第5話 約束 ~人助け同盟を誓う
偶然出会った武術の達人二人は戦うことで相手の素性を感じ入り、想いを共有したくなる。早速自己紹介と共に公園で語り合い始めると、それぞれの心に蔓延る腫れ物に触れる事になる。
初めての自己紹介と共に、一瞬陰りの差したルナの横顔を見逃さなかった流火は思った。
このルナって人……
多分、ホントは弱いのに、なまじ武術が凄いから強がって。でも支えを必要としてる……そんなカンジ。
もし私がこの子の支えになれたら。でも心を開いて貰うにはまず共感が大事。この子には、そう、コレだ!
「私もね、この合気術で役に立ちたくて人を助ける様になって、段々それが生き甲斐に……
そもそも弱い者虐めなんて卑劣よ! そう言うの見過ごせないの。ルナさんと同じ」
「ううん、ボクもそうだけどキミは虐げられて来た訳でも無いのに人の気持ちが分かって行動もするなんて、ホント優しいんだね。
なんか尊敬しちゃうよ。自分もそんな風に純粋に人助けしないと。昔を思うとついムキにこの空手でやっつけちゃって」
「いえ! あなたこそ立派だわ! 被害者から立ち上がって救う側になんて、普通そこまで出来ない。
私はただ強制で武道やらされてたから感謝されるのが嬉しいだけ。あなたの方が偉いわ」
そう言ってかき上げた髪を耳にかけ、優しげな大きな瞳を細めてルナに微笑みかけるのを息を飲んで唖然とするルナ。
カ……カワイすぎる……その上ナニこのいい香り……天使?
それにお兄ちゃん以来だ、こんな風に理解してくれたのって。
もしやこの人がボクの求めてた理解者……
……ああ、例えばこんな人と一緒にこのお助け活動とかをやって行けたら、きっと最高なんだろうな。
そして毎日が楽しくて……誘ったら、ダメかな……
ルナの頭を掠める後悔。そう、何時も肝心な所で自分から動こうとしてこなかった事を。
……だから勇気を出して言ってみよう!
ボクの人生を変えるために……
そう、その一歩が、一言が大事なんだ!
「ねえ、なんかスゴく嬉しい! じゃあボク達、人助け同盟組んで一緒にやって行こうよ!!」
あ、言っちゃった……
え? 顔、近い……
「ハイッ! 絶対、絶対にですっ!
約束ですよ、私が何者でも!
……破ったら許しませんよ!」
「何者?……」
ルナは改めてその赤袴のつま先から頭の先まで舐め回す。特に不審な点はない。
「ってボク、約束を破った事ないし。キミこそ破らないでよ! 絶対やろう!」
激しく同意し互いに両手を取る。だがら流火は直ぐ諦め顔となり、
「……ルナさん……私が何者か……って言うと、実は―――男の子……なんだ……」
「えええっっ!」
って、性同一性障害ってヤツ? ケド完っ全に女の子化してるし!
「本当は女の子に生まれたかった……気持ち悪いでしょ?……みんなそう言うの……」
―――それは思うより遥かに孤独な、一生理解されないかもしれない恐怖。真の隔絶。
「え?……そんな事ないでしょ?……いや、だってマジ可愛いよ? サイコーじゃん!……それに可愛いって正義でしょ?……絶対基準でしょ?!」
「ホ、ホント? 私もそう思ってこんな風に! じゃあ私、このままでいいの ?!」
深く頷くルナ。
「いいに決まってる! それに偉いよ、隠さず貫いてて……全てから逃げてたボクにすればよっぽど勇気ある」
「逃げてた?」
「うん……。でもま、今はボクも『女装男子風の元気女子』を目指してて……未だ上手く出来てないけどね。けどそんなの人それぞれ! キミのだって歴とした個性なんだよ!
