きらめく舞台に招かれて
土曜日の夕方ということもあり、訪れた帝都ホテルは賑わっていた。
ロビーには大きな大きなお花が飾ってあり、記念撮影している人の姿もちらほら。
ホテルに慣れていそうな貫禄のある人もいるし、私みたいなおのぼりさんもいる。
理市さんはというと、私とは違って落ち着いたものだ。
今日の彼はスマートカジュアルの装い。深いネイビーのジャケットにグレーのチノパンを身につけており、持ち前の美貌も相まってホテルのロビーの華やかさにも遜色ない。
いつもよりさらにシックなハンサムさは、人目も惹き付けている。つくづくカッコ良い。
見惚れていたら、
「月島も写真撮るか? あそこは結構人気の撮影スポットだし」
「えっ? え、あの、私は大丈夫です! きれいだなーと思っただけで」
「まあ確かにきれいだよな」
私がきれいだと思っていたのはあなただ、とはさすがに言えなかった。
どうやらロビーを気にしていると思われたみたい。
でも彼を見つめていたのがバレるのは恥ずかしいので、そのまま誤魔化してしまった。
エレベーターでレストランのある階まで上り、お店に一歩踏み入ると、高級感のあふれる雰囲気に思わず圧倒されてしまう。
ただ隣にいる理市さんは全くの自然体。スムーズに私をエスコートしてくれる。それだけで自分がこの場にいても良いのだという安心感がぐっと増し、何とか空気にも慣れることができたのだった。
そうすると辺りを見回す余裕もでてくる。
おしゃべりしながら食事を楽しむ人々の姿自体は、私に馴染みのあるお店とそう変わらない。
席からは輝く夜景も見えて、目を楽しませてくれる。
「こんな世界もあるんですねえ……。とっても華やかだなあ」
思わずしみじみとつぶやいてしまった。
笑われるかと思ったけど、理市さんはあくまで優しい顔だ。
「そうだな。いつもとは違った景色を見てみるのも、そう悪くない経験だろ?」
「はい。でも、まあやっぱり分不相応とは思います。私一人じゃ絶対無理です。だから理市さんには大感謝ですよ。もちろん、拝島さんにも」
「俺か。俺は大したことはしてないよ。君を連れてきただけだしな」
「大したことないってそんな。すごいことばかりしてくれてますから。ありがとうございます」
本当に大したことないと思っている口調でさらりと言ってしまうから、この人は……。
どこまで伝わっているのかわからないけど、重ね重ねの感謝を伝える。
車で来ているので理市さんはお酒を飲まなかったけど、私には勧めてくれるので少しだけ飲むことにした。
お酒の力と、美味しいフルコースが手伝ったのか。あるいは昼に耳に挟んだ話のせいかもしれない。
気づいたら私は今まで聞いたことがないことを彼に尋ねていた。
「理市さんは、こういうお店にはご家族と来てたんですか?」
彼は明らかに、意外なことを聞かれたという顔をした。
個人的なことを聞きすぎただろうか。
答えてくれないかもと思ったが、彼はミネラルウォーターの入ったグラスを傾けながら話し出してくれた。
「そうだね。家族で食事に行くことは結構あったよ。ここはその中でも兄貴と奥さんが好きな店で、何度か連れられてきたことがあるんだ」
お兄さんとお義姉さん。
以前理市さんの寝室で見た写真を思い出す。
「兄貴は俺と五つ離れてるんだけど、何かと可愛がってくれてね。この体質になった後も、事情を知らないなりに気遣ってくれて、あちこち連れてってくれたりしてな。兄貴もそうだし、美琴さんも……」
美琴さんといえば、サロンの人の話にも出てきた名前だ。お義姉さんなのだろう。
しかしなぜか理市さんはそこで唐突に黙ってしまい、その後話題を変えるように私に話を振ってきた。
「……君の家はどう?」
「私は弟がひとりいて、そこそこ仲良くやってますね。実家が少し遠いので、今はあまり会わないんですけど。うちは父がサラリーマンで母は看護師で……いわゆる、ごく普通の家庭です」
「そうか。きっと良いご両親と弟さんなんだろうな」
理市さんのことをまた少し知れたのは嬉しかった。
家族のこと、やっぱり大切にしているんだなと思うと親近感が湧く。
ただ私は、さっきの会話の途中での彼の反応が妙に引っかかっていた。
お料理がまた運ばれてきたので、うやむやになってしまったけど……。
とはいえお料理はどれも美味しく、会話も尽きることはなく。
楽しい時間を過ごすうちに、あっという間にコース最後のコーヒーとチョコレートになってしまった。
心もおなかもいっぱいだ。
「どう? 君の中の食いしん坊は満足したか?」
「いやもう……大満足です。何から何まで」
スタッフの方たちの接客も素晴らしくて、これが超一流の技なのかと思うと刺激になった。
素敵な料理を、最高の接客とロケーションで、特別におめかしして、好きな人と一緒に。
夢のようなひと時という言葉がこれ以上ふさわしい時間もないと思う。
これはきっと、一生の思い出になるだろう。
たとえ好きという気持ちを伝えられなくても、幸せすぎるくらい幸せな体験をさせてもらった。
「なんだか帰るのがもったいない気持ちになっちゃいました。本当にありがとうございました、理市さん」
「そう思ってもらえたなら、大成功だな。連れてこられて良かった」
目を細める理市さんの表情は、とびっきり優しい。
彼は職業柄もあって笑顔の上手な人だけど、この笑顔は打ち解けてきたからこそ見せてくれたものだと思う。自意識過剰かもしれないけれど。
それに、と彼は続ける。
「まだまだ、別の機会だってある。これで終わりってわけじゃないから」
「別の……」
そんなふうに言ってもらえるとは思っていなくて。
だから嬉しくて。でもただの言葉のあやかもしれなくて。
でも――。
ああ、私、一緒にいたいんだ、この人と。
私はそんな自分の気持ちを、改めて思い知ってしまった。
レストランを出た後、理市さんのスマホに着信があった。仕事の話らしく彼は通話に向かう。
その間にと、私は化粧室にも行って帰ってきたのだけど、まだ理市さんは戻ってきていないようだ。
静かなロビーで、しばらくのんびりと待つことにした。
(今日は本当に色んなことがあったな)
たった半日ほどの間に、嘘のような驚きと楽しさが満ちていた。
それも理市さんと拝島さんのおかげだ。
半年前には本当に無惨でみじめな目にあった私だけど、たった半年でこんなに何もかも変わるなんて思ってもみなかった。
環境が変わっただけではない。
私自身も変わってきている。着実に。
全てがうまくいくわけではないだろうけど、助けてもらった力をバネにこのまま頑張っていきたいものだ。
手持ち無沙汰になり、疲れも出てきたのか、少しぼんやりしていたその時。
「……風優子?」
聞き覚えのある声がした。
でもそれは、聞こえてほしい声では全くなかった。
私は全身から血の気が引くのを感じていた。
「やっぱり。風優子だよな?」
「……大樹……」
そこには大樹が立っていた。
もちろん、着飾った村崎社長も一緒に。
よりにもよって、今さらこんなところで、どうしてこの人たちに……。
私は言葉を失って、立ち尽くしてしまっていた。




