初恋は、おにぎりの味。
初めて、おにぎりを作った。丸っこくて不格好な塩むすび。
アツアツのお米を握ったから、火傷をして、涙目になったけど、一生懸命作った。
塩むすびなのは、先輩が「シンプルな塩むすびが一番好き」と、新聞部の取材に答えてたから。
このおにぎりは、自分用じゃなくて、先輩のために作ったおにぎり。
♢
先輩は、野球部のエース。先輩の投げる球は、速くて、まっすぐミットに吸い込まれる。
フェンス越しに、先輩の動作を目で追う。ユニフォームの袖で、雑に額の汗を拭うしぐさ。
まっすぐ前を見すえる、真剣なまなざし。
先輩の一挙手一投足を、私は目に焼きつけるように見ていた。
♢
先輩に憧れを抱くようになったのは、4月の入学式が終わってすぐ、部活見学をしている時だった。
高校でも美術部に入ろうと、文化部のある校舎に向かっていた私。
グラウンドの側を通ろうとした時、黄色い歓声が耳に届いた。
興味を引かれた私は、歓声のする方へ足を向ける。その先に、先輩がいた。
先輩の投げた球が、ミットに吸い込まれ、その音が響いて耳に残る。
私はこの時、初めて人の動きを綺麗だと思った。一瞬で、先輩から目が離せなくなった。
♢
その日から野球部の練習がある日は毎日、フェンス越しに先輩を見ている。
三年生の先輩は、この夏で部活を引退する。一年生の私が、こうして部活に打ち込む先輩を見れるのは、もうそんなに長くない。
このまま、見ているだけは嫌だったから。差し入れにおにぎりを作ったのに。
マネージャーの彼女が差し出したおにぎりを、笑顔で頬張る先輩を見てしまった。
先輩が、あんまり嬉しそうに彼女のおにぎりを食べているものだから。
私は、気づいてしまった。
こういう時の、女の勘は当たるのだ。
♢
彼女のおにぎりは、綺麗な三角形で、海苔が巻いてあった。チラッと見えた中身はたぶん鮭。
先輩の嘘つき。シンプルな塩むすびが好きって言ったのに。
……ううん、先輩が悪いわけじゃない。本当はわかってる。
ずっとフェンス越しに見ているだけだった私。
マネージャーとして、先輩を支える彼女。
先輩がどっちを見るかなんて、すぐ分かる。
♢
私は自分で作ったおにぎりを頬張った。
不格好だけど、味はそんなに悪くない。お米の甘さが、塩で引き立って。
けれど、急に塩辛くなった。
私の涙が、おにぎりに落ちたから?
それとも、さっきの光景を思い出してしまったからだろうか。
私の初恋は、おにぎりの味。ほんのり甘くて、すごくしょっぱかった。
読んでくださりありがとうございました。