第1章
自分に悩む狼人間のお話です!!少しシュールですが、感動しますよ!
日本ー東京都お台場ースカイマークステーション
夜の海を背後に地球での最初の歌を奏でた。
僅かにギターでリズムをとるだけで、ほぼアカペラだった。
自分の心の中を口に出してみただけの歌は果てしなく続く水平線へと消えていった。
「雅人さん、もう食べないの?」
優菜の声で空想から一気に賑わった東京の居酒屋まで戻された。
佐々木優菜
彼女はバンドのキーボードを担当している。
「雅人、無理すんなよ、今夜は十三夜だ。もうそろそろ帰った方がいいんじゃないのか?」
高山実咲
バンドの男性ボーカルだった。彼の声はこのバンドの命だった。
「大丈夫。それより今夜は飲もう、明日はリハーサルだろ、明後日の本番に向けて意気込もうぜ」
二人の顔を見ていると、いつまでもこの三人でいたいと強く思った。
一言で僕らはを語れば‘穏やか‘だ。
滅多に喧嘩もしないし、いわゆる強い情熱はないかもしれない。でもこの三人の結びつきは誰にも引き裂けないと自信を持って言える。
「雅人くん無理しないでね、そうやっていつも体壊すんだから」
優菜はビールを口に含み、笑いながら雅人に肩を撫でた。
楽しい時間は一瞬に過ぎた。
時刻が22時を過ぎたころ、居酒屋を出てみると、星を失った東京の空に十三夜の月が一つ浮かんでいた。
円に近い月を見ると心が締め付けれる。
締め付けられるだけならいいが、心の何かが壊れていく。
足元もふらつき、月に対して異常な嫌悪感と郷愁を抱き始める。
「雅人、優菜、また明日な」
実咲が駅前で別れを告げた。
月にあったモヤモヤとした意識も実咲の笑顔を見たらすぐに自分に戻ってきた。
うん。と頷き、実咲が改札を通るまで手を振った。
雅人と優菜は駅の近くのアパートに住んでいた。
優菜は駅から少し離れた海沿い、雅人のアパートも優菜のアパートのすぐ近くにあった。
必然的に帰りはいつも二人きりになる。
「雅人くん、今日は平気なんだね」
優菜は雅人の背中を撫でながら心配を口にした。
「うん、いろいろ迷惑をかけたよね」
雅人は足元を見て、申し訳なさそうに言った。
翌日のまだ空が赤い朝、早くにバンドメンバーはライブのリハーサルのため、ライブ会場に集合した。
「コズモス」
彼らのバンド名が書かれた看板がライブステージの中心に置かれていた。
「緊張するなあ」
セーターの袖を捲り、雅人はコップに入った水を一気飲みした。
十一月の朝は身の毛が震えるほどに冷え込んでいた。
しかしそれすら感じないほどに興奮していた。
ここまで大きなステージで歌ったことないからだ。今回のライブは300人分のチケットが完売している。
「実咲、ホコリついているよ」
実咲のセーターについたホコリを振り払う優菜を見て、思わず嫉妬してしまった。
この気持ち。
もっとずっと遠い思い出の中にしまわれた何かが開いた気がした。
もっと星を超えた思いがあった。
俺がギターを持ち上げると、実咲はさっそく歌い始める姿勢をとった。
優菜はいつでもかかってこいと言わんばかりの笑顔でこっちを向いていた。
雅人がギターの弦をはじくと、実咲はコズモスの自慢の声で曲を歌い始めた。
彼の声を聴いていると本当に落ち着いた。
作詞作曲は主に雅人と実咲がやっており、優菜は時々作詞に参加していた。
「完璧だよ、君たち。曲もいいし声もいい。明日もよろしく頼むよ」
監督は三人に励ましの声をかけた。その後、バックライトやバックダンサーの修正を行い、いよいよ明日の本番を望むまでとなった。
一度帰って、また会場に出向くのは面倒で、練習の時間も確保しないといけないため、今夜は会場の近くのホテルに泊まることにした。
「ダンサーはピエロなんだな」
夜、会場に十人ほどいるピエロを指さして雅人はコーラを片手に優菜に話しかけた。
