プロローグ
1705年
ポルトガル王国首都リスボン。
街の片隅にある商館で新たに大海原に旅立つ商人が誕生した。
「親方、女将さん。本日までありがとうございました。親方達に教わったことは私の財産です。」
「おうルイス!おめぇならもう十分に船長といてやっていけるだろう。俺が教えられることはすべて叩き込んだはずだからな。」
肩をバンバンと叩きながら笑顔で話す男。
俺が10歳の時から親同然に育ててくれた「Barbarian」の商会長ロドリゴ・ソウザ。
いかついが心優しい『親父』だ。
隣では女将さんが涙を流してくれている。
「ルイス。辛くなったり苦しくなったらいつでも頼って良いんだよ。あんたも私達の自慢の『息子』なんだからね。」
「めそめそするんじゃねぇ。今日は祝いの日だってのによ。それじゃ俺らは先に港に行くぞ。正午に出航だからみんな連れて来いよ。我が商会全員で盛大に見送ってやるんだ。」
見慣れたリスボンの街並みを港に向かって歩く。
少し高台にある商館が少しずつ小さくなっていく。
重い積荷を運びながら歩いた坂道を恨めしく思う時も多々あったが今ではいい思い出になっている。
「本音を言うと、ルイスにはまだまだうちにいてほしかった。俺が引退後のBarbarianをまかせるのはおめぇだと思ってたからな。」
「お気持ちはうれしいのですが、男子として生まれた以上自らの腕で身を立てたいと考えておりました。独立をお許しいただき感謝しかありません。」
「ここに来てもう15年か。長かったようなあっという間だったような。明日からおめぇがいねぇと思うとちったぁ寂しいもんだな。」
俺と親方の間に静寂が流れる。
港と俺の船が見えてきた。
「なぁバティ。これも運ぶのか?」
後ろから静寂に割って入る声がした。
ダコスタだ。
「ダコスター!今日からはバティじゃなくてルイス船長だろう!ちゃんと立場を考えろ!」
親方の怒鳴り声が響く。
これも今日で最後だと思うと感慨深い。
ため息を吐く親方。
ダコスタはこれっぽちも懲りてないようだ。
「まだまだ半人前にもなってないダコスタを連れていくたぁおめぇも酔狂が過ぎるんじゃねぇか?」
「いえ。ダコスタ君は大きく育ちますよ。いや、育ててみせます。」
「ほう。なかなか大きく出たな。人を育てるってのは並大抵の覚悟じゃできねぇぞ。肝に銘じておくんだな。」
「最後の教えとして心に刻みます。」
リスボン港に停泊している旧型のキャラック船。
親方が餞別として新造してくれた船だ。
一昔前から交易はガレオンが主流だが、俺はキャラックのほうが扱いやすい。
それも見越して造船を依頼してくれたのだろう。
荷積みも終わり出発の時となった。
「ルイス・バティスタ。これより商人として高みを目指し、ポルトガル王の名の元に出発いたします!」
リスボンに降り注ぐ光は我らの門出を祝い、商会のみんなは大きく手を振ってくれている。
それは「希望」の2文字しか浮かばない輝かしい光景であった。