依頼
「あなたが依頼人で間違いありませんね」
眼鏡の真ん中を人差し指で上げながら、理央は話を切り出した。
その瞳に見られると、理由はわからないが緊張してしまう。そんな気がしてならない。
「あ、はいそうです。雨宮瑠衣、星城大学の教育学部のー」
「名前だけでいいです」
「あ、はぁ」
その言葉に生返事をしてしまう。
「それで、用件は?」
そうぶっきらぼうに言う理央は眠そうな目をしていた。
―本当に話を聞く気あるのかしら?
ぶっきらぼうな理央の表情を見ていると、夏川の言っていた噂もデマだと思えてしまう。それほどまでに、目の前の男からやる気と呼ばれるものが一切感じられないのだ。
「えっと…実は高校の時の先輩に鱒田さんという方がいるんですけど、その先輩がある事件で犯人として疑われていて…でも、鱒田先輩に限ってそんなことする人じゃ…だってあの日は…」
「ちょっと待って、話が見えない。妙な主観は交えず客観的に事実だけを話してください」
そう捲し立てる瑠衣の言葉を遮ると、理央はため息をつく。
「すいません…」
瑠衣は申し訳なさそうにうつむいてしまう。
「落ち着いて。まず深呼吸して、ゆっくりでいいから、ね?」
そう言いながら、明里は瑠衣に水を差しだすと、穏やかな笑みを向ける。
その笑顔を見ると不思議と気持ちが落ち着く、そんな笑顔だった。
瑠衣は何度か深呼吸をすると、差し出された水を一口飲み、ゆっくりと事情を話し始めた。
2日前、瑠衣は高校時代の先輩である鱒田と会う約束をしていた。しかし、待ち合わせの場に現れたのは刑事だった。刑事の話では、先日鱒田の友人である鯨井が自宅の浴室で亡くなっていた事件があった。そして遺体の第一発見者となったのが鱒田だったという。鯨井に呼び出された点や、第一発見者だったという点を踏まえ一番の容疑者となったのが、鱒田なのだという。だが、事件当時鱒田は瑠衣と会っていたと証言しており、証言の裏付けとして瑠衣は警察の事情聴取を受けたのだという。当時瑠衣は確かに鱒田と会っており鱒田のアリバイは証明されたが、瑠衣と会う時間よりも前に鯨井の自宅のあるマンションで鱒田が目撃されていたこともあり、鱒田の容疑は依然晴れていないという。
「それで、僕にどうしろと?」
そこまで話を聞くと、理央はぶっきらぼうにそう言うとコーヒーを飲む。
「先輩の無実を証明してほしいんです」
瑠衣はまっすぐ理央を見て力強くそういった。
瑠衣のまっすぐな視線を受け、理央は大きく息を吐くと静かに口を開いた。
「5000円」
「え?お金とるんですか?」
唐突に理央から出たその言葉に瑠衣は驚きを隠せなかった。
「僕は君の恋人もしくは友人?」
理央の問いかけに瑠衣は首を横に振る。
「恋人でも友人でもないのに、ボランティアでやるわけないでしょ。それとも僕が道楽、趣味でやっているとでも?」
ため息をつき、呆れたように言う理央の言葉に瑠衣は首を横に振る。
理央とは恋人でも友人でもなんでもない赤の他人。今さっき会ったばかりの関係だ。そんな初対面の相手に無償でやってもらおうなどと虫がいいにもほどがある。かといって趣味でやっているようにも見えないのは、理央の様子を見れば一目両全だ。
「わかりました、払います」
瑠衣は逡巡したのち、渋々ではあるがその条件を飲むことにした。
「いいでしょう。ではこの依頼受けさせていただきます」
瑠衣が了承したのを確認すると理央はそう言って、カウンター内の椅子に腰を下ろした。