5話
予約投稿していたつもりで漏れていました
舗装もされていない荒れた道を走るトラック、荷台の乗り心地は非常に悪いが、敷嶋ががっちりとホールドしてくれているので、とても安定している。
そして物凄く柔らかい。
ああ、これは間違いなくゲームじゃないな。
……敷嶋たちと一緒なら、まあ別に異世界でもいいか。
現実世界よりもよっぽどいいような気がしてくる。
夢ならば覚めないで欲しい。
そんな事を思っているうちに、周囲を白い漆喰で固めたひたすら四角い建物がぽつぽつと見えてきた。
ほとんどが平屋か高くても二階建てで、それ以上の高層建築は見当たらない。
壁から少し奥まった位置の窓は、鎧戸がはまっており、それらも固く閉じられている。
装飾や看板も見当たらず、まるで豆腐を並べたような形のどれも同じような建物ばかりで、この中に迷い込んだら戻ってこれなそうな気がする。
そう思っているうちに、少し大きな二階建ての建物の前につんのめるようにトラックが停まった。
そこは他とは違い、窓も扉も大きく開かれ、二階には小さいながらも窓の一つにバルコニーがあって、色とりどりの花が姿を見せている。
「ここは?」
「この辺りでは一番の食事処だ」
敷嶋が先に荷台から優雅に降りて、こちらに手を差し伸べる。
その手を取って降りて店を見上げると、バルコニーの下に小さな看板が掛かっているのが見えた。
「読めるな」
「はい、読めます」
Osteriaと書いてあるが、普通に読める。
読めるというか、居酒屋という意味なのが理解できる。
確かイタリア語だ、そういやここの町の名前もアウグスタだし、北アフリカだと思ったが、イタリアなのか?
トブルクとか北アフリカの辺りは、パンスト世界ではイギリスに相当するアルバースの支配下だった気がしたが……そういや隊長の名前もイタリアっぽかったな。
ううむ、分からん。
「どうした、入るぞ」
看板を見上げながら考えていると、店に入りかけたフェデリコ隊長が声を掛けてきた。
まあ何にせよ、言葉が分かるのは便利だ。
敷嶋と山桜を引き連れ、店に入る。
一瞬、店内の暗さに戸惑ったが、すぐに目が慣れて周りの様子が見えてくる。
店の中も外と同じ白漆喰で覆われ、幾つかのイスとテーブル、奥の壁が四角く切られていて、そこの向こうに厨房があるのが見える。
窓に近い壁際の席に、さっさと隊長が座って手招きをしてきたので、その向かい側に座る。
敷嶋と山桜が自分の後ろに控えようとするが、左右の席に座るように促す。
「いえ、侍女が一緒に食事をするわけにはまいりません」
「ここは家じゃない。それに今は二人ともすぐに動けるよう、コンディションを維持する方が最優先だ。なので、一緒に席について食事をするように」
一瞬逡巡する二人。
その後に、深々と頭を下げる。
「……ご命令とあれば」
優雅に座る二人。
それをニヤニヤと見ている隊長。
「なあ、タイガ」
「はい?」
「あんな美人メイドを引き連れて、デカいゲシュペンスト乗り回しているってのは、お前さんあれか、どこか良い所のボンボンか?」
「いえ、違いますよ。みんな自分で手に入れたものです」
それを聞いて、ヒューっと口笛を吹く隊長。
「その若さで、それだけ稼ぐってのはやり手だな」
こちらを値踏みするように見ているが、すぐに目的を思い出したのか、奥の壁にかかっている黒板に目を移す。
釣られて黒板を見るが……残念ながら言葉は読めても、食事の内容までは理解できない。
シャクシュカとかオッソ・ブーコとか書いてあっても、それは何ぞや、と。
「何を食べる?」
「あー、そうですね、ここのお勧めは何ですか?」
「おう、ここのは何でもうまいぞ」
ええい、相談の屑め、肉なのか魚なのかすら分からんではないか。
「でしたら、初めての所ですし、おまかせで」
こういう時は常連に丸投げだ。
それを聞いた隊長は、カウンターに向かっておまかせセット四つと叫ぶ。
おい、お前までおまかせするんかい。
これじゃあ料理の名前が覚えられないじゃないか。
あ、そうだ。
思い出して敷嶋にこそっと耳打ちをする。
「トイレや洗面設備の場所や使い勝手を確認して貰えるか?」
「……私どもには必要がないと思われますが」
「さっき使用する羽目になった。どうやら、今はこうした生理現象が発生する状況となっている模様だ。これがどこまで影響を及ぼすのか、君たちにも調査を依頼したい」
