シンデレラの魔法
約束の土曜日がやってきた。
ついに理市さんと一緒にお出かけする当日だ。
事前の連絡で、理市さんとは三時に約束していたので、それまでにしっかり準備を済ませておく。
フレアスリーブのグリーンのワンピースは、マーメイドラインが可愛いここぞと言う時のとっておき。羽織るものと、小さなカバンを持って。靴はヒールが高すぎず低すぎずなきれいめなものを。
メイクもヘアセットも得意じゃないけど、そこそこ小綺麗にまとめてみた。
窓から外を見ると、お天気はあいにくの曇り空。ただ晴れの昼間が苦手な理市さんにとっては、お出かけ日和だろう。
(そういえば、『ちょっと寄り道に付き合ってもらう』って言われてたな。どこ行くんだろう?)
このお出かけ、予想がつかないことが多すぎるのだ。
おかげで、午後からのお出かけだというのに、私は朝からずっとドキドキしていた。
待ち合わせの時間にマンション前にいると、目の前に見覚えのある車が止まった。以前体調を崩した時に乗せてもらったあの車。運転しているのはもちろん理市さんだ。
今日の理市さんは、いつもは軽く流しているだけの髪を、結構しっかり整えている。印象がぐっと変わって、気品さえ感じるくらいだ。
それと昼間の彼の必需品、サングラス。
運転席から降りてきた彼が、いつもに増してカッコ良かったので、思わず言葉を忘れてぼーっと見惚れてしまった。
彼の方は彼の方で、私の方をじっと見ている。
何かおかしかったかな……。
「おつかれさまです! えっと、今日はよろしくお願いします」
「休日でもお疲れ様か? 律儀だな君は。こちらこそ今日はよろしくな」
笑って言いながら、理市さんは車のドアを開けて助手席に私を乗せてくれた。
車はすぐに動き出し、車窓を街並みが流れていく。
「結構緊張してる? しっかりきれいだし、すぐ馴染むと思うけどな。ワンピースもよく似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます……」
ハンドルを握りながら理市さんがそう言ってくれるので、お世辞でもつい舞い上がってしまいそうになる。
急激に恥ずかしさのレベルが上がって、小さな声でお礼を言うことしかできない。
慌てて話を変える。
「そういえば、寄り道するって言ってましたけど……一体どこに?」
「すぐ着くよ。知り合いのところだ」
どこに行くのかわからないまま車は走り、しばらくしておしゃれな建物が立ち並ぶ区画に入って止まった。
連れていかれた建物、見た感じはヘアサロン……かな? きょろきょろしながらついていく。
「お待ちしておりましたよ、織原様。お連れ様が月島様ですね?」
「ええ、今日はよろしくお願いします」
「かしこまりました。とてもおきれいな方ですね、腕が鳴りますよ!」
えっと……? また私以外には話が通っているようだ。
いかにも垢抜けたスタイリストさんらしい人が、理市さんとにこにこ話している。
「月島様、本日は私と他二名が担当させていただきます。よろしくお願いいたします」
「えっ? はっ、はい、よろしくお願いします」
「それじゃ月島。また少し後で」
「えっ? な、なんですかこの……理市さん?」
結論から言うと。
どうやらこれはサプライズというものだったらしい。
スタイリストさんに連れられて個室に入った私は、あっという間に飾り付けられていった。
自分ではできない素敵なメイクを施され、髪は柔らかな雰囲気のシニヨンにセットされ、パールのアクセサリーで飾りつけられ。仕事的に普段はできないマニキュアまでしてもらってしまった。
「とってもよくお似合いですよ! すごくおきれいです。織原さんもきっと惚れ直してしまいますよ!」
サロンの人は絶賛してくれたけど……。理市さんが私に惚れるなんてことはありえない。
そう思いながらも、 鏡の前でくるりと回ってみて驚いた。
プロの手で飾り付けてもらった私は、自分とは思えないくらい大変身していたから。
