久々の楽しい夜会だが……
ストーカーからの恐怖の手紙が届き不安な面もあったが、エヴグラフのお陰でルフィーナの心は穏やかだった。
そして三日後。ルフィーナはアシルス帝国筆頭公爵家であるリヴォフ家の夜会に招待されていた。
ルフィーナは少しワクワクとした様子である。
「ルフィーナお嬢様、何やら楽しそうなご様子ですね」
ルフィーナの身支度を手伝う侍女オリガはホッとしたような表情だ。
「ええ、オリガ。今回のリヴォフ筆頭公爵家の夜会には、先代ユスポフ公爵夫人タチアナ・ミローノヴナ様が参加なさるの。あのお方は有機化学の知識が豊富だから、色々とお話をお聞きしたいと思っていたのよ.。私が開発している野菜や果物の保存方法の技術にも有機化学の知識は必要なの」
ルフィーナのペリドットの目はキラキラと輝いていた。
ちなみに、ルフィーナの話にあったユスポフ公爵家は最近代替わりをした。しかし、先代公爵夫妻は健在である。
「左様でございましたか。てっきりエヴグラフ・アレクセーヴィチ殿下のお迎えが楽しみなのかと思っておりました」
オリガは悪戯っぽく笑う。
「もう、オリガったら」
ルフィーナは頬を林檎のように赤く染めていた。
ルフィーナの両親が帝都に来るまではもう少し時間がかかりそうなのだ。しかし、この日の夜会はエヴグラフと共に参加する。エヴグラフはクラーキン公爵家の帝都の屋敷まで迎えに来てくれるのだ。
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「ルフィーナ嬢、今日のドレスと髪型も似合っている」
エヴグラフはラピスラズリの目を優しげに細める。
エヴグラフはこの日もルフィーナがプレゼントしたクラヴァットを着用していた。
「ありがとうございます」
ルフィーナは照れたように微笑んだ。
赤みがかった紫のAラインドレスはルフィーナをいつもより少し大人っぽく演出している。
真っ直ぐなダークブロンドの髪は、花のように編み込まれていた。
「では、リヴォフ公爵家の帝都の屋敷へ行こうか」
エヴグラフはルフィーナに手を差し出す。
「よろしくお願いします」
ルフィーナはエヴグラフの手を取り、馬車に乗り込んだ。
馬車の中でエヴグラフと話をしているうちに、リヴォフ公爵家の帝都の屋敷に到着した。
ルフィーナはエヴグラフにエスコートされ、会場入りする。
会場にいる者達の視線は一気にルフィーナとエヴグラフに向いた。
クラーキン公爵家の一粒種のルフィーナと、第三皇子エヴグラフ。二人は注目の的だった。
二人は主催のリヴォフ公爵家の者達に挨拶をした後、付き合いのある者達と仕事の話などをするのであった。
もちろんルフィーナは先代ユスポフ公爵夫人であるタチアナとも話をして非常に満足していた。
「ルフィーナお姉様!」
明るく溌剌とした、鈴の音が鳴るような声。リュドミラだ。彼女はムーンストーンの目をキラキラと輝かせている。
「あら、リュダ。何だか久し振りね」
ルフィーナは柔らかく微笑む。
リュドミラはルフィーナの隣にいたエヴグラフに気付き、ハッとしてカーテシーで礼を執る。
「楽にしてくれて構わない、リュドミラ嬢」
エヴグラフは優しげにフッと笑う。
「ありがとうございます、エヴグラフ殿下」
リュドミラはルフィーナに駆け寄るようなお転婆ではあるが、淑女としての教育はきちんと受けている。
そしてすぐにアレクサンドルもやって来て、彼も同じようにエヴグラフにボウ・アンド・スクレープで礼を執った。
エヴグラフはアレクサンドルに声をかけると、アレクサンドルは姿勢を戻す。
「確かにサーシャとリュドミラ嬢とは久し振りな気がするな。その後、結婚の準備は進んでいるか?」
エヴグラフは興味津々といった様子だ。
「ええ。つつがなく進んでおりますよ、エヴグラフ殿下」
