不穏な日
数日後の朝。
クラーキン公爵家の帝都の屋敷にて。
「お父様、お母様、おはようございます。どうかなさったのですか?」
ルフィーナは難しそうな表情をしている両親を見て疑問に思った。
「ルーファ、おはよう。これを見ると良い」
ルフィーナの父でクラーキン公爵家当主ヴァルラムが、彼女に新聞を渡す。
ちなみに、ルフィーナの愛称はルーファである。彼女をこの愛称で呼ぶのは両親だけである。
ルフィーナは新聞に目を通した。
「あらまあ……」
ルフィーナの声はおっとりとしていたが、その表情はやや悲痛そうだった。
新聞にはルフィーナと何度か交流があった貴族令息が数人事故に巻き込まれたことが記事になっていた。
馬車の不備による事故、視察の時に訪れた家屋が壊れて巻き込まれたなど、事故の詳細は様々だった。
「皆様、大怪我をなされたみたいですわね……。中には一生歩くことが出来なくなった方も……」
ルフィーナのペリドットの目は憂いを帯びていた。
「それだけじゃないわ。今日は貴族の令嬢方の醜聞も多く載っているの。ルーファが知っている方々も」
ルフィーナの母でクラーキン公爵夫人のユディーフィがため息をつく。
「私の知っている方々……」
ルフィーナは少し不安になった。
(サーシャは事故に巻き込まれてはいないみたいだったけど、リュダは大丈夫かしら? リュダに醜聞は特に思い当たらないけれど、何かをでっち上げられたりはしていないわよね……?)
ルフィーナは必死に令嬢達の醜聞記事を読んだ。
幸いリュドミラに関することは何も書かれていなかったので、ルフィーナはひとまずホッと肩を撫で下ろした。
しかし、ルフィーナの知っている者の醜聞はあった。
「ジーナ様……」
ルフィーナによく絡んで嫌がらせをしてくるジーナについて、面白おかしく醜聞が書かれていた。
何でも、複数の男性といかがわしいパーティーが開催される屋敷に入り浸り一晩明かしたとのこと。
これがもしルフィーナのような家を継ぐ立場の令嬢ならば、まだ風当たりは厳しくならない。
万が一家を継ぐ立場の令嬢が妊娠していたとしても、必ずその家の血が流れる子供なのでまだ許容はされる。
しかしジーナはオボレンスキー侯爵家の次女で家を継ぐ立場ではなく、他家へ嫁いで家を強くする役割がある。結婚前に異性と関係を持ったとみなされるような醜聞が出てしまっては、妊娠した場合嫁ぎ先の血が流れる子供かどうかを疑われてしまう。下手をする時お家乗っ取り騒動にもなりかねない。
同じように家を継ぐ立場ではなく、他家へ婿入りする令息も婚約者以外の女性と関係を持つことは許されていない。こちらもお家乗っ取り騒動が起こる可能性があるからである。
故に、今後ジーナには縁談が来なくなるだろう。来たとしても、彼女が不幸になる縁談ばかり。
ジーナだけでなく彼女の取り巻きや、ルフィーナに嫌がらせをしたことがある令嬢達もそういった醜聞が書かれていた。
彼女達はアシルス帝国の貴族として終わりを迎えたのである。
(ジーナ様達……今後大丈夫かしら……?)
ルフィーナはジーナ達を心配していた。
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この日、新聞を読んでからルフィーナは読書も刺繍も身が入らなかった。
自室のソファに座ったルフィーナは、ため息をついて窓の外を見ている。
雲一つない清々しい空だ。太陽の光は帝都に降り注ぎ、この日の帝都はいつもより明るい様子に見える。
しかしそんな外とは裏腹に、ルフィーナのペリドットの目は憂いを帯びて曇っていた。
(全ては今朝の新聞のせいね。でも、どうして貴族令息達が巻き込まれる事故が多発したり、貴族令嬢達の醜聞が一気に発覚したのかしら?)
ルフィーナは言いようのない不安感に襲われる。
ゆっくりと立ち上がり、窓辺に向かうルフィーナ。
その時、窓のに一台の辻馬車が見えた。
丁度ルフィーナの部屋がよく見える位置である。
(どうしてあんな所に辻馬車が止まっているのかしら? それに……かなり前からずっとあの場所に止まっているように見えるわ……)
ルフィーナは不思議そうに首を傾げた。
その時、ルフィーナはドロルコフ公爵家主催の夜会から帰る時のことを思い出した。
(あの時……クラーキン公爵家の馬車の後を辻馬車がぴったりついて来ていたわ……)
途端に心拍数が上がり、背筋がゾクリとした。
(もしかして……見られている?)
形容し難い恐怖がルフィーナを支配する。
気になり始めたらずっと誰かに見られているような気がしてならない。
「ルフィーナお嬢様、顔色が少し悪いですが、大丈夫でございますか?」
ルフィーナの部屋にいた侍女のオリガは心配そうな表情だ。
「オリガ……」
ルフィーナは少し落ち着きを取り戻した。
「……カーテンを閉めてちょうだい。太陽の光が眩しいわ」
震える手をギュッと握り、平然を保つルフィーナである。
「承知いたしました」
オリガはすぐにルフィーナの部屋の窓のカーテンを全て閉めた。
「ありがとう」
「いいえ、お嬢様のご希望を叶えるのも私の仕事ですから」
どこか誇らしげなオリガだった。
ルフィーナはオリガの様子を見て、少しだけ表情が柔らかくなった。
(落ち着きなさい。きっとただの偶然よ)
ルフィーナはゆっくりと深呼吸をした。
(私がこのことを訴えたらお父様はすぐに動いて不届者を始末するでしょうけれど、単に私の勘違いという可能性もあるわ。クラーキン公爵家は力のある家よ。私が些細なことを訴えたせいで誰かの人生が大きく変わってしまうことだってあるのだから。確証もないままただ怖いというだけで、何の罪もないかもしれない方の人生を変えてはいけないわ)
ルフィーナは自分にそう言い聞かせるのであった。
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