胎動
ここは異世界。
現実社会とは全くの別の次元にある世界だ。
そこで一人の少女が奴隷として、生き抜こうとする物語が今、ここに始まろうとしている
アタシはヒロ。現在まだ12歳。
気が付けば、奴隷になっており、今は冒険者の集う酒場で雑用をやらされてるの。
なんで奴隷かって?
知らないわよ!
アタシは元々普通にOLしてて、恋愛もしてて、充実してたのよ。
なのに、友達と一緒にハイキングしてたら、友達からはぐれてね。
そこで足を滑らしたばかりに気が付いてたら、そうなってたのよ!
奴隷なんて、もう詰んだわ、アタシの人生。
もうね、泣きたいわよ。
でもね、ここのマスターは優しいからまだマシね。
「おーい、ヒロ、ジャガイモ持ってきてくれ」
「ハーイ」
今、声がした人。
マスターのジョゼって言うの、元A級冒険者なの。
今はもう50過ぎてて、数年前に冒険者を引退して、ジョリィという店名の酒場でマスター始めたっぽいの。
んでアタシを雇ってくれたって訳。
う・・・、もちろん奴隷でね。
「ジャガイモ、置いとくね」
「おぉいつも悪いね」
アタシは奴隷としては恵まれてるのかも知れない。
よそではひどい扱い受けてるとこもあるようだしね。
「ん?」
気付けば、視線を感じる。誰だろ?
ジャガイモをいつものように置いていくと見られてる気がする。
アタシは辺りを見回した。
すると、いた。
店の奥の方にひっそりと目立たぬように黒いフードで頭まで覆っている。
不気味過ぎるわね。
その人はじっとアタシを見てる、キモい~。
アタシは構わず、店の外へ出て倉庫へ。
今はここで整理整頓中だからね。
ちなみに異世界っても、現実にいた社会と似たとこもあって、食物もその一つ。
まぁ厳密に言えば、味わいも風味もちょっと違うってとこ。
なので、普通にご飯もあれば味噌汁もあるのよね。
なんでだろ、不思議~。
「ヒロ、お疲れ様、もう店じまいするから、先帰って休んでいいよ」
「はーい、お疲れ様です、マスター」
そうこうしてるうちにもう時間が来たのね。
アタシはさっさと大通りへ進んで行った。
そこにはマスターとアタシが済む一軒家があり、そこの二階がアタシの寝室となっていた。
玄関へと進み、家に入ろうとすると、後ろから妙な気配がしたので振り向いた。
そこは先ほどの真っ黒なお客さんがいた。
「お嬢さん、あなた、すっごいのね」
声からして女性のようだった。
警戒していると女性はフードを頭だけ出して肩側に下した。
「あら、警戒しなくていいのよ。
私はキャシー、これでもS級魔導士であり冒険者なのよ」
そう言ってギルドカードを見せてくれた。
アタシは胸を撫で下ろしてじっとキャシーを見た。
「ええっと、貴女はヒロだっけ?
店主が話しかけるのが聞こえたから」
アタシは頷いた。
「キャシーさんはアタシに何か?」
「貴女はとんでもない魔力があるわね、何か魔法は使えるの?」
「ううん、今はこの身だし、魔法ったって使ったこともないし」
キャシーはヒロの身なりを見て思った。
そして、右腕から見え隠れする紋章は奴隷紋だと見て取れた。
「あら、勿体ないわねぇ、もしそうだったら、メンバーになってもらおうかと思ってたのに」
「アタシが・・・?」
「そ、私はね、ヒロ、貴女をスカウトしに来たの」
「アタシが魔法を使える?」
「う~ん、どうかしらね、でも、魔力だけ見てたら並じゃないわ。
通常、魔導士の持つ魔力の数倍もの量ががあるのが、私には見えるのだけれど」
「じゃあ、魔法はどうやったら使えるの?」
「うん、じゃあ、明日の昼は店休みよね?
私が教えてあげるわ」
「本当?」
「うん、明日ここへ迎えに来るわ」
「うん、判った、宜しくね」
「こちらこそ宜しく、じゃあ、また明日ね」
キャシーはそう言うとあっと言う間に闇に消えた。
魔法で移動したのだろうか?
それにしてもアタシに魔法ねぇ?
使えると判ったら冒険者になれるかな?