「打ち合わせが必要な部分はほとんど出来ましたわ」
アレクサンドルはリュドミラとの結婚が楽しみで仕方ない様子である。ヘーゼルの目からも、嬉しさが溢れ出していた。
リュドミラも、ムーンストーンの目を愛おしげにアレクサンドルに向けていた。
ルフィーナはそんな二人を見てクスッと笑った。
「それは良かったな、サーシャ。それと、今はグラーファと呼んでくれて構わない」
エヴグラフは肩の力を抜いたように柔らかな表情である。
「分かったよ、グラーファ」
アレクサンドルも同じように肩の力を抜いた。
「今日はルフィーナお姉様がエヴグラフ殿下にエスコートされていましたから、この夜会のあちこちで噂になっておりますわよ」
リュドミラはムーンストーンの目をキラキラと輝いている。
今までルフィーナは、堂々とエヴグラフにエスコートされたことがなかった。しかし、今回初めてエヴグラフにエスコートされ、夜会の会場入りしたのである。
「そういえば、今日はいつもより注目されていると感じていたけれど、私がエヴグラフ殿下と一緒にいたからなのね」
リュドミラからの言葉にルフィーナは納得したような表情だった。
公式の場なので、エヴグラフのことを愛称グラーファではなくきちんと呼ぶルフィーナだ。
「ルフィーナ嬢、いつも通りグラーファで良い」
エヴグラフは穏やかな表情だった。
ルフィーナはエヴグラフ、リュドミラ、アレクサンドルと談笑したり、エヴグラフとダンスをした。
こうして四人で楽しく過ごしていたので、ストーカーからの視線を意識せずに済むルフィーナである。
ダンスが終わるとエヴグラフとアレクサンドルが男同士で話し始めた。よってルフィーナはリュドミラと一緒に令嬢仲間と話をすることにした。
リュドミラから紹介してもらった仲間なので信頼出来るのだ。
しかし少し疲れが溜まったルフィーナ。リュドミラは令嬢達と楽しそうに話している。ルフィーナは遮るのも悪いと思い、一人でリヴォフ公爵家の方で用意された休憩室へ向かうことにした。
『これからはより一層俺の側を離れないように。公務などがない限り、なるべく俺も君の側にいる』
ふとエヴグラフの言葉を思い出した。
(グラーファ様には一応お声がけした方が良いかしら?)
ルフィーナはアレクサンドルと話しているエヴグラフに目を向ける。
肩の力を抜いて気楽な様子のエヴグラフだ。
(でも、サーシャと楽しそうにお話をしていらっしゃるし、男同士の時間も必要よね。それに、リヴォフ筆頭公爵家の夜会だから、きっと滅多なことは起こらないはずよ)
ルフィーナは楽しそうなエヴグラフを見て穏やかに微笑むのであった。
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ルフィーナは一人で休憩室に向かおうと、夜会会場を出た。しかしその瞬間、ねっとりとした視線を感じた。
ルフィーナはゾクリとし、休憩室へ向かう足を早める。
どことなく後ろから足音が聞こえる気がした。
ルフィーナが立ち止まると足音も止まる。
心臓が壊れそうな程バクバクとし始めた。
(大丈夫、きっと大丈夫よ)
ルフィーナは休憩室へ向かう足を早めた。
しかし、足音も同じように速度が上がる。
ルフィーナの呼吸は浅くなる。
冷や汗が止まらない。
(本当に、誰なのかしら……?)
ストーカーの正体が気になったルフィーナ。
震えながらもゆっくりと後ろを振り返ろうとした。
しかしその瞬間、ルフィーナの後頭部に強い衝撃が走る。
痛みを感じる間もなく倒れてしまうルフィーナ。
(嫌……! 助けて……! グラーファ様……!)
ルフィーナはそのまま意識を手放した。
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