今日は一段と彼女のマフラーとニット帽が美しく見えた。
「うん!私のアイデアだよ、歌詞に合ってるでしょ?」
過去にピエロの経験をした優菜が言うんだから否定はできなかった。
「うん、彼らは不思議な男だ」
雅人が言うと、優菜は冷えた夜に白い息を出しながらクスクスと笑って、ステージの中心に立っている一人のピエロを指さした。
「あの子リーダーなんだけど女の子だよ?」
優菜がそういうと、雅人は少しだけ笑みを見せ、手に持っていたコーラを飲み干した。
今夜はよく寝れなかった。
窓のカーテンの隙間から入る月光が眩しすぎたからだ。
どうしてもこの光は優菜への恋を邪魔してくる。
自分の運命の人は彼女じゃない。
そう勝手に捉えていたが、月を見るとそれは空想じゃないとも思えてくる。
翌朝、目はスッキリと覚めた。
ライブ当日と思い出しただけで、体に緊張が走った。
「皆さんこんにちは~~~~!!!!!!!!」
実咲がライブ開始の挨拶をした。ちょうど日が沈み欠けている頃だった。
もうここまで来たら、朝から今までのことはほぼ覚えていない。
ステージから見える景色は人で埋め尽くされていた。
それだけで本当に幸せだった。
一曲目は一言でいえば、盛り上がりの曲だ。
迷いこんだ森で、一人の魔女と恋をする物語。
二曲目は切ない恋の曲
声がかすれるまで叫んでも彼女は生き返らない。
三曲目は正しいも間違いもない世界の歌。
そんな世界で二人の鳥が恋をする。
四曲目は遠距離でも純情を貫く愛の曲。
五曲目は夢への挑戦と挫折の曲。
六曲目は妖精との禁断の出会い。
七曲目は戦争が生んだ悪魔の曲。
最後の曲は時間を超えて死んだ人に会いに行く壮大な曲。
コズモスの曲は全て雅人のギターで始まり、優菜のキーボードで終わる。
曲の後には必ず観客の拍手が入る。
「ユリユリ遊園地」
この遊園地の風景とコズモスの歌声が混ざった十一月の夜。
この日の月は満月だった。
最後の曲の演奏が始まる前、実咲はコズモスの成り立ちや歴史、苦労などを語っていた。
「このバンドはね、元々仲良かった僕と雅人の二人だったんですよ、それでいつものように海辺で練習してたら、いきなり女の子が話しかけてきてね、まあその子が優菜さんなんですけど」
「それで優菜も加えて、とあるライブに参加させていただけることになったんですよ」
「でもそしたら、演奏が終わった後に拍手がなかったんです。それもこの一度じゃありません。何度も何度も拍手のないライブは続きました」
「挫折ですよ」
そこまで話し終えると、会場はどんよりとした空気に包まれていた。でもこの空気を断ち切るお決まりの言葉を実咲は知っている。
「今日は本当に愛のような日なんです」
そう実咲が叫んで俺のギターが入った。
実咲に声に俺のギター、優菜のキーボードとくればもう完璧だった。
しかし雲に隠れていた満月が雅人の目に飛び込んできた。
満月を見るといつも調子が狂う。
何故かはわからない。
そもそもどうやって俺は実咲と知り合ったのかさえもわからない。
俺はリズムを崩さないようにして、観客だけを見ることにした。しかしその観客も月光の下にあった。
体が震えてしまう。
またもや不思議な感覚に襲われる。
言葉では上手く表せない。ただ月に対して異常な懐かしさを感じていた。
もう戻れない。なのに手が届きそうなほどに近いものを求めていた。
気づいた頃には、体中が毛むくじゃらになり、大きな耳が生え、口からは大きな牙が出ていた。
「狼人間」
一部の観客にはざわめきが見られたが、演出か何かだと思ってくれている観客が多数だった。
俺は狼人間だった。
俺は涙を垂れ流しながら、ギターを弾き続けた。
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