4話
その後は、お互いの情報のすり合わせだ。
「俺はフェデリコ・フェデーリ、ここの自警団隊長をしている」
映像の魔術師みたいな名前だな、おい。
「自分は加藤、いやタイガ・カトーです」
「タイガ、ぶしつけな質問で悪いが、本当にヒュドラを倒したのか?」」
「ええ、証拠を見せましょうか?」
「頼む、この町はあいつのせいで滅びるかもしれなかったんだ。証拠を見るまでは安心できない」
不安そうな髭、いやフェデリコ隊長を安心させるために、回収した頭と魔核をティーガーから取り出して見せてやったら、ようやく肩の力を抜いて大きく息を付いた。
「でけぇな、こんな魔核見たことねぇ」
聞く限り、この町は相当まずい状態だったらしい。
東に大規模な魔物の根拠地があって、そこからの侵攻を食い止めるための最前線であり、それなりにゲシュペンスト乗りもいたのだが、誰もヒュドラに太刀打ちできず、破壊された機体や負傷者が続出した。
ここを抜かれると、西側の数少ない農場都市がやられて、人類の生存圏が大幅に縮小することになるところだった。
近隣都市に援軍を要請したくても、完全に交通がマヒしているために、連絡すら取れないし、物流も止まったので、このままだと食料が尽きるのが早いか、魔物に蹂躙されるのが早いかという所に、自分がやってきたと。
「いやあ、これでようやく一息付けるわ」
フェデリコ隊長が、何かを机から取り出して近寄ってきたので、背後に立つ山桜が割って入ろうかと僅かに身じろぎするが、それを手で制止する。
感謝の言葉と共にこちらの肩をバシバシと叩きながら、手にした何かをこちらに押し付けようとすると、山桜が静かな動作で割って入って、その動きを止める。
「お、すげぇ動きだな、姉ちゃん」
「護衛ですから」
「そうか、変な物じゃない。懸賞金だ」
山桜がちらっとこちらを見たので小さくうなずくと、代わりに受け取り、中身を確認する。
「異常ありません」
「ああ、ありがとう」
山桜から袋を受け取ると、中身は丸めた紙幣の束が幾つか入っていた。
それもゲーム中の通貨とは異なっていて、というか、ゲーム中の通貨はデータでやり取りしていたから、紙幣もコインも無かった。
「あんなデカいゲシュペンスト持っている奴からしたら、大した額じゃねえかもしれんが、受け取ってくれ」
「ありがたく頂こう」
「そう言ってくれると助かる。これからどうするつもりだ?」
「どうする、とは?」
「ああ、この町に留まるのか?」
まずは情報収集をする必要があるから、暫くはそのつもりだと伝えると、話せる範囲でならと断りを入れてフェデリコ隊長が話をしてくれた。
とりあえず分かったのは、この世界は少なくとも自分が知っているパンスト世界ではない。
自分の所属するアートルムス帝国も、対戦相手のアルバース国やカエルラス共和国なんかもフェデリコ隊長は聞いた事がない、と。
それらの国の歩行戦車はあるから、どこかで繋がっているとは思うが。
地図を見せて貰ったが、世界地図は無いらしく、書かれていたのはおおざっぱなアウグスタ市と周辺地域を繋ぐ道、僅かな目印程度のざっくりとしたものだった。
まあ地図は軍事的にも重要だから、詳細なのは見せて貰えないとは思っていたが。
それによると、ここは四方を砂漠に囲まれており、東西に走る主要な街道の中間にあるということだ。
南は完全な砂漠で、北はすぐに断崖になっており、その先は踏破が難しい塩の砂漠、東に大きな都市と豊かな大地があったというが、そこは今は魔物の拠点となっており、西にある僅かな緑地と人間の居住地を守るための最前線となっているのが、このアウグスタ市だ。
フェデリコ隊長曰く、過去に魔物との大規模な戦いがあって、海は干上がり、土地は焼かれ、世界の崩壊が起きて、こうした昔の自動工廠が残っている都市周辺で人類は魔物と戦いながら生き延びていると。
恐らくその戦いというのがゲーム世界のことじゃないかな。
それで人類は敗北して、一回滅ぼされたとか。
まあプレイヤーがいなかったら、どのシナリオも人類敗北待ったなしばっかりだったし。
ゲーム世界の後の世界か、それに類似した並行世界かまでは分からない。
バレンタインは、都市内部に稼働している自動工廠が残っていて、そこで作られており、同じようにⅢ号も西の緑地の先にある都市で作られていて、割と入手は容易だとか。
だが、他の機体は周辺の廃墟から発掘したのを修復するか、もっと離れた都市から来た傭兵や隊商の護衛が使っている程度で、ティーガーは今まで見たこともないそうだ。
名前は違うが、大体の位置関係は分かってきた。
これ、東に進んだらエル・アラメインとかあるんじゃないか?
