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喫茶アーネンエルベの事件簿-1st Case-  作者: 青天
はじまり₋浴室の偽り₋
9/9

解決編

 淹れたコーヒーを自らのカップに注いだ理央は瑠衣の前に腰を下ろし、人差し指で眼鏡の中心を上げると瑠衣に静かな視線を送った。コーヒーを一口飲むと理央は静かに口を開く。

「最初に言っておきます、今から話すことがあなたの望む結果になるとは限りませんがよろしいですか?」

「え?それってどういう…」

 理央がどういった意図を持ってそう前置きしたのか瑠衣はわからず聞き返すが、理央から答えが返ってくることはなかった。その代わりに理央は1枚の紙きれを瑠衣の前に差し出した。

「言葉通りです。依頼に従って謎を解きますが、その結果を保証するとは限らないということです。あなたにとって都合の悪い真実を聞きたくなければ、依頼料は結構です。このままお帰りください」

 瑠衣は差し出された紙切れに目を向けると、それは自分が注文したコーヒーの値段が書かれた明細だった。どちらかを選べということなのだろう。理央の辿り着いた真実を聞きたくなければこの明細を取り帰れということなのだろう。

 理央の顔色を窺うように顔を上げるが理央は無表情のまま、ただ黙って瑠衣を見ていた。瑠衣がどう選択しようとこの男は真相を警察に話すのだろう。そんな気が瑠衣にはしていた。そう思った時瑠衣の覚悟は決まった。

「真相を聞かせてください」

 意を決して瑠衣は口を開いた。瑠衣に真相を聞かないという選択肢はもとよりなかった。理央に依頼した時点―この一見に首を突っ込んだ時点でその覚悟はできていたのだ。だが心の中で犯人ではないと思いたい気持ちがあったのも事実なのだ。そんな瑠衣の葛藤も理央は見透かしているのだろう。

 瑠衣の答えを聞いた理央は一言「わかりました」と言って、どこか満足したような笑みを浮かべた。


「結論から言えば鱒田さんは犯人ではありません」

 理央から出た答えは瑠衣の予想を裏切る答えだった。

 その言葉を聞いて瑠衣は胸をなでおろした。その安心も理央の続けて出た言葉で瑠衣の言葉は打ち砕かれることになる。

「話は最後まで聞いてください。犯人ではないと言いましたが、無実だと言ったつもりはありませんよ」

「それってどういう」

「そもそも今回の事件は殺人ではなく自殺です」

 殺人ではなく自殺。だから理央は鱒田が犯人ではないと言ったのだ。そこで瑠衣に一つの疑問が浮かぶ。犯人ではないが無実ではないと言った。つまり鱒田が自殺に協力もしくは自殺を促したということだ。


「まずはこれを見てください」

 そう言って理央はパソコンの画面を見せた。そこには警察の事情聴取を受ける鱒田の様子を写した画像、事件現場を写した画像が映し出されていた。

「鱒田さんは事件当時スニーカーを履いていました。しかしこの写真の鱒田さんは靴下を履いていない。それはなぜか…」

「靴下が濡れたからですよね」

 瑠衣の答えに理央は呆れたようなため息をついた。まるでそんな答えを聞いているわけではないと言いたげだ。

「鯨井さんを発見した時浴槽から水が溢れていたんだね」

 明里の言葉に「その通りです」そう言って理央はパソコンを手元に戻し操作をする。

「水の溜まった浴槽にドライヤーを入れたのではなく、スイッチを入れたドライヤーを浴槽に引っ掛け水を入れたということ。これを使えば誰でも鯨井さんの殺害は可能です」

 眠らされた、もしくは気絶した鯨井を浴槽に入れこのトリックを使用して殺害したということだ。

 そこで瑠衣は新たな疑問を抱いた。

 これではアリバイのある鱒田でも殺害が可能であることの証明であって、自殺の証明にはなっていない。

「ですが、鯨井さんの体から睡眠薬を含めた薬物反応は出ていません。そして殴られたような外傷もありません。このことからこの事件は計画殺人ではなく自殺ということになります」

「でも自殺なら、なぜこんな面倒なことしたの?」

 たしかに自殺ならばこのような方法をとる必要はない。ドライヤー持って浴槽に入り、そこでスイッチを入れるだけでいいのだ。わざわざ他殺に偽装する必要はない。

「負けず嫌い、プライドの高い人のようでしたから、自殺はプライドが許さなかったのでしょう」

 明里が口にした疑問に答えると、コーヒーを一口飲み説明を続けた。

「部屋を荒らしたのも、誰かと争ったように見せるため。そして第一発見者である鱒田さんを容疑者にするためでしょう」

「でも、どうして鱒田さんを?」

「理由は四年前のドーピング事件でしょう」

 その言葉を聞いた時瑠衣の背筋を冷汗が伝う。その先は言われなくてもわかる。四年前のドーピング事件で匿名の密告をしたのが鱒田ということなのだろう。

 匿名の密告があったことでドーピング検査が行われ鯨井から陽性反応が出た。しかしこれは当時鯨井が服用していた処方箋薬に表示外成分が入っていたことで、処分は取り消しになったが鯨井がその1年を棒に振ったのは言うまでもないことだ。それが4年前のドーピング事件の真相なのだ。

「鯨井さんは知っていたのでしょう、4年前の密告者が鱒田さんであることを。だから鱒田さんを選んだのでしょう」

 それだけ言って理央は静かにカップをテーブルに置いた。

 話は以上だと言いたげだ。


「あの…鱒田さんはどうなるんですか?」

「後は警察の仕事です。どうするかは警察次第ですが、殺人ではなく自殺なので犯人にはならないでしょけど、自殺幇助に問われる可能性はあるでしょうね」

「そうですか…ありがとうございます」

 瑠衣はそれだけ言うと弱弱しく礼を述べると店から出て行った。

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