私がこんなにきれいになれるなんて。本当に思ってもみなかった。
(理市さんは、どう思うんだろう……)
私みたいな普通の人間が、彼に褒めてもらいたいなんて、思うだけでもおこがましい。
でも……。
また『きれい』って言ってもらえるかもしれないと、つい期待してしまう。
たとえ言葉の上だけでも、彼にそう言ってもらえるのは本当に嬉しいから。
不安と緊張でドキドキしながら、別室で待っている理市さんのところに戻る。
「理市さん。戻りました」
そーっと扉を開けて、恐る恐る理市さんに声をかける。
私の声で振り返った理市さんは、ちょっと目を丸くしてかたまった。
そのまま黙ってしまったので、沈黙が怖くて急いで話しかける。
「あの……やっぱり私にはきらびやかすぎました……よね……?」
「ええと。違う。その」
理市さんは視線をさ迷わせた後で、しっかり私を見ながら言った。
「ごめん、想像以上にきれいだったから。……つい言葉が」
「あ、ありがとうございます……」
頬が熱くなる。きっとチークのせいだけでなく、顔が赤くなっているに違いない。
なんだかお互いに目を合わせづらくなってしまった。
そんな私たちを、後から入ってきたサロンの人が微笑ましそうに見て笑っている。
「まぶしいくらいですもんね、月島様」
「スタッフのみなさんのおかげです。私なんかが、こんなにきれいになれるなんで……」
「いえいえ、月島様ご自身のお力ですよ。もともと涼し気で落ち着いた、大人の女性らしい美しさをお持ちですから。メイクするととても映えるんです」
こんなにきれいって褒められたこと、人生であっただろうか。
まるで魔法にかけられたみたいだった。
お店を出る前に、理市さんがスタッフの人と話しているのがたまたま聞こえた。
「そういえば先日、万里様と美琴様もいらっしゃって」
「兄たちが?」
「ええ。万里様、織原様にご結婚の気配が全くないって心配しておられましたよ。織原様がこんな素敵な女性をお連れになったってお話したら、きっと喜ばれると思います」
「兄は美琴さんと結婚してからずっと、結婚は良いぞって惚気てうるさいんですよ。月島のことは秘密にしておいてください。きっと彼女は気にしてしまうので」
お兄さんとお義姉さんの話か。
そういえば、とずっと前に見た理市さんの家族写真のことを思い出す。
結婚、か。
私には、到底この先ご縁があるとは思えない。
理市さんはどうなんだろう。
結婚したいと思うくらい彼に愛される人がいるとしたら、きっととても幸せなんだろうな。
存在するかも分からないその人のことが、ひどく羨ましく思えた。
サロンから戻り、また車を走らせながら理市さんが私に言う。
「長い寄り道になってすまないね。付き合ってくれてありがとう。疲れてない?」
「全然大丈夫です。むしろ、ありがとうございます。今日一緒にお出かけしてくれる上に、こんなサプライズまで手配してくれていたなんて。嬉しいです。でも、どうしてここまでしてくれるんですか?」
車内で流れるジャズがいったん途切れる。次の曲が始まる辺りで、理市さんは答えてくれた。
「君は以前、見た目のことをずいぶん気にしてたからね。どんな人の目から見ても間違いなく魅力的だということ、少しは納得できた?」
私はうなずく。ここまでしてもらえたらさすがに、自分もそんなに捨てたものじゃないと思えていた。
ただ、話はそこで終わらなかった。
「……まあ、それもあるんだけど」
「だけど?」
「一番の理由は、俺が見たかったから」
「えっ、あの!?」
なんてね、と言って理市さんは笑う。
その言葉のどこまでが本当で、どこからが冗談なのか、私にはわからなかった。
一つだけ確かなのは、ディナー本番の前に私の心臓がもう爆発寸前になってしまったということ。
彼のイタズラな笑顔が脳裏に焼き付いてしまい、心を落ち着けるのに本当に苦労した。
『想像以上にきれいだった』。
あの時言われた言葉が、心の中で繰り返し響いていた。




