相談
「確固たる証拠はございませんので、何とも言えないのですが……」
ルフィーナは今までのことを全てエヴグラフに話し、困ったように肩をすくめた。
「ルフィーナ嬢、それは確実にストーカーだ!」
エヴグラフの声が一段と低くなる。力が込められた拳は震えている。ラピスラズリの目からは鋭い怒りが感じられた。
「……ですが、まだこれといった物証はございません。私の勘違いということもありますわ。そのせいで誰かを犯罪者にするわけにはいかないですし」
ルフィーナは眉を八の字にして力なく笑う。
「正直、もっと早く相談して欲しいと思った。ルフィーナ嬢に何かあってからは遅いんだ」
エヴグラフのラピスラズリの目は、真っ直ぐ射抜くようにルフィーナを見ていた。
「……申し訳ございません」
ルフィーナは俯き、生糸よりも細い声になる。
するとエヴグラフはハッとし、しまったと言うかのような表情になる。
「……すまない。ルフィーナ嬢の方が怖い思いをしているというのに」
「いえ……」
ルフィーナは力なく微笑む。
「グラーファ様にお話を聞いていただけたことでもう十分でございます。心配してくださり、ありがとうございました」
ルフィーナはふわりと微笑み、部屋から去ろうとした。
「ルフィーナ嬢、待つんだ。勝手に話を終わらせないでくれ」
エヴグラフは咄嗟にルフィーナの手を掴んでいた。
「グラーファ様……ですが、これ以上グラーファ様にご迷惑をおかけするわけにはいきませんわ」
ルフィーナは困ったように微笑む。
「いや、迷惑だなんて芥子粒程も思っていない。むしろ問題はこれからなんだ」
エヴグラフは真剣な表情だった。
「視線や後をつけられている感じ以外に、何か変わったことはあったのか? どんな些細なことでも構わない。俺に話して欲しい」
「そう……ですわね……」
ルフィーナはゆっくりと思い出す。
「関係があるかは分かりませんが、私が使用しなくなったドレスやアクセサリーがなくなっておりました。ただ、それらは裕福な平民や下級貴族に売って、その金額を孤児院や修道院に寄付予定でしたので……」
「……そうか」
エヴグラフは何かを考えているような素振りである。
「ルフィーナ嬢、今はストーカーの正体が分かっていない。だから、今日は帰り俺がロマノフ家のお忍び用の馬車で君をクラーキン公爵家の帝都の屋敷まで送る。それから、今後ルフィーナ嬢が参加する夜会やお茶会には俺も参加しよう。そうすれば、帰りは後をつけられずにルフィーナ嬢をクラーキン公爵家の帝都の屋敷まで送ることが出来る。予定がない日も視線を感じるのなら、宮殿の図書館に来ると良い。その時は俺が迎えに行く」
「そんな、グラーファ様、そこまでしていただかなくても。グラーファ様のご予定もあると思いますし」
「俺がそうしたいだけだ。ルフィーナ嬢が危ない目に遭っていることを知って、放っておけるわけがない。予定の調整など、赤子の手を捻るより簡単だ」
エヴグラフは頼もしげな表情だ。ラピスラズリの目からは真剣さがひしひしと伝わってくる。
「グラーファ様……」
ルフィーナは思わずエヴグラフから目を逸らしてしまう。
(グラーファ様は、どうして私の為にここまでしてくださるのかしら……?)
聞きたかったが、ルフィーナは上手く声を出せなかった。
「ルフィーナ嬢、今日の夜会が終わったら、宮殿の護衛に迎えに行かせる。君の侍女と護衛にはしっかりと現状を説明しておこう。俺は人気のない裏口にお忍び用の馬車を用意しておく」
エヴグラフからそう言われ、ルフィーナはコクリと頷く。
「承知いたしました。ありがとうございます」
今はその言葉だけで精一杯のルフィーナだった。
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夜会終わり、約束通りまずは宮殿の護衛がルフィーナを迎えに来た。
ルフィーナがエヴグラフと共にクラーキン公爵家の帝都の屋敷に帰ることを侍女オリガと護衛ザハールに伝えてくれ、二人はクラーキン公爵家の馬車でひと足先に帰ることになった。
「グラーファ様、お待たせいたしました」
ルフィーナは宮殿の護衛に連れられてエヴグラフの元へとやって来た。
「いや、今馬車の準備が出来たところだ。さあ、乗ろう」
エヴグラフはそっと自身の手をルフィーナに差し出してエスコートする。
「ありがとうございます」
ルフィーナはそっとエヴグラフの手を取り、ロマノフ家のお忍び用馬車に乗り込んだ。
エヴグラフの合図と共に、馬車は出発する。
馬車の中には沈黙が流れていた。しかし重苦しいものではない。得体の知れないストーカーのせいで精神が弱っていたルフィーナにとって、エヴグラフの隣は落ち着くものであった。
「ルフィーナ嬢」
隣から凛々しくも優しい声が聞こえた。
ルフィーナはエヴグラフの方を見る。
「クラーキン公爵家の帝都の屋敷までの間、お互い読んだ本についてまた話さないか?」
「ええ、そうですわね」
ルフィーナはおっとりと柔らかな口調である。
ルフィーナとエヴグラフは馬車の中でお互い読んだ本について語り合い、楽しいひと時を過ごしていた。
しかし楽しい時間はあっという間で、いつの間にかクラーキン公爵家の帝都の屋敷裏口まで到着していた。
「グラーファ様、本当にありがとうございました。お父様もお母様も領地に戻っておりますし、リュダとサーシャも結婚の準備があるからこの件のことは一人で悩んでおりました。ですが、グラーファ様のお陰で心が楽になりました。改めてお礼申し上げます」
ルフィーナはペリドットの目を真っ直ぐエヴグラフに向けていた。
おっとりと柔らかな笑みからは、安心感が窺える。
「ルフィーナ嬢の力になれたのなら光栄だ。これからも可能な限り俺が君の側にいよう」
エヴグラフは真剣で凛々しく優しい表情だ。
ラピスラズリの目は真っ直ぐルフィーナに向けられている。
ルフィーナの心臓がトクリと跳ねる。
しかしルフィーナを悩ませる視線は全く感じなかったので、安心感に包まれていた。
夜空の満月は二人を照らし、まるで見守っているのようだった。
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