パンストでも北アフリカキャンペーンはあったし、帝国陣営でこの辺りで戦ったことがあるぞ。
だけど地図に表示されないということは、ちょっと調べる必要があるな。
当面はティーガーの保守部品は手持ちでなんとかなるが、将来的なことを考えると、どこかに拠点を確保する必要があるな。
異世界転生かゲーム転生か分からないけど、手持ちの物資はいつかは尽きる。
パンスト世界なら、ある程度の修理と生産が可能な拠点を確保して、それを成長させていくのも可能だった。
もしくは魔物が巣食っている都市を制圧して、そこの工廠を確保するか。
メイド隊も今は敷嶋と山桜しか出していないけど、他の子たちもちゃんと呼びたいし。
アフリカだとしたら、西に行けばティーガーの保守部品が手に入る可能性はあるが、それよりは北に行って欧州がどうなったか確認して、可能ならそこで工廠を探すのがいいだろう。
なお、話の途中でトイレを借りたが、これがゲームの中じゃない決定的な証拠となった。
ゲーム中だとトイレを必要とすることはない。
いや、開発側の無駄に凝った世界設定のため、オブジェクトとしてはあるが、プレイヤーが使用する必要はないし、アバターに用を足すために必要なブツもない。
というか、全裸にはなれない。
それがまあ、普通に用を足せるとか、こんな形でゲームの中じゃないとか知りとうなかったでござるよ。
とりあえず当面必要な情報は仕入れた。
次はティーガーのチェック、本来なら格納庫に入れられれば楽なのに、どうやったら出来るかどうかを調べるのと、今の自分が何が出来るかだな。
ぐぅ。
そこに腹の虫が鳴る。
ん、今のは……自分じゃない。
フェデリコ隊長を見ると、どうも違うらしい。
まさかと思って山桜を見ると、真っ赤な顔をしている。
「しっ、失礼しました!」
慌てて頭を下げる山桜、何とアシスタントたちも腹が減るのか。
小声でティーガーの敷嶋に、スマホサイズの操作盤経由で無線を繋ぐ。
「敷嶋、異状はないか?」
『異常ありません。ただ……』
「ただ、どうした?」
『自己の稼働率が低下していると思われる兆候があります。システムエラーの可能性あり、確認を願います』
「具体的にはどういう事だ?」
『……』
「どうした、報告は迅速に」
『は、戦闘メイドとしてあるまじき事ですが、腹部から異音が発生と同時に、僅かな虚脱感を感じております』
それを聞いて納得した。
彼女たちもお腹が減るんだ。
山桜と敷嶋に気にするな、普通の生理現象だと伝えて安心させる。
ただ……ひょっとしたら他の生理現象も発生する可能性があるな、自分もトイレに行ったし。
これは早急に何とかしないと。
通信を終えると、フェデリコ隊長がニヤニヤしている。
「何だ、腹が減ったならいい店紹介するぞ」
「それはありがたいですね。ただ、ティーガーは……」
「あのデカ物で乗り付けるのは無理だ。うちの整備場で預かろうか、安全は保障する」
それは助かる。
ハッチをロックすれば、そうそう簡単に中に入るのは出来ないが、それでも外側とかを勝手に触られるのは困る。
フェデリコ隊長が外に出て、詰所の前に止めてあった小型トラックに乗り込む。
『ベッドフォードMWDトラックです。移動でしょうか?』
「ああ、整備場に入れる。着いて来てくれ」
『了解』
助手席を勧められたが、ティーガーを誘導する必要があるからと断り、そちらには山桜を座らせ、荷台に乗り込む。
荷台にシートは無いので、後輪のタイヤハウスカバーに座り込んで、敷嶋に合図をする。
フェデリコ隊長がトラックを走らせると、その後をティーガーが脚後部の履帯を降ろしてゆっくりと着いてくる。
少し走ると、柱に屋根だけが乗った簡易格納庫の中で、数輌のゲシュペンストを整備しているのが見えて、その脇にある空いている一角に停めるように指示された。
滑らかな動きでティーガーが指示された場所に停まる。
それを見て、隊長が片方の眉を僅かに上げる。
「さっきも思ったが、いい腕だな」
「ええ、自慢の仲間ですよ」
無線で敷嶋にロックしてから出てくるように告げると、僅かに逡巡があってから降りてきた。
「ほう、そっちの姉ちゃんが操縦をしていたのか」
「ええ」
敷嶋の手を取って、荷台に乗るのを手伝う。
うぉ、手柔らけぇ。
「どうか致しましたか?」
こくりと首を傾げる敷嶋、それに何でもないと伝えて座るように指示する。
「はい、では失礼して」
頭を下げると自分の隣に座ってくる。
「え?」
「あっ、その手が」
自分が小さく驚くのと同時に、助手席の山桜からも悲鳴のような声が上がった。
てっきり、荷台の反対側に座ると思ったのだが、何で隣に?
「このような座席もない場所ですので、ご主人様の安全をお守りするには必要でございます」
しれっと答える敷嶋。
なるほどね、確かに彼女たちはプレイヤーの安全を最優先にするのが基本方針だ。
とはいえ、ちょっと恥ずかしい。
ふと前を見ると、こっちを見てぐぬぬ顔をしている山桜が見えるが、こっちも表情豊かだなあ。
そこにフェデリコ隊長の呆れ声が響く。
「いちゃついているところ悪いが、出すぞ。道が悪いからしっかり掴まっていてくれ」
「ああ」
ぎゅっと自分を抱きしめる敷嶋。
「えっ、何で」
「シートベルト代わりです」
「いや、でも」
「大丈夫です、問題ありません」
「……そうかなあ」
「大丈夫です」
きっぱりと言い放つ敷嶋。
こちらもそれ以上何も言えなくなり、敷嶋に抱きしめられたまま荷台に座っているしかなかった。ますます恥ずかしい。
バックミラーに映るフェデリコ隊長のニヤニヤ顔が、実にムカつく。