あ、でも、奴隷契約はどうなるのだろ・・・。
そしたら、店だってマスターが困るだろうし・・・。
う~ん。
まぁいいや、明日は魔法教えてくれる事だし、今日はもう風呂入って寝よう。
◆
今は村はずれのある森へと来ている。
無論、キャシーとも一緒だ。
「ここでいいかな?」
キャシーは周囲の安全を確認して言った。
アタシはいよいよ魔法を覚えるんだとワクワクしていた。
「さて、最初は簡単に出してみてね。
私に動きを合わせてやって見せて」
キャシーはそう言うと手のひらを上に差し出すようにした。
アタシも真似て手を動かす。
「炎よ、出でよ」
そう言うと、手のひらに炎が灯った。
凄い。
アタシもやってみようとする。
「炎よ、出でよ」
結果、何も起こらなかった。
何度も繰り返し復唱しても同じだ。
「変ねぇ?」
キャシーは首を傾げた。
そう言うとじっとアタシの何かを見つめるようにしていた。
「な、何?」
「体内の中を流れる魔力の渦を見るので、もう一回やってみて」
「炎よ、出でよ」
やはり、何も起きなかった。
キャシーを見ると愕然としていたのは明らかだった。
「ど、どうしたの?」
驚いてキャシーに話しかけてみた。
キャシーはしばらく、呆気に取られてはいたが、アタシの声にわれ返った。
「非常に残念だけれど・・・」
「え?」
アタシは不安になった。
「ヒロ、貴女は魔力だけはあっても魔法が使えないわ」
って、え~?
な、何故?
「呪文を唱えれば普通、魔力があれば発生するのよ。
ところが、貴女の場合はその魔力に流れがない。
あるところで淀んでいて動きがまるっきりないのよ」
「そ、それで?」
「残念ながら魔法の適性がないわ。
魔力を操作する能力が全然ないのよ。
魔力量だけは年齢的に見て、並の数倍以上はあるのに」
ガーン!
まるで鈍器で殴られたかのように全身を打たれた。
ショックだった。
「じゃ、じゃあ、魔力の流れってどうすればいいの?」
「う~ん、それじゃ、言うとおりにやってみて?」
「う、うん」
「まずは心を静めてみてね」
アタシは言うとおりに精神統一を始めてみる。
「そしたら、体内の流れを意識するように。
どう?
何かを感じる?」
う~ん、一向に何も感じない。何故?
「感じないの?」
「で、でも何度かやれば感じると思うよ?」
「それじゃ、次は私の手を普通に握って見て?
魔力の流れを教えるから」
「判った」
キャシーの両手を握ってみるが変化はない。
だが、キャシーは最初、驚いていた。
まるで、興奮冷めやらぬと言った感情だ。
「どう?
私の中にある魔力を私から貴女へ、そして貴方から私へとループさせてるけど」
キャシーは真剣にアタシを見ている。
が、そう言われても感覚のかの字も判らない。
魔力そのものが見えて来ないのだ。
「判らないの?
そうなると致命的ねぇ・・・」
アタシは一所懸命に念じてはいるのだが・・・。
「すっごく勿体ないわぁ・・・。
ヒロの強大な魔力が私には感じられるのに・・・」
キャシーは残念そうに顔を伏せた。
しかし、何か気付いたかのように、ふいにアタシをみた。
「ひょっとして・・・」
「なになに?
何か判ったの?」
「魔導の知識がないのでは?」
「知識?」
そういえば、考えてみたら・・・。
ゲームとかでもよく聞くけど、魔法には知識が付き物よね。
そうすると?
「うん、まずは魔導学を覚えないとダメね」
「そっかぁ・・・」
「まずはそこからとなると、どうしよっかな?」
「う~ん・・・」
「私が魔導学を教えてもいいのだけれど、残念ながら私、忙しいのよね」
「じゃあ、アタシはどうしたらいいの?」
「そうだね。
とりあえず、村へ戻ろっか。
私のお古だけれど、魔導書をあげる。
それで一人で読んでみて?
時間が取れたら、判らなかったところを説明してあげるわ」
「ほんとに?」
「いいのよ、教えると言った手前、最後まで面倒見るわ」
「ありがとう、キャシー!
アタシ頑張るよ」
そうして、アタシとキャシーは村へと帰るのだった。
そこで、今はもう必要ないからと魔導書をくれた。
アタシは店が始まるまで、無我夢中で魔導書を読み漁っていた。
残念ながら、ヒロには魔法の素養がなかった。
だが、原因が判ったヒロは魔導学を懸命に覚えようとする。
キャシーは忙しい合間から、ヒロに魔導学を教えていくのだった。