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3話

アバターではなく自分の顔が鏡の中に映っており、思わず顔をペタペタと触ると、鏡の中の自分も同じ動作をする。

間違いない、これは自分だ。

アプデのエラーか?

ステータスメニューを開いて……あれ、開かない。


「ちょっと待て、どうなってる?」


「どうか致しましたか?」


「ステータスが出ない」


「機体側の状況表示盤から確認なされては」


「あ、ああ、そうだな」


先程までドローンの映像が出ていた表示盤にシステムメニューを表示して、ステータスを確認する。

そこにはゲーム内のアバター名であるウォルフ、フルネームはウォルフガング・バルタザール・フォン・シュヴァーベ――ティーガーなどを開発したドイツに相当するアートルムス帝国に所属する大尉であり、ゲーム中で皇帝から騎士として叙任されて「フォン」の称号を得ている――ではなく、加藤大河と表示されていた。


「マジかよ」


メニューから服装をパンツァージャケット一式に変更しようとするが、コスチューム変更の項目自体が表示されない。


「まさか、個人収納は……」


慌てて個人用アイテムボックスの項目を確認する。


「良かった、これはある」


そこからパンツァージャケット一式を指定、取り出し操作を行う。


「いてぇ!」


ゴツっと鈍い音がしたと思ったら、頭の上にブーツが落ちてきた。

頭を抱えて悶絶していると、敷嶋が僅かに目を丸くしている。

あれは驚くのと同時に笑いをこらえている顔だ。


「こういう時は笑っていいぞ」


苦笑しながら足元に落ちたブーツを拾い上げる。


「いえ、ご主人様の不幸を笑うなんて従者としてあり得ません」


そっかー、敷嶋笑えるのかー。

いや笑い顔は浮かべる時はあったが、こんな風にころころと表情が変わるのは初めて見た。

まるで生きている人間の……まて、これってひょっとすると、ひょっとするんじゃないのか?

ブーツを履く手を止めて、状況表示盤にもう一度目を向ける。


「ログアウトが……ない」


システムメニュー自体が存在せず、当然そこにあるはずのログアウトボタンも見つからない。

という事は、これはあれか、薄々そんな気はしていたが、やっぱりゲーム転生なのか?

いや、これはアプデの結果で、超絶リアルなVRという線もまだ残っている。

例え、今までとUIが変わっていて、事前情報と画面構成が違っていても、確証が得られるまでは判断は保留しよう。

ほら、ひょっとしたら音声コマンド方式に変わったかもしれないし。


「コマンド・ログアウト」


ダメか。

となると、まずは情報収集が最優先だ。

それと落ち着いたら物資の確認。


「敷嶋、周辺状況の再確認、敵性存在以外にも動くものや他の機体などを調べてくれ」


「了解しました」


指示を出すと、車長席上部のハッチを開き、外に体を乗り出す。

すると、まず鼻孔に焼けた肉の臭いが入ってきて、次いでまだ燃え残っているヒュドラの熱が感じられた。


「臭いがある? やべーな、本気でゲーム転生っぽい」


事前にリキッドを入れておくことで特定の臭いだけを出すのは技術的に不可能ではないが、少なくともうちの機材には搭載されていない。

周囲を見回すと、やはり現在位置は鷹の目で確認した通り、砂漠の野戦基地のようだ。

後ろには掩体壕の中で破壊されたⅢ号が見える。

更に後方、緩やかな起伏のある丘の向こうには、幾つかの建物が見え隠れしている。

それと機体内は快適な温度だったのが、外はむわっと暑く、汗が噴き出してくる。

無意識に汗をぬぐって、ハッとする。

ゲームで汗は出ない。


「ご主人様、後方の丘に複数の熱源を探知」


「敵性物体か?」


敷嶋の報告を受けて、急いで車内に頭を引っ込める。


「不明。150MPS級ディーゼルエンジン音が2つ、300MPS級4ストロークV12エンジンが1つ」


V12エンジンと聞いて、ちらっと後ろのⅢ号の残骸に視線を投げる。

あれが搭載しているのが、ちょうどそのくらいだ。


「V12はⅢ号かな?」


「音からはⅢ号かⅣ号の可能性が高いです」


様子を見に来たか。

さて、敵か味方か、状況が全く分からない以上、できれば現地の人に話を聞きたい。

エンジン音から小型から中型だと思われるが、その程度なら万が一攻撃されたとしても、さほど心配するまでもない。


「ならば、ここは待ちの一手だな」


「はい、主砲はロックしておきます」


「頼む」


主砲の仰角を上げ、トラベリング・ロックで固定し、敵対の意志がないことを示す。

こちらのエンジンはアイドリング中で、非常に静かなので、先方の動きは熱源反応と音だけで大体わかる。

それから判断する限りは、真っ直ぐにこちらに向かって来ているようだ。


しかし、何か腹が減ったな。

トイレにも行きたくなってきた。


ゲーム中だと、この辺りは感じないはずだし、ますますゲーム転生疑惑が深まる。

外に出ようか、それともレーションでも引っ張り出そうかと思っているうちに森の中から3機の機体が出てくる。

予想通り、1機は先ほど破壊されたのと同じⅢ号J型、残りの2機は……。


「バレンタインか」


「はい、装甲形状からX型ベースと思われます」


アルバースの15トン級バレンタイン小型歩行戦車、最大装甲60mmでX型では6ポンド砲、つまり57mm砲を装備している。

速度はそれほど出ないが、軽量で機動性はそれなりにあって、生産数も多いのでゲーム中でも手に入れやすく、入門用機体の一つとして数えられていた。

速度があるⅢ号が先頭に、その後にバレンタインが続くが、こちらの姿を確認すると急停止、Ⅲ号の上部ハッチが開く。


「そこの大きいの、話が聞きたい!」


作業服姿の青年、いや中年に差し掛かったがっちりした体形で、赤銅色の掘りの深い顔に髭もじゃの男、がハッチから姿を現し、こちらに叫んできた。

というか、言葉通じるんだな。

いや、よく見ると口の動きと理解している言葉が違う?

