CAFÉ AHNENERBE
春も終わりだというのに若干の肌寒さを感じるある日の昼下がり、雨宮瑠衣はその日の講義を終えると、早々に大学を後にした。
ーやっぱり肌寒い。こんなことなら、上着でも持ってくるんだった。
雨宮はこの日の自分の服のチョイスの軽率さを呪った。
まだ5月の半ば過ぎ、さすがに半袖のブラウスは薄着だったかもしれないと思わざるを得なかった。
星城大学の正門前の坂道を下った先の丁字路にそれはあった。
木造作りの西欧風の建物。昔ながらの「隠れ家的なお店」と評するに丁度いい佇まいのお店だった。
「ここで合ってるよね?」
「CAFÉ AHNENERBE」と書かれた看板とスマホの地図アプリを見ながら瑠衣はそう呟いた。
ーアーネンエルベって読むのかしら?
これがどこの国の言語化はわからないが、英語でないのはなんとなくだがわかった。
普段この通りは使わないので、こんなところにこのようなお店があるということを瑠衣は2年間大学に通っているが、今日まで知らなかった。
なぜ瑠衣が今、「CAFÉ AHNENERBE」を訪れているのか、それは前日のことだった。
ある問題を抱えていた瑠衣は、大学内のカフェテラスで友人である夏川すみれと鈴村ももに相談をしたことがきっかけだった。
「『アーネンエルベのホームズ』って知ってる?」
瑠衣の相談に対して夏川が出した答えがそれだった。
「ううん、知らない。というか、今初めて知った」
瑠衣はそういった都市伝説じみた噂話には興味を示す性格ではないので、知らないのは当然だ。
「アーネンエルベって喫茶店にね、どんな事件でも瞬く間に解決しちゃう探偵がいるらしいのよ」
「でもナンチャン、それってただの噂なんやろ?」
夏川の話にそう返したのは、友人の鈴村ももだった。
「それがね、そうでもないらしいよ。サークルに理工学部の友達から聞いたんだけど、研究室で盗難事件があった時に相談したら、すぐに解決してくれたみたいなの。その友達も、サークルの先輩から聞いたらしいんだけど…」
夏川の話では大学内では、結構有名な話らしい。警察に捜査協力したことがあるという噂らしい。
「ふーん、そうなんだ」
「瑠衣ちゃん、信じてなさそうやね」
それもそうだろう。こういった話は尾ひれがついて、噂だけが独り歩きしているものだ。蓋を開けてみればそこまで大したことはないというのが相場なのだ。