斥候職のお仕事
お久しぶりの死霊術師です。今回はエルメントの斥候職としての地道な仕事ぶりを紹介します。一話のみです。
俺の本職は死霊術師なんだがな、冒険者ギルドにゃ斥候職として登録してあんのよ。冒険者にとってみりゃ死霊術師よりも、斥候職が入り用になる事の方が多いしな。
まぁ、例の金利教冒険者の一件からこの方、俺がパーティに雇われる事ぁほとんど無くなっちまったせいで、仕事も死霊術師としてのものが増えてるわけだがな、冒険者ギルドの登録上は斥候職って事になるわけだ。
――で、登録がそうなっている以上、俺としても斥候職としての依頼を熟さなくちゃいけねぇ。下手すると登録抹消なんて事にもなりかねねぇしな。
けど、その一方で俺ぁ、他の冒険者と連んで動くなぁちと拙い。ソロ活動の斥候職が受けられる依頼なんかあるのかって訊きてぇだろうが……あるんだな、これがよ。
いつぞやみてぇな道楽隠居の散歩の付き合い……なんてぇものは例外だとしてもよ、採集依頼ってやつが結構あんのよ。
――あ? 採集依頼なんてのは、討伐任務を熟せないような駆け出しのやるこったろうって? 馬ぁ鹿言っちゃいけねぇやな。
そりゃ確かに、人里近くに生えているものに大した値は付かねぇけどよ。森の奥に生えている薬草とかなら結構それなりの……馬鹿にできねぇ値が付くんだぜ?
――ベテランのパーティとかなら、森の奥に行く機会も多いだろうって?
確かにそりゃそうなんだがな、そういう連中が森に入る時にゃそのための目的が……言い換えると狙ってるものがあるわけだ。討伐依頼の魔物だとかな。て事は、当然そっちの目的を優先させなくちゃならねぇ。大本命を差し置いて、小っぽけな草っ葉探しに血道を上げるわけにゃいかんのよ。
あとな、幾ら高値が付くからって、パーティの頭数で割ると歩留まりが悪い。下手をすると足が出るんだな、これが。だもんで、見つけても素通りする連中も多いわけだ。
そんなこんなでパーティ連中が手を出さねぇからにゃ、こういう採集はソロの仕事になる。需要に対して供給が充分じゃないもんで、割と良い稼ぎになるんだわ。ま、どこにどんな金目の採集物があるのか、普段から気を配っておくのが斥候職の嗜みってわけだ。
そんなわけでこの日、俺は虫瘤ってやつを採集に出てた。あぁ、虫瘤ってなぁアレだ、虫のやつが特定の草や木に卵を産み付けた時に、中で孵った幼虫が原因でできた、まぁ一種の腫れ物ってやつだ。虫は瘤の中にいる事で外敵から身を守る事ができるし、瘤の中身を食べて育つから、住居・兼・食糧ってところだな。「賢者」のシグのやつなら、差詰め「食住近接」って言うところだな。……違ってたかな? まぁいいか。
――で、この虫瘤を何に使うのかってぇと……世の中にゃこいつを食べようって酔狂人もいるみてぇだが、この日俺が受けたのは、インクを作るための素材ってやつだったな。俺も作り方までは知らねぇが、インクの中にゃ虫瘤を原料にしたやつもあんだとよ。原料が原料なだけに、充分な数を確保するのが難しい――養殖なんて話もあるようだが、何でか上手くいってねぇらしい――ってんで、こうして俺たちのところにまで依頼が廻って来るわけだ。
そんなわけで、俺ぁ虫瘤を探して注意深く森の中を歩いていたんだが……
「……マジかよ。面倒なもんを見つけちまったか……」
仮にも斥候職を名告る以上は、目当ての素材だけに気を配って、他の事にゃあ目もくれねぇ……ってわけにゃあいかねぇんだよ。
俺たち斥候職ってなぁ、常日頃から何くれとなく野外の様子に気を付けて、何かおかしなもんがありゃ報告する事を期待されてんだ。魔物や獣の糞や爪痕、採食痕などを見つけたら一応は書き留めて、必要ならギルドに報告する。ちっぽけな情報みてぇに思うだろうが、こんなんでも情報が集まってくりゃあ、分布だの棲息域だのに変化があったかどうかが判るわけだ。それと……あまり楽しい話じゃねぇが、仲間の遺体を見つけたら、これも遺品を回収してギルドに報告しなくちゃなんねぇ。
結構チマチマと面倒なんだが、ギルドの貢献ポイントにも関わってくるからな。
――で、俺がこの時見つけたなぁ……
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「……サンブに実が着いてたってのか。……間違いじゃねぇんだな?」
「あぁ。そう言われると思って、現物を幾つか採ってきてあるぜ」
俺が証拠の実を採り出して見せてやると、冒険者ギルドのギルマスは深い溜息を吐いた。ま、気分は解るわな。どう考えても冒険者ギルドの管轄じゃねぇ、かと言って知らんぷりを決め込むわけにもいかねぇ上に、然るべき筋へ報告したらしたで、又候面倒臭い話に巻き込まれるなぁ目に見えてんだからよ。
「……そこまで解ってくれてるんなら、代わりに報告してもらってもいいんだぞ? 発見者の責務ってやつで、な」
「いやいや、しがねぇ斥候で死霊術師の俺にゃ、ご領主様方のお相手なんざ務まりませんって。ここはやっぱりギルドマスターがお出ましになんねぇと」
「ったく……報告書だけ上げて勘弁してもらって、後は向こうでやってくれりゃあいいんだが……」
「そういうわけにもいかねぇんでしょうよ、あちらさんとしては。何しろ事と次第によっちゃネズ公どもが大繁殖して、作物を食い荒らすって危険があるわけで」
「あぁ、それに加えて疫病の可能性も無視できんからな」
お前も知ってるようにサンブってなぁ、普通は花も実も着けたりしねぇんだが、何十年かに一遍だけ、花を咲かせて実を着けんのよ。それも、近在のサンブが一斉にな。
それだけなら珍しい話ってだけで終わるんだが……このサンブの実ってやつが、ネズ公どもにとって好い餌になるらしくてな、早けりゃその年、遅くとも次の年にゃあネズ公どもが大繁殖するってわけだ。
ところが――サンブってなぁ実を着けた後は一斉に枯れちまうんで、増えたネズ公どもの餌が無ぇって事になる。そうすると飢えたネズ公どもは、畑の作物を食い荒らすってオチになる。……農家やご領主様方が気を尖らせるのも解んだろ?
おまけに、ネズ公どもが蔓延ったせいで疫病まで流行る虞があるってなりゃあ、こりゃ早急に手を打たなくちゃなんねぇ。しかしそういう処置をするってなると、それ相応のカネが出てくわけだ。財務方としちゃ頭が痛ぇよな。
――で、緊急予算策定のためにゃ正確な情報が不可欠って事になって、
「ギルマスにお座敷がかかるってわけで」
「ったく……こういう時にゃお前の優秀さが恨めしいぜ。キッチリと情報を纏めてあるんで、証言のために発見者を改めて召喚する必要も無ぇときてやがる」
そりゃ――そういう面倒な目に遭わねぇように、こっちだって必死だからな。
ま、これも上に立つ者の責務ってやつだ。「賢者」のやつは「高貴なる者の義務」とか言ってたっけな。諦めて務めを果たしてくれよな、ギルマス。