表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/39

もうひとりの吸血鬼

 華やぐ街の空気、輝くイルミネーション。

 今年の冬は寒いらしいけど、雪は降るだろうか。


 クリスマスまであと十日ほどに迫ったある日、時刻は閉店直後。

 今日もカフェ・ライムライトはたくさんのお客様をお迎えし、そしてお見送りした。

 今、すっかり静かになった店内には、私と理市さんの二人きりだ。


「月島。クリスマスは休みの方が良いか?」

「クリスマスですか? 出勤で問題ないですよ。特に予定もないので」


 理市さんの問いかけに、私は素直に答えた。

 クリスマスは家族や恋人と。そういう人は多いだろうけど、実家は遠いし私には恋人もいない。

 その点、出勤にすれば、私は好きな人と一緒にいられる上に、お客様で賑わうだろうお店の手伝いもできる。良いことしかない。


「そうか、助かるよ」

「いえいえ。誰かに幸せをあげる側のクリスマスも素敵そうなので」

「それは良いな。君は良いことを言う」

「この仕事ならではの特権ですね!」

「違いない。なあ、月島。君が良かったらだけど、クリスマスが終わった後で……」


 理市さんが何か言いかけたところで、ふと入口のベルがカランと音を立てた。

 もう閉店時間を過ぎたのに、お客様だろうか。


「お客様、本日はもう……」


 と言いかけ、入ってきたお客様の姿を見た時に、私は言葉を失ってしまった。


 その男性が、あまりにも美しかったからだ。


 背中まである長い金髪を結んで流し、涼しげな青い目は笑みの形を描いている。白皙の肌と、ビスクドールのように整った顔立ち。

 モデルのような長身には、夜の色、真っ黒な服をまとい、大輪の真紅の薔薇の花束を携えている。

 絵の中の人のようだ。まるで現実感がない。


 流れるようにカウンターの前に進んだ彼は、花束を無造作に置くと理市さんに笑いかける。

 相対する美しい二人と真っ赤な薔薇、クラシックな調度品の店内。それは本当にこの世のものとは思えないような光景で……。

 私は呆然と二人を見ていることしかできなかった。


Bonsoir(こんばんは)、リイチ」


 しかし、その後の展開は予想外だった。

 親しげな口調で微笑んだ男性に、理市さんは冷ややかで剣呑な声で一言だけ返す。表情もいつになく険しい。


「帰れ」


 えっ?

 私は驚いて思わず理市さんの方を振り返ってしまった。

 理市さんがそんな話し方をするのを、聞いたことがなかったのだ。

 村崎社長や大樹に対してさえ、もっと穏便だったのに、このお客様には……。


「おやおや、ずいぶんと冷たいじゃないか。せっかくこの僕が久しぶりに会いに来てあげたというのに」

「誰が会いに来てくれと頼んだ? 俺の方には何の用もない。帰れ」


 絶対零度の拒絶なのに、男性は全然意に介した様子もなく、勝手に椅子を引いてカウンター席にかける。


「そう? 僕には大事な用事があるよ。リイチが大切にしているっていう薔薇の話を小耳に挟んでね。ぜひ見せてもらおうと思って。で、何処に?」



 薔薇?

 理市さん、お花なんて育ててたっけ……?


 首を傾げていると、男性と目が合った。

 目が合った瞬間に彼は何か思いついたようで、席を立って私に歩み寄ってくる。


「なるほど。確かに、愛らしい花だ」


 ほんのすぐそばまできて、じーっと顔を見られるので、思わず後ずさりしてしまった。

 この人は、背の高い理市さんより更に背丈がある。上から私をのぞき込むような形になっていて……なんというか、近……近くないか?


「でもなぜか、大切にされている薔薇ほど、手折りたくなるんだよね」


 そう言って私を見た彼の目は、先ほどまでと違って赤く輝いていて。

 吸い込まれそうなくらい、きれいで。耐えられないくらい恐ろしくて。

 この目は――。


 覚えがあった。

 これって、吸血鬼の――。

 つまり、この人は理市さんと同じで吸血鬼……?




