コンバート - 乙女の守護者
声がする。幼く、片言で、舌足らずな。聞き取りにくい、声が。
禊の視界には何者の姿もない。
それは禊自身とて同じことであるがそもそも何も写される筈はないのだから当然だ。それはVR筐体が生身の人間に干渉する前段階なのだから。そんなものは禊の感覚に何の意味も為さない。
───おひさしぶりですますたぁさま とうきょうたいはChaos → guilty verdict に おんらいん です
機械的な挨拶が禊に定型文の挨拶を寄越した。
VR筐体の起動時アナウンスなのだからそこに何者の意思もなく、VR筐体に接続している禊は正しい手順でありながら仮想空間に声を発することさえできないのだから。
『せつぞくをかくりつしました』
視界が拓けていくことはない。禊の外側が移り変わり、辺りの空気に不自由が満ちている。
『ふるだいぶしーくえんすをかいしします』
機械的な定型句を並べる幼い声は粛々と責務を果たす。
『ぱーそなるでーたをかんそくしにゅーろんでーたのこうしんとどうきをかいしします』
禊は、自らの身体に暴く視線が当てられていることを知覚する。力をもってすれば跳ね退けることは容易で、しかし禊は抵抗することなくそれを無視している。
『あばたーにこんばーとをかいしします』
『ろぐいんしょりをかいしします』
『あんごうかをかいしします』
『しょうたいこーどのていじをもとめられました』
禊は答える。
本来なら、普通の人間なら、とっくに仮想空間に取り込まれて身体を動かせないでいて、発せない筈の肉声で。
「オープンにして開示して頂戴」
禊とガイダンスは粛々と手順をこなしていくが何時まで経っても何も写さずにいる暗闇は本当に仮想空間へと続くのかさえあやしい怪しいくらいで。
起動時にさえ派手な演出を設けるのが常識となっているゲーム機器の常を破るように期待感を煽る光信号も音波も何もない。ましてや、電気的刺激さえも感知できない程に。
『りょうかいしました』
『───ますたぁさまのろぐいんしょりがかんりょうしました』
『ふるだいぶ れでぃ』
『あくせすきーにてにんしょうをもとめます』
「そんなものはない」
せいきのかいとうをかくにんしました うらこーど 極夜を実行します
「お帰りなさいませ、ミロード」
「ただいま。それで、今日はどうだったかしら」
「不正アクセスを試みられた回数:0回 極夜:外観監視システム《乙女の守護者》へのアクセス形跡0回。基第一外郭―偽装基幹思考にデブリの混入を試みられた回数0回。異常は無し、頗る何時も通りです」
「ご苦労様、《黒無垢》を呼び戻して頂戴」
「了解しました───極夜を待機」
その声と共に、《乙女の守護者》は遠ざかっていく。再び外側と内側の狭間に彼女が到達するのと同時に入れ替わるように幼い声、ガイダンスの声が聞こえてくる。
「おかえりなさい!ますたぁさま!」
それは幼く、抑揚が不自然で、舌足らずで、聞き取りにくい。
先程と同じ声ではあるが幾分か人間的で、親しみのある暖かな声となって帰ってきた。
「ええ。久し振りね?」
「はい!」
「早速で悪いのだけれどあなたの力を貸して頂戴な」
「承ります!」
禊は《黒無垢》である幼い声に力を貸してほしいと頼み込む。
幼い声は快諾し嬉しげな声で承ったと返事を返すが...その幼い声の態度に何処か悲しげな表情が禊に浮かぶ。それは誰にも知られることはない。
今、此の時に彼女を受け入れている、何よりも近しいものであってもそれは変わらない。寧ろそれは彼女にこそ伝えたいことかもしれないのに。
「あなたの時間を奪ってしまって悪いわね」
「とんでもありません!ますたぁさまの《常に変遷する御体《ネンキドゥ》》にたいおうしたゆいいつのきょうたいであることは、わたしのほこりなのです!」
「そのせいで言語について抑揚や漢字表現に必要なリソースが不足しているのだけど...。今回は少し用心したいから、あなたのスペックを活かして貰うことになりそうよ」
「では、せかいじゅうのこんぴゅーたへのきょうせいてきなどうきをおこなうのですか?」
「それが良いわね。───不足リソース補填の為、活動領域の展開を許可するわ」
「かしこまりました!」
禊から頼まれ、役目を果たすべく。鋼材の幼子は全世界のコンピュータの余剰演算領域への干渉を開始した。
それが終わるまでの時間は実にたったの三分。
お湯を掛けたカップラーメンが程好く調理される時間、お湯を沸かす時間をいれればそれよりも遥かに早く全世界にあるコンピュータの極々一部分への同期処理───解り易く言えば仕事を押し付けること───を完了してしまう性能は非常識の塊である。