「それは厄介ですね」
「ああ、もしここのが使うのが難しいようなら、装甲指揮車を急ぎ呼び出す必要がある」
「了解しました」
小さく頭を下げる敷嶋、山桜を手招きしてそっと小声で指示を出す。
優雅に礼をして、静かに半歩後ろに下がり、くるっと身をひるがえすとカウンター近くで暇そうにしていた店員の所に向かう山桜。
何事かをぼそぼそと話しているが、流石にその内容までは聞こえない。
少し談笑した後で、カウンターの横に向かう山桜だが、あっという間に小走りで戻ってきて、敷嶋に報告する。
「大変です、トイレにお金が必要です」
ああ、海外だとそんなシステムになっている所あったな。
しかし小銭か……。
懐から出すふりをして、個人ストレージにしまった、さっき隊長から受け取った小袋を取り出して中を覗く。
「おい、どうした?」
「いやあ、小銭が無くて」
それを聞いて理解した表情を浮かべる隊長。
「これは女性に大変失礼を」
さっと立ち上がると、山桜に頭を下げる。
ポケットからコインを取り出すと、まるで騎士が淑女にするように恭しく山桜の手を取り、そっとその手に乗せる。
「え、でも」
「これはヒュドラを倒して下さったあなた方への感謝の気持ちです。僅かではありますが」
「山桜、ありがたく頂いておけ」
「はい」
なお、残念ながら山桜は再びすぐに戻ってきて、健康上の理由からここのトイレの使用を極めて強く推奨しないとの報告を上げてきた。
敷嶋も山桜も、現時点では使用の必要を感じていないため、後程装甲指揮車を呼ぶようにと進言しており、これは早めに拠点の確保を考えないとならないな。
その間にテーブルに料理が運ばれてきた。
カップに入った赤いスープと、楕円の皿の上には……これは米か?
ちょっと黄色っぽい米が山盛りになって、それに豆と野菜とごろごろとした鶏肉っぽい塊が入った赤い煮込みがかけてある。
最後に中央にバゲットを盛ったかごと、レモンやハーブが乗った皿が置かれた。
敷嶋が、こそっと毒など害の有る物質は入っていないと伝えてくる。
どうやら危害判定スキルらしいが、毒味にも使えるのか。
便利だな。
「よし、食うぞ!」
隊長がスプーンを手にして、豪快に肉の塊を口の中に放り込む。
「頂きます」
「「頂きます」」
自分の声に、敷嶋と山桜が続ける。
スプーンを取ると、まずはスープを口に運ぶ。
「ん、変わった味だな」
「トマトベースですが、酸味とスパイスの風味があって、後はショウガでしょうか」
「美味しいです」
冷静に分析する敷嶋に対し、山桜は美味しそうに食べている。
普通に二人とも食べることができるし、味も分かるんだな。
後でゲームのレーションや、コラボ商品の嗜好品とか、やたら手に入った色々な実や肉なんかの食材が食べられるか調べてみないと。
どれ、楕円の皿の方は……。
口に運ぶとつるっとしてモチモチした食感がする。
「米じゃない?」
よほど微妙な顔をしたのか、笑いながら隊長が教えてくれる。
「ああ、それはクスクスだ。米の方が良かったか?」
「クスクス?」
「パスタの一種ですね。蒸してオリーブオイルやバターを加えているのだと思います」
敷嶋が説明してくれる。
なるほど、小麦粉をつぶ状にしたものか。昔TVで芸人が無人島でやってたアレか。
どうやって食べるんだろうかと思って隊長を見ると、煮込みと絡めている。
同じようにすると、スープと同じように酸味とスパイシーさがあるが、さわやかで思ったよりもあっさりしている。
鶏肉もスプーンで押しただけでほぐれるほど柔らかく、なんとなくスープカレーのような雰囲気だ。
煮込みと絡んだクスクスが、口の中でプチプチと潰れる食感が面白い。
「こういった食材はどこで買えるのでしょうか?」
「この先に市場がある。普通はそこで買うな」
ちょっと首を傾げて聞く敷嶋に隊長が答える。
「今は食料事情はどうなのですか?」
「あんたらがヒュドラを倒してくれたから、これからは良くなると思うぞ。今は食材が足りないから、この店も出せる物が少ないが、ホントなら毎日通っても飽きないぐらいだ」
ふむ、それは気になる。
暑い中で食べるのにぴったりの調理だったし、何度か通って見たくなるな。
将来的にはどこかに拠点を構える必要があるだろうが、どこに行くにしてももっと情報が必要だ。
しばらくはここにいる事になるだろうし、次に期待だな。