アーネンエルベのホームズ
「とにかく、騙されたと思って、行くだけ行ってみなよ」
騙されては意味がないのだ。そんなことに付き合っていられるほど暇ではないのだ。
胡散臭くはあるが、それ以外に当てがあるわけではないのも事実なのである。
「わかった、試しに行ってみる。それで、その店どこにあるの?」
「喫茶アーネンエルベってお店。調べれば出てくるよ。でも、今日は定休日みたいだよ」
そう言いながら夏川はスマホを操作し、地図を瑠衣に見せる。
「そうなんだ、じゃあ明日行ってくるよ」
「そっか、あとで感想聞かせてね」
瑠衣にそれを教えたのは、それが本音ではないかと思ってしまう。
「はいはい、覚えてたらね」
それだけ言うと瑠衣は席を立ち、そのまま大学を後にした。
昨日の友人たちとのやり取りを経て、瑠衣は今「喫茶アーネンエルベ」の前に立っている。
「よし!」
瑠衣は扉に手を掛けると、一度深呼吸をすると意を決して扉を開け、その中に足を踏み入れた。
木造の店内は、レトロという言葉が似あう。木材の持つ独特の温かさがどこか懐かしさを覚える。
「いらっしゃーい、アーネンエルベにようこそ~」
店の奥から女性の声が瑠衣を出迎える。
心を撫でるような、柔らかな声だった。
「好きな席にどうぞ~」
そう言われて瑠衣は店内を見渡すと、カウンター席の端に腰を下ろした。
「ご注文は?」
「えっと、じゃあ…オリジナルブレンドのホットでお願いします。あと…すいません、アーネンエルベの探偵の噂を聞いてきたんですけど…」
「はーい、オリジナルブレンドのホットと、アーネンエルベ特別メニューね。ちょっと待っててね」
店員の女性は瑠衣の注文を聞くと、にっこりと笑うと店の奥へと消えていった。
出された水を飲み、のどを潤すとカバンから取り出した本を読み始めた。だが、緊張しているせいか内容がはいってこない。
「お待たせ―オリジナルブレンドだよ~」
少し待っていると店員の女性はコーヒーを瑠衣の前に置く。
「ありがとうございます」
瑠衣は礼を述べると、コーヒーを一口飲む。
ーおいしい
独特の酸味の後に、濃厚なコクと甘みが広がる。コーヒーにそこまで詳しいわけではないが、いい豆を使っているのだろう。加えて淹れた人の腕がいいのかもしれない。
「ごめんね、彼ならもう少ししたら来るからもうちょっと待っててね」
店員の女性は申し訳なさそうに微笑む。
彼と言うことは噂の探偵は男なのだろう。
コーヒーを飲んだからなのか、それとも目の前に女性の雰囲気のせいなのか、緊張はやわらいできたこともあり、読んでいる本の内容が頭に入ってくるようになってきた。
「お疲れ様です。すいません明里さんお待たせしました」
しばらくコーヒーを飲みながら本を読んでいると、カウンターの奥から1人の男性が姿を現した。
歳は同じくらいだろうか。長身で手足が長く、全体的にシルエットが細い。黒縁の眼鏡をかけ、その人の雰囲気と合わさり知的な印象だ。眼鏡の奥の瞳は黒曜石のような漆黒の瞳で、切れ長の目と相まってキツイ印象を与えている。
「理央くん、おつかれさまー。来て早々悪いんだけど、理央くんにお客様だよー。アーネンエルベ特別メニューのお客様だよ~」
明里と呼ばれた、女性はゆったりとした口調で理央と呼ばれた青年に言葉をかけた。
腰まであるウェーブがかかった茶色の髪、菫色の瞳のたれ目が特徴的で、おっとりとした雰囲気が全身からにじみ出ている。この喫茶店のオーナーなのだろうか。
「わかりました。はじめまして、四葉理央です。僕がアーネンエルベの探偵です」
現れた青年は明里の言葉に頷くと、カウンター席に座る瑠衣にそう名乗った。