたいが、もちろんそんな事は言えない。
「私ですか?私の結婚相手は、父が決めますので。ですがもし叶うのでしたら、私の事を心から愛してくださる男性と結婚したいです」
「セイラ嬢の事を、愛してくれる男性とかい?自分が愛する男性ではなくて?」
「はい、愛するより愛されたいのです。それが亡き母の、最後の願いですし」
愛するより愛されたいか…セイラ嬢は家族から愛されてこなかったから、そう感じるのかもしれないな。
それなら僕が、沢山愛情を注いであげたい。今まで孤独だった分、たっぷりと。
その為には、セイラ嬢と正式に婚約をしないといけないな。
楽しい時間はあっという間に過ぎていくもの。気が付けば夕方になっていた。
「ロイド殿下、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「僕の楽しかったよ。また王宮に遊びに来て欲しい」
「はい、もちろんですわ。それでは失礼いたします」
笑顔で馬車に乗り込んでいくセイラ嬢を見送る。
セイラ嬢の笑顔、本当に素敵だったな。また会いたいな、セイラ嬢に…