───占有開始 不足リソースの確保に成功 再始動 フルスベック化に成功
先程よりも幾分か成長した声色の女性の声が聞こえて待機時間の終わりを覚った禊は暫くの間悩みを反芻しておりいつの間にか閉じられていた瞼を見開き瞳を露にする。
其処には何時も見馴れていた景色がある。
禊の趣味の反映されたロジカルな雰囲気でありながら何処かしら少女趣味の面影もある整えられた一室。
彼女の部屋として妙な説得力のある生活観さえ感じられるファンシーな部屋は禊が初めてVRをプレイした少女時代からなにも変わっていない。
懐かしさのある部屋に落ち着きを憶えた禊の表情はさながらその時代に似たような───と言うよりは其れ其の物よりも尚幼い。
───其れも其の筈。
今の禊は《極夜》により存在が現世に繋ぎ止められ通常と変わらない肉体と魂と心の三要素があるからこそVRという仮想世界への干渉と現世への実在を保証されるとはいえ、VRの内側では心のみであり記憶があるとはいえ"0"でる心の形は嘗て在った其れ其の物であり若返ったようなものなのだから。
「再始動完了。ますたぁさま、ログインが可能です。ゲームサーバーのオンラインを確認」
「一応聞いておく事にするけれど、ゲームサーバーへの不正規干渉は可能かしら?」
「不可能と判断します。構築する要素の非実在存在比率100%───干渉権限の極度の散佚により当機スペックでは対処不可能です...。───申し訳ありませんますたぁさま...」
「気にすることはないのよクロムク。【《黒夢心》|CHROME HEARTS】で不可能なら諦める他ないわ」
「お褒めに預かり光栄ですますたぁさま。ありがとうございます」
「文字通りのクロム製の心である《クロムク》だからこそ意識のみとはいえフルダイブによって心の欠ける私の肉体が現世に繋ぎ止められてVRを遊べるのは特別なことよ」
禊は済まなさそうにしているクロムクに気にする必要はないと励ますと絶大な評価をしているとクロムクに伝える。
クロムクは褒められたことに謝意を述べながらも内心では少しだけ不満を露にする。
(私にとって期待されて失望されるよりも、期待されないことの方が恐ろしいのですが...今のますたぁ様には解らないのでしょうね...。───そんなますたぁ様に安堵していながらに気付いて欲しいなどと考えている自分が情けなくもあります)
どうやらクロムクは駄目元で頼まれ、僅かな期待に不満を抱き、そして応えられなかった自分というモノに憤りを感じたようだと自分自身を分析する。
そして、何時もならいざ知らず今はそんなことは解らない自身の所有者に内心を覚られなかったことを安堵しながらも、悲しい心を圧し殺した。
禊の力は『肉体・魂魄・心』が揃って初めて本来のものとなる。これは先日学園でも公表した通りだ。
さて、問題となるのが彼女は力が不完全になると現世に干渉できないということである。これは彼女が力を使用し続けるPassive/active混合型───所謂Residentタイプ。
VRで意識のみとはいえフルダイブするとは心が欠けるということ。更に言えば、VRとはなにか。
筐体を肉体とし
魂をアバターとして
心を外部から取り入れている
仕組みとしては、禊の《完全成功《クリティカル》》と同一のモノであり、つまりは───禊は意識が欠けた瞬間に現世への干渉を不可能とする事実───によりVRをプレイできない。
だが。
何事にも。
例外はある。
《黒無垢》とは、黒に染まりきった故の無垢。
《黒夢心|《CHROME HEARTS》》とは頑強で腐食しないクロム合金製の心臓であって、《クロムク》とは禊の心の原型を共有する命ある機械であり禊の第二の心臓とも呼べる者であるので、《クロムク》と禊は根本は同位体であった者であり肉体と魂を仮想空間に依存する電子生命なのだ。
その彼女らが一時的にではあるが意識をトレードするコトを可能とするのが禊が考案した《VR筐体:|双世《ソウセイ》》本来の機能である。
「本当に感謝しているのよ───少しだけ嫉妬してしまうくらいにはね」
「私も同じですよ」
機械と世界の姉妹は微笑みあう。
その時には僅かな不満や悲しみなど消え去っていた。
衝撃!
禊はVRをプレイする時に幼児化する...!?この思い付いた設定の為に一から書き直したのは内緒DEATH★
いかがでしたか?今回はここまでとなります!
ここまで読んでくださり本当にありがとう御座います!
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次回投稿は6/15です!