「クロード! 彼女に何してる!」


 いつの間にか、理市さんと男性が睨み合っている。

 二人の目は燃えているかのように赤い。そこで私は、体の震えが止まらなくなっていることに気づいた。

 やっぱり、私は――吸血鬼が怖い。どう表したら良いかわからないくらいに、怖かった。


 クロードと呼ばれた男性は私を見つめ、しきりに首を傾げている。


「ねえ、リイチ。いったい何者なんだい、君の薔薇は? 彼女には『魅了』が効かないの?」

「クロード、俺の周りで無闇にその力を使うなと、前にも言ったはずだ」

「力は使ってこそ意味があるんだよ、リイチ? 与えられたものは全て十分に活用してこそだよ。力を無駄に遊ばせている君の方こそ意味がわからない」


 だんだんと分かってきた。

 クロードさんはやはり吸血鬼で、どうやら私を魅了してしまおうとしたということ。

 その効果が幸いにもなかったということ。

 そしてこの人は、理市さんとは致命的に気が合わないだろうなということも。


 氷のように静かに、でもものすごく怒っている理市さんを全く気にせずに、クロードさんはにこやかに私に尋ねてくる。


「不思議なお嬢さん(マドモワゼル)、お名前は?」

「え? ええと……月島風優子です……」

「フユコ! 素敵な響きの名前だね。僕はクロードって言うんだ。リイチとは兄弟みたいなものでね」


 兄弟みたいなって……? 理市さんの実のお兄さんへの態度との落差を考えると、この人が兄弟なんて言うのにはすごく違和感がある。

 明らかに険悪なムード。というか、理市さんからの拒絶反応がすごいのだ。


「兄弟だと? やめてくれ、気分が悪くなる」

「素直じゃないね、リイチは。フユコのことも、ちっとも紹介してくれないし。意地悪? それとも恥ずかしがってるのかい?」

「あんたが、どんな話でもややこしくする名人だからだよ」

「褒められると照れるね」

「少しも褒めてない」


 クロードさんはあくまで優雅だ。理市さんの反応を楽しんでいる節さえある気がする。


「まあ今日のところはリイチの言う通りに帰ろうかな。積もる話もあるけど、僕はしばらく日本にいるつもりだし。また後日に話そう。僕らに時間はたっぷりある」

「もう二度と来なくて良い。その花束も持って帰ってくれ」

「おやおや、本当につれないね」


 特に気を悪くした風もなく、クロードさんはカウンターに置いていた花束を持ち直す。

 そのまま、私に近寄ってきたと思ったら、ポンと花束を手渡してくれた。


「やっぱり君が持っていると似合うね。素敵な女性に花というのは良いものだ、心に華やぎをくれる」

「あ、あの……?」

「また会おうね、フユコ」


 そう言うとクロードさんは、にっこりして立ち去って行った。当たり前のように、私の頬にキスをして。


「……えっ?」


 びっくりしてしまった。

 手から花束を取り落としていたのにも、しばらく気づかなかったくらい。

 あまりにも自然な動作すぎて、私も、理市さんさえも反応できなかったのだ。



「あ、あのう……理市さん……」


 動揺を通り越して、途方に暮れて理市さんを見たら、彼は彼でものすごく怖い顔で出入口の方を睨んでいた。 とても、とても怒っている……。


「次にあいつの顔を見た時に、張り倒さないでいられる自信がないな……」

「あの、ええと、大丈夫ですから、私! クロードさん外国の人だし、異文化交流的な意味だったのかもしれないですし」

「違うよ。クロードは日本には詳しいし、何より俺の嫌なことに詳しいから」


 意外な言葉に感じた。

 理市さんの、嫌なこと。


(理市さん、さっきのキス、嫌だって思ってくれたのか……)


 突然驚かされた私の気持ちを考えてくれたからだろうか?

 常識的にふさわしくないと思ったから?

 それとも……。


 胸がトクンと小さく鳴った。



 しばらくして、やっと理市さんの表情が緩んできた。とはいえ落っこちていた薔薇の花束は、彼がゴミ箱に叩き込んでしまった。


「花に罪はないんだが、目に入るだけでちょっと」

「理市さん、本当に苦手なんですね、クロードさんのこと」

「それもそうだけど、あいつ、君を……」

「私が、どうかしました?」

「…………いや、なんでもない。月島、これ使って」

「あ、すみません……ありがとうございます。それにしても、あの人っていったい……?」


 渡されたおしぼりで頬を拭いながら、尋ねてみる。

 突然現れた不思議な人、クロードさん。彼の正体のことは、正直とても気になっていた。

 それに見た目も国籍も、性格だって全然違いそうなのに、兄弟みたいなって言うのはどういうことだろう。


「そこに座って。コーヒーでも飲もうか」


 珍しくすぐに答えてくれなかった理市さん。何か考えごとをしているようだった。

 不安だったけど、理市さんは私に席を勧めてくれた。


「彼も吸血鬼で……。いや。俺と違って、彼の方こそが正しい意味での吸血鬼だ。吸血鬼のこと、もう少し話さないといけないか……」

「吸血鬼のこと……」


 緊張感に背筋が伸びる。

 コーヒーの良い香りが漂い始めていた。

 その時の私は、このあと起こることを全く予想すらしていなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