宮殿の図書館にて
数日後。
ルフィーナの元にロマノフ家の紋章が入った手紙が届く。
エヴグラフからである。
宮殿の図書館への常時入館許可証が届いたのだ。
(こんなに早く発行していただけるなんて……!)
ルフィーナはペリドットの目を輝かせながら入館許可証を大切そうに手に取る。
それだけでなく、エヴグラフからの手紙が入っていることにも気付いた。
『ルフィーナ嬢、宮殿の図書館の常時入館許可証の発行が遅くなってすまない。もし宮殿の図書館に来た時は、是非とも君と話がしたいのだが、良いだろうか?』
手紙にはそう書いてあった。
(エヴグラフ・アレクセーヴィチ殿下……グラーファ様とのお話……)
ルフィーナの胸はトクリと高鳴る。
この気持ちが何なのかは分からないが、エヴグラフと会えることが楽しみなのは確かであった。
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翌日。
ルフィーナは早速宮殿の図書館へ向かった。
常時入館許可証を持っているので、宮殿の門番にそれを見せ名前を名乗れば、軽いセキュリティチェックを受けるだけですんなりと通してもらえる。
(ロマノフ家の方々から直々に常時入館許可証が発行されるということは、そのくらい信頼があるということなのね。それならば、信頼を損なうような行為をしないよう、いつも以上に気を付けないと)
ルフィーナは気を引き締めて宮殿の図書館に入った。
(アシルス文学、ナルフェック文学、ガーメニー文学、ネンガルド文学……以前も思ったけれど、近隣諸国の文学作品がこんなにたくさんあるのね。流石はこの広いアシルス帝国を治めるロマノフ家だわ)
改めて、本の種類の多さにルフィーナのペリドットの目はキラキラと輝いていた。
気付けばルフィーナはセリア・トルイユの本を十冊も読んでいたうえ、野菜や果物など生鮮食品の保存技術に関する本も五冊読んでいた。
「随分と集中しているようだな」
後ろから声がしたので、ルフィーナはビクリと肩を震わせた。
しかし、聞いたことのある声である。
ルフィーナがゆっくりと後ろを振り向くと、そこにはエヴグラフがいた。
「ルフィーナ嬢、驚かせてしまってすまない」
申し訳なさそうに苦笑するエヴグラフ。
ルフィーナはハッとして立ち上がり、カーテシーで礼を執ろうとした。
しかし、それをエヴグラフに止められる。
「ルフィーナ嬢、今は公的な場ではないから畏まる必要はない」
「ですが、礼儀礼節はいかなる場合でも大切かと存じますわ」
ルフィーナは眉を八の字にして困ったような表情だ。
「ルフィーナ嬢は真面目だな」
エヴグラフは穏やかに表情を綻ばせた。
「エヴグラフ・アレクセーヴィチ殿下、改めて、宮殿の図書館の常時入館許可証を発行していただき本当にありがとうございます」
ルフィーナはペリドットの目を真っ直ぐエヴグラフに向けていた。
「礼には及ばない。ルフィーナ嬢の役に立てれば本望だ。それに、偶然図書館に立ち寄ったらルフィーナ嬢がいたから、嬉しいと思った」
凛としているが、優しさが含まれた声のエヴグラフ。
「それは……光栄ですわ」
ルフィーナは思わずエヴグラフから目を逸らしてしまった。
「随分と本を読んだみたいだな。良かったら、読んだ本の感想を聞かせてくれないだろうか? 紅茶やお菓子を用意するから、場所は俺の執務室になるが。俺も、以前君に教えてもらったギュンター・シュミット氏の本をいくつか読んでみたんだ」
「まあ……」
ルフィーナはエヴグラフからの予期せぬ誘いにペリドットの目を見開いた。
「……すまない。少し急だっだな」
エヴグラフはルフィーナの反応を見て、少し気まずそうに目を逸らした。
「いえ、その……是非、殿下と読んだ本についてお話し出来たらと存じますわ」
ルフィーナは少しだけ頬を赤く染めて微笑んだ。
「ありがとう。ならば早速行こうか」
エヴグラフはホッとしたように笑い、ルフィーナを執務室までエスコートするのであった。
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エヴグラフの執務室には、小さめの本棚と執務机と執務椅子、それから休憩用のカウチソファが置いてあった。
シンプルではあるが、高級感あふれる部屋だ。
ルフィーナは少しだけ部屋を見渡した後、エヴグラフに勧められるがままカウチソファに座る。
ふかふかで座り心地が非常に良かった。
エヴグラフはルフィーナから勧められた本を手に取り、彼女の横に座った。
「ルフィーナ嬢が言っていた本だが、物語を通して別の人物の人生を経験しているようで非常に新鮮だった」
エヴグラフは楽しそうにラピスラズリの目を細めた。
「殿下のお好みに合ったようで良かったですわ」
ルフィーナはふふっと微笑む。
「ルフィーナ嬢、今は護衛や侍女がいるとはいえ、非公式の場だ。愛称で呼んでくれるか?」
その言葉にドキリとするルフィーナ。真っ直ぐ向けられるラピスラズリの目に捕らわれたような感覚だ。
「……グラーファ様」
ペリドットの目をエヴグラフから逸らしながら、恐る恐るエヴグラフの愛称を口にしたルフィーナ。
「ああ、それで良い」
エヴグラフは満足そうな声色だった。
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