だから、今のキミを大切にしてよ……」
唖然とする流火の目に溜まって行く涙。
そう、トランスジェンダーにとって最も心に沁みる事、それはありのままを本心から認めてもらえる事。
胸が猛烈に締め付けられる流火。
もう何も見えなくなっていた。
――――ルナ以外のものは。
その流火の滾る想い。孤独だったルナには痛いほど伝わってくるものを感じた。だからこそルナも目を逸らさずに更に続けた。 もっとありのままを勇気付けをしてあげたくて。
ありったけの真摯な気持ちでそれを伝えた。
「少なくともボクはそれ……好きだよ……」
偽り無きルナの微笑み―――
刹那、雷に撃たれた様な衝撃に一瞬、時が止まる流火。幾度も響くその言葉。
『ボクはそれ……好きだよ』
『ボクはそれ……好きだよ』
『ボクはそれ……好きだよ』
『ボクはそれ…… 』
それが魂の奥底まで届き、そして深く刻まれた。
「だから約束は守るよ。……それにそんなに可愛いんだからその格好がいい! 明らかにボクが出逢った中でダントツの美少女……風だし! ああ可愛い! 絶対カワイイっ!」
呆気に取られた直後、突如泣き始める流火るか。生来の泣き上戸である。
「はぅ……う……ううぅっっく……はぐぅ……」
「ちょっ……な、泣かないでよ」
「だって……バカにもせず……気味悪がったり、卑屈にもならず、むしろ褒めて……ううう」
「ずっと独りだったんだね。今のボクには分かる。でももう違うよ。だからもう孤独にならないで」
「今迄どれだけ……やっぱ急に態度変えたりしないよね ?!」
「大丈夫。そんな風にしないよ。約束したでしょ。ちゃんと守るから。これからは一緒にいるよ。だから顔をあげて」
「ふえぇ……だったら私も命を懸けて約束守ります! けど、本当の私を知って初めて普通に……こんなの奇跡だよ。夢? まさか夢じゃないよね」
「そうだよ。それに……カワイイこそ全て……ボクこそ女のくせに可愛い人しか好きになれなくて」
「そんな人を探してた! ねえ、だったらルナさん! 私と付き合って下さいっ!」
初めて告られた相手がトランスジェンダー。だがちゃんと異性だ。そして見た目は断然好みそのものだから、どうして良いかただ混乱するルナ。 どうにか抵抗してみる。
「え……い、いや、ボ……ボクはカワイイ『女子』が好きなんだ」
「やっぱり。こんなの異常ですよね。慰めだって気付かず……私って鈍感でゴメンね」
「え、じゃなくて寧ろキミがス……あ、いや、もしかボクはキミのように生まれたかったのかも。そしたらなりたい自分のまま、好きなコを深く愛せるのだから……」
「だったらそうさせて欲しい!」
「(ちょ、そんな可愛い顔近づけないで!)でも……ボクは可愛い女の子が……」
「どうして?……あなた自身女の子、百合が趣味なの? いや違う! 私とのように深く愛せる方がいいって今言ってた。 自分も相手も可愛くありたいだけ!」
う、図星……でも……うん、確かに……
と自ら逃げ場を断っていた事に気付くルナ。
「だからお願い! 私の恋人になってよ……もうこんな出逢いは二度と無い気がするから」
気圧されそうになるルナ。しかしやがて少しうつ向き加減に呟いた。
「―――でも今はまだ男の人を好きになんて……そんな気になれない……」
やはりこの子……
顔に陰を落とすルナに何と思ったか気遣わしげに首を傾かしげる流火。
だがルナは俯いたまま、
「ボク達、体が逆だったらね……でも今のボクはどうしても女の子と……って……」
いや待てよ、ホントそうか? だってこの可愛さ! そして健気で一途で謙虚。 更に深く結ばれる事も可能?!
うああ予定が狂う~、くああ……ボクはどうしたらぁぁ!……
あれっ ?! ……そう言えばこれって付き合ったらカレシになっちゃうんじゃ? そしたらボクは……
『死ぬ……』
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彼氏ができると死ぬ。その予言を思い出し、戸惑うルナ。
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