推理②
「雨宮さん、事件当時の鱒田さんの服装とかで覚えていることはありますか?」
水の入ったグラスを瑠衣の前に静かに置いた理央はそう問いかける。
「ありがとうございます」
一言礼を言うと、瑠衣は脈絡もなく理央から出た問いに疑問を覚えた。鱒田の服装など聞いてどうしようというのだろう。そこに謎を解く糸口があるのかも知れないが、理央がどこまで真実に辿り着いているのか、何を考えているのか、瑠衣に推し量ることはできない。
瑠衣はその疑問を頭の隅に追いやると、差し出された水で喉を潤し口を開いた。
「黒のパンツに白のTシャツに黒のカーディガンに黒のスニーカーだったと思います」
理央は「なるほど」と呟くと、パソコンの画面を見ながらさらに質問を続けた。
「靴下を履かずに靴を履くといったことをするようなことは過去にありましたか?」
「いえ、そんな変わったことをするような人ではないです」
「そうですか、ありがとうございます」
それだけ言うと眼鏡の真ん中を人差し指で上げ、そのまま眉間に指をあてたままパソコンの画面に鋭い視線を向けた。そのまま理央は何やらぶつぶつと呟き始めた。
しばらくすると理央は眉間にあてていた手を下ろし立ちあがった。
立ち上がった理央は背後の棚に目を向けた。そこにはコーヒーの豆と思しきものが入った瓶が無数に置かれていた。理央はその中の一つを選ぶと瑠衣へと向き直った。
「理央君なにかわかったの?」
明里が尋ねると「はい」と一言頷き理央は瓶の蓋を開けた。
「謎解きの前に、コーヒーのおかわりはいかがですか?」
いまいち状況が飲み込めないが、おかわりでコーヒーをもらえるのはありがたい。まだ時間がかかるだろうというのもあるが、単純にこの店のコーヒーの味が気に入ったのだ。
瓶の蓋を開けた理央は慣れた手つきでコーヒーミル内に豆を入れハンドルを回し豆を挽き始めた。レトロな店内の雰囲気にマッチしたクラシックな手動のミルだ。
「明里さん、四葉さんは何をしているんですか?」
何をしている聞かれれば見ての通り、コーヒーを淹れるために豆を挽いているのだ。だが瑠衣が聞きたいのはそういうことではない。
「たぶん謎が解けたんじゃないかな」
「謎が?」
謎が解けたというならすぐにでも真相を話してほしい。そんな気持ちにかられたが、明里が言いたいことはそういうことではないのだろう。
「謎が解けた時とかによくやるんだよ。ああやって集めたピースを一つ一つ繋ぎ合わせるんだって」
コーヒーの匂いには集中力を高めたり、リラックス効果があると聞いたことがある。そうして手がかかりーピースを繋ぎ合せ一つの推理を組み立てる、ということなのだろう。理央にとってのルーティーンのようなものなのだろう。
コーヒー豆が挽かれる音、コーヒー豆の香り、それらが理央の脳を刺激する。
目を閉じ意識をいつも以上に深いところへと潜らせる。深い水の中に潜っていくような感覚に近い。
瑠衣の証言、送られてきた捜査資料、現場写真、それらのピースを論理的に組み上げ1つのパズルを完成させる。
「この謎、よく挽けました」
閉じていた目を開き、そのまま挽き終わった豆でコーヒーを淹れ、それを瑠衣の前に置いた理央は静かに口を開いた。
「お待たせしました。それではお話しましょう、今回の事件の真相を」
そう口にした理央は笑みを浮かべていた。