打ち明けばなし
七月も末になって、暑さがいよいよ本格的になってきた。
朝の食卓には夏野菜が並ぶことが増えた。トマトにナス、きゅうり、オクラにズッキーニなどなど……。
理市さんは夏野菜には特に好物が多いのだそうで、ズッキーニをソテーしたのとか、ナスを煮浸しにしたのとか、喜んでくれた。
二人で話しながら食べるおかげか食も進み、夏バテも今のところは無縁そうだ。
そうそう、忘れたらいけない。明日の朝の話をしなくては。
トマトとハムと卵を炒めたおかずを出しつつ、私は理市さんに話を切り出した。
「理市さん、急で申し訳ないんですけど、明日の朝ごはんはおやすみさせてもらっても良いですか?」
「もちろん。俺は君の厚意に甘えさせてもらってるんだし、全然構わないよ」
ここまで朝食作りは、皆勤賞でやってきた。
ひそかな自慢だったので残念だったけど、今回はちょっと仕方ないのだ。
「今夜、大学時代の後輩と飲むんですけど、帰りにうちに泊まっていくことになったので」
「良いね、旧交を温めるのは楽しいだろうし」
「はい。仲の良い子なので、久しぶりに会うのが本当に楽しみです」
「ゆっくり楽しんできて」
「ありがとうございます!」
そういえば友人と会うのは、引越し以来初めてだ。
改めて今夜がとても楽しみになってきた。
カフェ・ライムライトで夜八時に閉店を迎え、部屋に戻る。そして今度は後輩と待ち合わせしているイタリアンバルへと急ぐ。
バタバタしながらも、予約時間の九時前には店に着いた。彼女は先に着いていて、席で待っていた。
「ごめん、凛、待たせちゃった?」
「いやいや、ぜーんぜん。あたしも今来たばっかり」
可愛い顔に笑みを浮かべて小首を傾げれば、ゆるふわなボブが揺れる。ナチュラルなアイテムで揃えた服装は、相変わらず可愛らしい。
彼女の名前は諸星凛。大学時代の私の後輩に当たる。
後輩と言っても一歳違いで、気のおけない間柄。それは社会人になった今でも変わらない。
「ま、何はさておき乾杯しよ! ほらメニュー見て」
「やっぱり一杯目はビールかなあ」
「と見せかけてあたしはサングリア」
二人でワイワイとメニューを眺めていると、学生時代に戻ったようでもう楽しい気持ちになっている。
大学の時は二人とも料理サークルに入っていたくらいで、私たちは美味しいものが大好きだ。
意気投合して、卒業した後も定期的に一緒にごはんを食べに行っていた。
「ふゆちゃん、あたし、モッツァレラチーズとトマトのカプレーゼが良い。あと季節の鮮魚のカルパッチョ」
「異議なし! あ、メインは子羊のグリルがいいなあ」
「異議なーし! どんどん頼んじゃお」
お互いのグラスをぶつけて乾杯した後は、次々に料理も頼んでいく。
遠慮せず遠慮させないのが、凛との関係の心地よいところだった。
お酒を飲むのは久しぶり。思えば半年以上も飲んでなかった。
思いっきり力を抜いて話せる友人に久しぶりに会えたことが、とても嬉しかった。
美味しい料理に舌鼓を打ちながら、おしゃべりもしっかり楽しむ。
ゲーム会社に就職した凛は、忙しいながらも充実した日々を送っているようだ。スキルアップに励みながら、頑張っているらしい。
「ふゆちゃんはどう? 相変わらずあの会社、ブラックなの?」
「あ、ええと……実はね……」
話を振られた私は、ちょっと固まってしまう。
でも……そうだ、今こそ聞いてもらう時だ。
グラスに残ったビールを一気に飲み干すと、私は話し始めた。
「実はね、四月に辞めたの。あの会社」
「えっ」
「それとね、彼氏とも別れて、引っ越した」
「ええーっ!?」
当然だけど、凛は椅子から飛び上がりそうなくらいびっくりしていた。
