カナリア諸島1
1711年
洋上を一隻のガレオン船が航行している。
ドン!ドン!ドン!
「船長おはようございます!そろそろお昼ですよ。」
相変わらず船上は慌ただしい。
夜間航行を命じて寝床に入ったのがつい先ほどのような気がしたが、もうそんな時間か。
「分かった。すぐ支度をしてブリッジに行く。みんなも引継ぎが終わったら昼組と交代して休んでくれ。あぁ、それとダコスタ君入ってきて。」
ダコスタを船長室に招き入れた。
「今日はいい夢を見たよ。6年前リスボンを出発した時の夢だ。」
「そうですか。あの日はすべてが眩しかった。その後に待ち構える悪夢も知る由もない程でしたね。」
「あぁ。だが、あの悪夢のおかげで今日の我々がいるんじゃないか?」
ダコスタはにこにこと笑ってる。
「その通りです。それではブリッジでお待ちしています。」
昨晩椅子に脱ぎ捨てたアドミラルコートに袖を通し身支度を整える。
今日の海は穏やかで揺れも少ない。
「おはよう諸君!体調は大丈夫か?」
全体を見渡すブリッジで皆に問いかける。
「こんな時間まで寝てるのは船長だけです。」
ドッと笑い声で船上は沸く。
ダコスタは優秀な副船長だ。
本名はサイモン・ダコスタ。
俺が独立する前からかれこれ7年の付き合いになる。
俺と同じ「元」ポルトガル人で6年前にリスボンを出発してからは故郷には帰っていない。
まぁ、俺も帰ってないけどな。
「現在カーボベルデ沖の北北西を北に航行中です。朝の点呼では船員の離脱・事故はありません。皆体調も良く食料・水もジェノヴァに帰るまで十分にあります。」
「完璧だね。積み荷も問題ないか?」
「はい。宝石、紅茶、香辛料、食料品すべて保管状況は良好です。」
「よし。あと20日もあればジェノヴァに帰れるな。」
「そうですね。9か月ぶりですか。早く帰って子供や嫁さんの顔を見たいもんです。」
9か月か。結構長い間留守にしてしまったな。
「ダコスタ君。子供はいくつになった?」
「8歳と2歳、出港前に嫁さんの腹ン中にもいました。」
「一番下の子は親父の顔を見たことがないのか。なついてくれるか心配だな。」
「そうですね。でも陸に上がったらたっぷりかわいがりますよ。」
鬼と呼ばれるダコスタの顔が少し崩れた気がした。
俺は当たりを見渡しダコスタに言った。
「今日中にポルトガル領のポルト・サントに寄港する。それまで夜間組は休憩してくれ。」
「了解いたしました。それでは昼間の航行お願いいたします。」
「おう。海賊が出たらたたきおこすよ。」
「ここいらの海賊は我々に手出しできませんよ。仮に襲ってくるやつがいたらモグリですね。」
「ははっ。それもそうだ。ゆっくり休んでくれ。」
夜間航行中ずっと働いていたであろう船員たちも眠い目をこすり船室に帰っていく。
ダコスタ君も副官室に帰ったみたいだ。
それじゃ、船長さんのお仕事を始めますか。
まずは飯の話だな。