再会
一ヶ月が経過した。
寒冷なアシルス帝国にも短い夏の気配がやって来ており、道端や庭にカモミールやエーデルワイスが咲き誇っていた。
この日ルフィーナはアレクサンドルから私的なお茶会に誘われていた。もちろん、そこにはリュドミラも参加する。
気心知れた幼馴染だけのお茶会とはいえ、ルフィーナはそれなりの服装をすることにした。
ルフィーナが着用しているのは、ラベンダー色のドレス。最近仕立ててもらったものだ。
真っ直ぐ伸びたサラサラのダークブロンドの髪は、編み込んで花のようなシニョンにしてある。
(今日は他の夜会やお茶会とは違って、少し気が楽だわ。ここ一ヶ月、リュダとサーシャとは夜会やお茶会の予定が合わず、あまり会っていなかったから、楽しみね)
ルフィーナは穏やかな表情で、肩の力を抜いていた。
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「やあ、ルフィーナ。よく来てくれたね」
「お招きありがとう、サーシャ」
ルフィーナがラスムスキー侯爵家の帝都の屋敷に到着すると、主催者のアレクサンドルが出迎えてくれた。
「リュダも先に来て君を待っているよ」
アレクサンドルにそう言われ、ルフィーナはお茶会が開かれる部屋へ向かった。
「ルフィーナお姉様!」
ルフィーナが部屋に入った瞬間、中にいたリュドミラの表情がパアッと明るくなった。彼女のムーンストーンの目はキラキラと嬉しそうに輝いている。
「ご機嫌よう、リュダ」
ルフィーナはその様子に可愛いなと思いながらおっとりと微笑んだ。
しかし、用意されている椅子の数を見てルフィーナの中に疑問が生じる。
「椅子が四つ……? リュダと主催者のサーシャと私以外にもどなたか参加なさるのかしら?」
ルフィーナは不思議そうに首を傾げた。
するとリュドミラがこれでもかという程得意げな表情になる。
「そうですわ、ルフィーナお姉様。今回はとても凄い方も参加なさいますの! ここ一ヶ月の間でサーシャや私と知り合った方ですわ。まさかあのお方があんなに気さくな方だとは思わなくて、私も驚いておりますの」
小鳥が元気に囀るような声のリュドミラだ。
「とても凄い方……リュダがそう言うくらいだから、気になるわね」
ルフィーナはふわりと微笑み、リュドミラの隣に座った。
「きっと今サーシャが出迎えている頃ですわ」
ふふっと笑うリュドミラだった。
その時、扉の外からアレクサンドルともう一人の声が聞こえた。男性の声である。
「そろそろいらっしゃるみたいね」
ルフィーナは扉の外に意識を向けた。
するとすぐに扉が開く。
「リュダ、ルフィーナ、待たせてごめんね。さあ、こちらへどうぞ」
アレクサンドルはとある人物に部屋に入るよう促した。
入って来た人物を見て、ルフィーナはペリドットの目を大きく見開いた。
月の光に染まったようなプラチナブロンドの髪に、ラピスラズリのような青い目。大柄で凛々しい顔立ちの男性だ。
(エヴグラフ・アレクセーヴィチ殿下……!)
何とアレクサンドルやリュドミラと知り合ったのは、アシルス帝国の第三皇子エヴグラフだったのだ。
思わぬ場所での再会だ。
ルフィーナは驚きつつも落ち着いて椅子から立ち上がり、優雅な動作でカーテシーの姿勢になる。
リュドミラもルフィーナを真似するようにカーテシーで礼を執る。
「楽にしてくれて構わない。ルフィーナ・ヴァルラモヴナ嬢、リュドミラ嬢。今日は公式な場ではなく、サーシャの私的なお茶会だからな」
低く凛とした声が頭上から降ってきた。
「ありがとうございます、エヴグラフ・アレクセーヴィチ殿下」
ルフィーナは品良く姿勢を戻した。
「エヴグラフ殿下とのお話、楽しみにしておりました」
リュドミラはいつも通り明るいが、淑女教育はしっかり受けているので礼儀礼節や所作には特に問題ない。
そして次の瞬間、ルフィーナは自身にとって驚くべき光景を目にする。
「さあ、グラーファ、空いている席に座って」
「ありがとう、サーシャ」
何とアレクサンドルは皇子であるエヴグラフを愛称のグラーファと呼んでおり、砕けた態度なのである。エヴグラフの方も、アレクサンドルのことは愛称で呼んでいる。
(サーシャ、皇子殿下相手に失礼なのでは……!?)
ルフィーナはペリドットの目をこぼれ落ちそうなくらい大きく見開いていた。
「ルフィーナお姉様、サーシャとエヴグラフ殿下はかなり話が合うみたいですのよ。サーシャのお父様であられるラスムスキー侯爵閣下主催の薬学サロンで出会ってすぐに意気投合したと聞きましたの」
コソッとリュドミラが教えてくれた。
「まあ、そうだったのね」
ルフィーナは意外そうに、親しげに談笑しているエヴグラフとアレクサンドルに目を向けた。
早速四人だけのお茶会が始まった。
「そうだ、実は皆にお土産を持って来たのだが」
早速エヴグラフがそう言い、従者にあるものを持って来させた。
「グラーファからのお土産、一体何だろう? 気になるね」
アレクサンドルは面白そうに口角を上げる。
「宮殿のシェフに作らせた蜂蜜ケーキだ。皆の口に合うと良いが」
エヴグラフはフッと笑う。
「まあ、蜂蜜ケーキですの? ルフィーナお姉様の好物ではありませんか」
鈴が鳴るような声のリュドミラ。
「ルフィーナ・ヴァルラモヴナ嬢の好物だったのか。伝統的なアシルスのお菓子だが、俺が去年の社交シーズンに訪問していたアリティー王国風にアレンジを加えて作らせたものだ。君の好みに合えば良いが」
エヴグラフはラピスラズリの目をルフィーナに向けていた。
「殿下が考案なさった作り方の蜂蜜ケーキ……とても楽しみですわ」
ルフィーナはおっとりと、そして少しワクワクしながら微笑んだ。
ラスツムスキー侯爵家の使用人が紅茶を淹れ、ジャムも用意してくれた。
ルフィーナ達はエヴグラフが手土産に持って来た蜂蜜ケーキを食べる。
アレクサンドルとリュドミラは満足そうに舌鼓を打っている。
ルフィーナも、一口蜂蜜ケーキを食べてみた。
蜂蜜の優しい甘さが口の中に広がる。そしてサワークリームの爽やかな酸味とまろやかさが蜂蜜の甘さと調和していた。
(美味しいわ。それに、アシルス帝国の蜂蜜ケーキのクリームはサワークリームベースだけれど、この蜂蜜ケーキはマスカルポーネチーズも使われているのね)
ルフィーナのペリドットの目はうっとりとした様子だ。
「サーシャとリュドミラ嬢の口には合ったみたいだな。良かった。ルフィーナ・ヴァルラモヴナ嬢はどうだろうか?」
エヴグラフはラピスラズリの目を真っ直ぐルフィーナに向けている。
「はい。マスカルポーネチーズが入っているのでまろやかさが増していて、とても美味しいです。このまろやかさが癖になりそうですわ」
ルフィーナはペリドットの目をキラキラと輝かせながらエヴグラフを見ていた。
「ルフィーナ・ヴァルラモヴナ嬢の好みに合ったようで光栄だ」
エヴグラフは満足そうにラピスラズリの目を細め、口角を上げた。
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