凛は私の会社を知っている。前の家に遊びに来たとき、大樹を紹介したこともある。
もしかしたら私があの人と結婚するかもと思っていたかもしれない。当時は私でさえそう思っていたし……。
「あの……もしかしなくても何かあった、よね?」
ウニのクリームソースパスタが運ばれてきたので、取り分けながら話を続ける。
「うん。実は知らない間に浮気されてて……」
「浮気ィ……?」
凛の眉間にものすごいシワが寄る。
フォークを握り締める手に力が入りまくっていて、怒りのすごさを感じる。
「その浮気相手が事務所の社長でさ……」
「はああ? 何それ、意味わかんない」
さらに怒りのボルテージが上がった凛は、ピクルスのカリフラワーを二個まとめてフォークでぶっ刺して、ボリボリやった。
その後大樹と社長に向かって罵詈雑言を唱えていたかと思うと、おもむろに私の頭をわしゃわしゃとなでまくった。
「ゆ、許せん……! 本当にサイアクすぎる! あたしのふゆちゃんになんてことを……」
「へへ……。凛が味方してくれるのすごい嬉しいな。ごめんね、話せないうちに夏になっちゃって」
「ううん、よく話してくれたね。思い出すのも嫌だったでしょ、ありがとね。環境変わって大変だと思うけど、あたしが力になれることがあったら言うんだよ?」
テーブル越しにぎゅーっと抱きしめられて、少しくすぐったくてものすごく温かい気持ちになる。
優しさに、自然と笑顔が零れてきた。
「そう言えば、それでなのかな……?」
「ん? どうしたの?」
凛が何か思い出したようで、訝しげな顔で首を傾げている。
「吉沢さん……いやあんなヤツ、吉沢でいいわ。吉沢から連絡があったんだよね、六月頃。『風優子から何か連絡あった?』って。連絡とってないって返信したらそれっきりよ。その時はケンカでもしたのかなって思ったんだけど」
大樹から凛に連絡が?
理由はわからないけど、嫌な感じがした。
「……怖いな。まだ顔思い出すだけで、嫌な気持ちになるんだ、私」
「だよね。そりゃそうよ、ふゆちゃんはなんも悪くないよ。あー、もうあいつブロックしよ。はい、今ブロックしました! すっきり!」
凛がそう言っておどけてくれたので、私の気持ちはずいぶん晴れた。
彼女は可愛い見かけによらず、感情表現がストレートな性格なのだけど、私は彼女のそんなところに救われているのだ。
「もうちょっと飲も! ワイン行こう!」
「白が良いな、さっぱりしたやつ」
「よーし、ボトル頼んじゃえ」
明日も二人とも仕事だけど、今日くらいは飲みたい。
凛もわかって付き合ってくれるのがありがたかった。
「それでふゆちゃん、今は充電期間?」
「ううん、働いてる。カフェで」
「カフェ。それは意外だったな……。業種が前と全然違うし」
あ、そうだった……。
理市さんとの『約束』は話すわけには行かないし。この辺の説明はどうしたものだろうか。
「あ、うん、えーと。新しい家がね、職場近くて。それで」
「ふーん、通勤短いのはやっぱ良いよね。ふゆちゃんの新居行くの楽しみだなあ」
お酒が回ってきたのも手伝ってか、突っ込んだことは聞かれずに済んだ。
私たちはその後、真面目な話もお気楽な話も楽しんで、ゆっくり飲んで食べてからお店を出た。
外に出ると、相変わらずの熱帯夜。
やや千鳥足の凛の手を引きながら、マンションへの帰路をたどる。
楽しかった時間の余韻を感じながらも、私は凛から聞いた大樹の話が妙に心に引っかかっていた。
(この先、何か嫌なことが起こりませんように……)
我ながら臆病だと思う。
でも、そう祈らずにはいられなかった。




