回帰
霧はさらに深くヒロを覆う。
その中でヒロは焦っていた。
何度、名前を呼んだだろうか。
何度となくさまようが霧はまとわりつくようにヒロの周囲を覆っていくばかりである。
声も涸れ果てた頃だろうか。
ふと、みると白い影があった。
深い霧の中で白い影というのもおかしな表現ではあったが、はっきりと見えてたようにヒロの目には映っていた。
「だ、誰?」
おそるおそる、白い影へと歩み寄るヒロ。
やがて、はっきり見えてくると狼であった。
まるでヒロを待ち受けてたように静かに座り込んで舌を出している。
「お、狼・・・?」
よく見れば、ホーリーウルフのようである。
ヒロは不思議そうにそれを見つめるのだが、それは何もせずにヒロを見るだけであった。
それはやがて、ヒロの姿を確認したのか、奥へとひるがえって進み始める。
それを様子見ていると、時折、首を振り返ってはヒロを見てくる。
が、今は立ち止まって、ヒロを見つめ尾を振っている。
それは、ついて来いとでも言うように・・・。
「アタシに付いて来てと?」
それを聞いてもホーリーウルフは微動だにしなかった。
やむなく、ヒロはそのホーリーウルフの元へ歩き出す。
そして、それを認めたホーリーウルフは何も言わず、前へと進みだした。
相も変わらず霧は深く周辺は見えない。
なのに、不思議とホーリーウルフの姿ははっきりと見えていた。
それはまるで、霧の中を潜ってるかような錯覚に陥られていく。
そうして、何分か経ったのだろう。
進みゆくホーリーウルフの先に、その白く輝くものが見えてくる。
さらにかまわずホーリーウルフは進み、その都度、その姿があらわになっていく。
そうして、はっきりと姿が見えるころには、ヒロの2,3倍はある大きな狼が座り込んでいた。
それはりりしく、毛並みがキラキラとプラチナのように輝いていた。
その横でホーリーウルフは地に伏せ、ヒロを見つめていた。
これはホーリーフェンリルかしら・・・?
「お待ちしておりました、我が主様」
「え・・・?
だ、誰、アタシに声かけたの・・・」
「私です、主様。
目の前にいるのが、お判りになられませんか」
「あ、アナタなの?」
ヒロは驚いたようにそのホーリーフェンリルを見た。
「はい、お懐かしゅうございます」
「アタシ、アナタと前に会ってたの?」
「はい、主様の以前のお姿ではありますが、その魂の香りは変わりありません。
私は今日までの間、主様の香りを忘れたことがありません。
今の貴女様は間違いなく、私の主様そのものです。
ここで私は主様のお帰りをずっと、お待ちしておりました」
「って何年も待ってたの?」
「悠に300年は経ちますでしょうか、主様も、お元気のようで嬉しく思います」
「そ、そんなに・・?
でも、ゴメンね、アタシ、覚えてないの・・・」
「宜しいのです、いずれも思い出すでしょう。
それに私にとっては涼風のごとく、過ぎ行く時間に過ぎません。
さて、何年もお預かりしました物を主様にお返しする時が来たようです。
私に付いて来てくだされ」
「え、えぇ・・・」
ヒロはひるがえし歩き出すホーリーフェンリルの後を追いかけていく。
さきほどのホーリーウルフは役目を終えたのか、ただ、その場を動かず待つだけのようだった。
その横を通り過ぎていくと、前方から霧は晴れて、その先には神殿が見えてきた。
そして、そこへ続くかのように並木道があり、ヒロたちはその中央をゆっくりと歩いていた。
ヒロはホーリーフェンリルの左横へと並び、歩きながらホーリーフェンリルへ話しかけた。
「ここは?」
「ここは、女神さまを祀る神殿です。
今では人々にすら、忘れられた地ですね。
既に何年か何人も訪れてはいません」
「誰も来ないの?」
「こちらは認められた者のみ、立ち入りを許されている場所ですから。
主様のところで言えば、神官もしくは巫女、そして、聖女がそうです」
「え?
でも、アタシは?」
「主様は特別に許された者ですから」
「それって・・・」
「見たところ、主様には覚えがあるのでは?」
ヒロには思い当たることがあった。
あの女神の降臨である。
「アタシが・・・、勇者だって・・・事?」
「さようでです」
「ホントだったのか・・・」
「?」
アタシはその時を思い出していた。
その時に伝えられた言葉。
勇者・・・。
ずっと疑問だった。
「アタシは選ばれたのね・・・」
「いえ、主様が自ら宿命へと向かい進んだと私は聞き及んでおります」
「マジで?」
「今はまだ記憶もお戻りではないのでしょう。
いずれも判る時が来ると思います」
ど、どういうこと?
アタシが自ら・・・?
まぁいいや。
「それでアタシが過去に預けた物がここにあるのね」
「さようです。
それは主様のものである故に、私共がそれはそれは大事にお預かりしました。
きっと、かの方も喜ぶと思います」
「って、かの方?」
「それもお会いになれば判ります」
「そっかぁ・・・」
先ほどから、ホーリーフェンリルと会話してるのだけれど、不思議と初めてではない感覚がする。
ずっと以前から知っている、むしろ大事な相手のような気がしてくる。
アタシの心が何か、懐かしがっているような・・・。
「不思議ね」
「何がです?」
「アタシね、アナタとは何年も前から知ってる気がするの。
それどころか懐かしがってるような、温かなそんな気持ち。
それなのに、肝心のアタシは何も知らない・・・」
「そうですか、いずれも記憶がお戻りになるでしょう。
大丈夫ですよ、私はそんなこと気にしませんので」
「そう?
アナタって優しいのね、安心する」
「それは貴女様が我が主様なのですから、当然のことです」
「主っていうけど、アナタはアタシの従者なの?」
「いいえ、私があえて、そう呼んでるだけですよ。
こればかりはたとえ、我が主様と言えど、譲れませんから」
「あら、従者でもないの。
じゃあ、どんな関係だったの?」
「いずれも記憶がお戻りになれば判るでしょう。
私の方から、それを言うにははばかります。
そうですね、あえて言えば、家族のような関係でしょうか」
「そうなんだ、じゃあ、アナタから見れば、アタシはお姉さん?
あ、でも、アナタの方が長生きよね。
この場合は何だろう?」
「主様は主様ですよ。
私からは、主様であることに、なんら代わりはありませんから」
「ふぅん・・・」
その時、ホーリーフェンリルはヒロを横で見ながら、思い出していた。
遥か昔、ヒロとの出会いを、まだ幼く小さかった自分の事を、そして、ボロボロで傷だらけだった自分を拾ってくれた事を。
ホーリーフェンリルはその恩をずっと忘れずにいただけに過ぎない。
たとえ、ヒロの姿が変わろうとホーリーフェンリルはずっとヒロの側にいるのだろう。
そう、まるで兄弟のように・・・。