パンストにはチャットは翻訳できたが、会話の翻訳までは実装されていなかったし、アプデ項目にもなかったはず。

異世界転移かゲーム転生か、少なくともトラックに轢かれたり、白い部屋で神と名乗る存在に会ったりはしてないんだがなあ。


「我々はアウグスタ市の自警団だ、先ほどヒュドラが確認されたが、何か知らないか?」


自警団か。

それよりもアウグスタ市って、今までゲーム中には出てこなかったな。

確かローマ帝国の皇帝の称号、それの女性形で、イタリア……ゲームだとウィリディス国か、そこの都市辺りだろうか?


「敷嶋、周囲に敵対勢力は?」


「既に256回のルーチンチェック完了、現時点において当方を指向しているホット状態の兵器は確認されておりません」


「了解」


安全を確認すると、肩にさっき取り出したパンツァージャケットを羽織り、頭にクラッシュキャップを乗せて、ハッチから顔を出す。


「ヒュドラなら倒した。問題があったか?」


まだ燃えている炎を指差し答えると、バレンタインの車長がざわつき顔を見合わせているのが見える。


「あの化け物を……いや、あんな凄い機体ならありなのか」


ぶつぶつと呟いているが、こちらには丸聞こえだ。

自警団と名乗った髭中年が、こちらに叫んでくる。


「詳しい話が聞きたい、詰所まで来て貰えるか?」


「分かった、案内してくれ」


答えると、敷嶋に指で指示を出して、ティーガーを一歩進ませる。

髭中年はティーガーの静かな動きに一瞬驚いたようだが、すぐにⅢ号を反転させて先行、道案内を開始する。

その後に続くと、警戒するようにバレンタインが左右後方に位置する。

敷嶋が心配そうに僅かにこちらに視線を向ける。


「降りられるのでしたら、護衛をお連れ下さい」


「そうだな、ゲームなら拳銃ぐらい平気だけど、今だとどうか分からないからな」


さっきちらっとステータスを見た時は、ゲーム通りオールカンストだったが、それが実際にはどの程度の能力に相当するのか、もし本当に転生だったら試してみるのはリスクが大きい。

ステータスの最高値がもっと増えている世界だったり、ステータスはあくまでも表示上だけで、体は見た目通りの生身の強さしか無かったら?

そう考えるとティーガーから降りるのが恐ろしくなる。

恐らく、この中はどこよりも安全だろう。

だが、今どうなっているのかを調べるには、降りて情報収集をするしかない。


敷嶋はいざという時のためにティーガーに残って貰う必要がある。

だとしたら、他のアシスタントたちを呼ぶ必要があるだろう。


呼べるのかな?


呼べるよな。


表示盤を操作して、アシスタントメニューを出すとちゃんと反応した。

リストにある白兵戦メイドの中から、山桜をティーガーの補助席を指定して呼び出す。


「お呼びですか、ご主人様」


長髪を後ろでまとめた敷嶋に対して、活動しやすいように肩まで切り揃えた濃茶の髪に、猫科の動物のようなしなやかな体、膝までのやや短めのメイド服にロングブーツを履いた白兵戦メイドが山桜だ。

左右の太もも横に仕込んだナイフでの格闘技や、棒術、居合が得意なので、ボディガードにはちょうどいい。


「山桜か、降りた後護衛を頼む」


「お任せ下さい」


「敷嶋、留守を頼む」


「了解です」


「しかし、アイテムボックス操作が車内しかできないのは面倒だな」


「予備の操作盤を持ち歩いては如何でしょうか?」


なるほど、操作盤自体は複数の予備がある。

しかも色々なサイズがあるので、スマホサイズの小型を取り出すと、ティーガーと同期させて……おお、こっちでも操作可能だ。

問題は、どこまでティーガーから離れて大丈夫か、だな。

これは割と急ぎで検証する必要があるだろう。


そうこうしているうちに先導するⅢ号が、建物の前に停止、髭中年がこちらに手を振っているので、その後ろにティーガーを停止させる。


「山桜、頼む」


「はい」


山桜が素早く補助席側のハッチから身を乗り出し、周囲を確認、そのまま片膝を付いて待機姿勢になったティーガーから降りる。

問題がなかったようで、山桜がこちらに小さくうなずいたので、自分もハッチから体を出す。

すると、髭中年が飛び降りてきた山桜に驚いたのか、ポカンと口を開けているのが見えた。山桜に続いて車外に出ると、素早く敷嶋が車長席に移動して来る。


「お気をつけて」


「ああ、頼んだぞ。今はお前たちだけが命綱だ」


「勿体ないお言葉」


僅かに頬に赤みが差した敷嶋が深々と頭を下げる。

それに手を振って、車外に出てハッチを閉め、機体を降りると髭の前に立つ。

すると山桜が、素早くいつでも髭との間に割って入れる位置に恭しく控える。


「あ、あんたが、あのデカ物の持ち主か。随分若いな」


「できればティーガーに誰も近付けさせないでくれ。こいつはデリケートなんでな」


「分かった、これだけ大きいとそうかもしれんな」


髭が後続のバレンタインに指示を出すと、それらがティーガーの左右に移動、恐らく見張りなんだろう。

どっちに対してなのかは知らないが。

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