第15話
リルの着地もゆったりとしたもので、乗っている二人にほとんど衝撃を感じさせないよう、柔らかく地面へと降り立ち、そのままゆっくりと歩を進めていく。
「さて、ということで移動しながらだけど紹介しようか。魔物との戦いの時に見ていると思うけど、俺たちが乗っているのがフェンリルのリル。安直な名前って笑わないでくれよ?」
「……」
きっと笑うだろうと思っていたため、少しおどけたように紹介するリツだったが、セシリアは固まってしまっている。
「……ん? セシリア?」
なんの反応もないため、リツはゆっくりと彼女に振り返る。
「……えっ? フェ、フェンリル!?」
少し大きな狼だなとしか思っていなかったセシリアは驚きから目をまんまるにしている。
フェンリルとは神獣と呼ばれ、本来は神に仕える獣である。
まずその存在自体が伝説上のものであり、出会った者の話をセシリアは聞いたことがなかった。
事実、この世界でフェンリルに出会ったことがあるのは、リツとセシリア、それとあの戦いに参加していた騎士たちくらいである。
最も、騎士たちはリルがフェンリルであるとは認識してはいないが。
「そうだね、俺と契約したフェンリルのリル。名前も俺がつけたんだよ。本来の姿はもっと大きいんだけど、普段からその姿だと顕現に使う魔力消費が大きいし、見た人にビックリされちゃうから大きめの狼くらいのサイズをベースにしてもらっているんだ……」
説明していくリツだったが、どうにもセシリアの反応が悪いようで思わず表情を伺ってしまう。
「…………はっ! ちょっと意識がとんでいました。精霊に続いて神獣とは……やはりリツさんはとんでもないお方のようです。それにしても、その、フェンリル様に、私などが乗っていてもよろしいのでしょうか?」
契約者であるリツならまだしも、セシリアはほぼほぼ初対面といってもいいくらいに、しっかりと関わるのはこれが初めてだった。
神獣のリルに乗るなんておこがましいのではないかとすっかり遠慮している。
「ガウッ」
だが問題ないというように、リルはしっかりと頷きながら返事をする。
(ふむ、リルに認められるってことは、やっぱりセシリアはいい感じだね)
神獣というだけあり、悪い存在や悪い力には敏感であり、セシリアからはそれが感じられず乗せても問題ないとリルは判断しているようだった。
「というわけで、大丈夫だって。リルは嫌な時は嫌ってちゃんというから、セシリアのことは気に入ってくれたみたいだよ」
リツが返事の補足をすると、セシリアはホッとした表情になる。
「よかったです。嫌われたらリツさんのお供をするのに、一生懸命走らなければならないところでした」
胸をなでおろしている彼女は頭の中でフェンリルにまたがって疾走するリツと、その隣を全力で走る自分の姿を想像していた。
「ぷっ……ははははははっ! はははっ、セ、セシリアは、面白いなあ、はははっ!」
リツも、彼女が頭に思い浮かべているのと同じ映像を考えてしまい、結果としてツボにはまるほどに笑ってしまうこととなる。
「も、もう! 本気なんですから、そんなにわらわないで下さい!」
結構真剣に考えていたセシリアはリツに笑われて恥ずかしさで顔を赤くしながら頬を膨らませ、前に座っているリツの背中を軽くたたく。
「ははっ、いや、ごめんごめん。いや、だって一生懸命走るなんていうからさ。ふふっ、ごめんよ。でも大丈夫。もしセシリアがリルに嫌われたとしたら、他にも契約しているやつがいるからそいつらを呼び出すよ。急いでないんだから別に歩いたっていいし、なんだったら俺がセシリアを抱えて走ってもいい」
「抱えてっ……!?」
今度もセシリアは自分がリツに抱きかかえられる状態をイメージして、顔を真っ赤にしてしまう。
前に抱き上げられた時は緊急事態であったため、なんとか耐えられていたが、それが移動手段となってずっと続くと思うと羞恥心が勝ってしまうようだった。
彼女は箱入り娘で、幼少のころから両親に大事に育てられた。
勉強も男子禁制の、教師ですら女性しか許されない学院で学んでいた。
剣術にも優れていたため、この街で父の下防衛隊の隊長などという職業についていたが、男性隊員とは自然と距離をとってしまっていた。
しかし、リツとは出会ってから間もないというのにどんどん距離が縮まっており、今もリルの背中に二人で乗っていて、セシリアは落ちないように彼に掴まっていた。
「ははっ、まあそんなことにはならないから大丈夫さ。それよりも、リルにも紹介しておこうか。リル、彼女の名前はセシリア。街についた時と、さっきのやりとりでわかったと思うが、美人だけどなかなか面白い人だ」
「ガウッ!」
よろしく、とリルが返事をする。
「セ、セシリアと申します。よろしくお願いします……」
美人と言われたことに再び頬を染めながらも、今度は意識を飛ばさないように、なんとかリルへと挨拶をする。
「それで、これからの予定なんだけど、まずは商業都市だっけ? そこに行って色々情報を集めたり、買い物をしたりしようか」
幸いなことに、ライトがマジックバッグの中にたくさんの金もいれておいてくれたため、当面は旅の資金に困らない。
万が一困ったとしても、リツは勇者時代のあまたの武器防具、アイテムなどを収納しているため、それを売ればいくらでも資金の捻出は可能だった。
「あ、あの、それなんですけど……商業都市に向かうのはいいとして、本当に魔王と戦うつもりなのですか?」
いくら強くて元勇者だとしても、これからの旅の目標が魔王討伐というのは、セシリアからすれば現実味が薄かった。
これまで叶う相手だと思っていなかった魔王と敵対するとなると想像できなかったのだ。
(不安、か。まあそうだよな……)
彼女の表情からそれを感じ取ったリツは、これからについて更に深く考え、提案をする。
「セシリア、俺は本当に魔王と戦うつもりだ。でも、さすがに一人だと難しい。だから……」
リツの次の言葉を予想して、セシリアはどうしよう、と考えてしまう。
(きっと、一緒に来てほしい。一緒に戦ってほしい。そう言われてしまう。でも、私には魔王と戦う力なんて……)
きっとこう考えているのだろうと、リツは既に予想しており、次の言葉を選んでいた。
「まずはセシリアに強くなってもらおうと思う」
「――えっ!?」
予想とは違う言葉にセシリアは、今日何度目かの驚きの声を出してしまった。
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